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一章 後ろ向きのアンドロイド
三
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先ほどの、頭が痛くなるようなゼムの長話について、改めて復習がてら要点を整理するとしよう。
とりあえず、アンドロイドである自分たちは、歴史的に人類の悪戦苦闘と積み上げられた研究の末、作り上げられた存在だった。
そして、人間のソウルコードと呼ばれる、人格、人生構成に大きく寄与するような遺伝子情報を流用して、より作戦行動に適した人格がどれか、検証実験の段階にある機体でもある。
そのソウルコードの中でも特殊な立ち位置にある、ホワイトコード、という言葉に、μは妙に惹かれていた。
十万人に一人程度の確率でしか存在していない、特殊なソウルコード。発火条件、法則、いずれも正体不明。書き換えも一生に一度あるかないかの頻度でしか起こらない。それは、とても神秘的な響きだ。蠱惑的な色さえ持って瞬き、μの感性に囁きかける。
「私たちのソウルコードってさ、確かブラックボックス化されてるんだよね?」
座って話を聞くだけの苦痛の時間が終わったあと。μは考え込みながら、隣にいたλに話しかけた。
「え、よく知らないけど、そうなの?」
「ああ、それなら、教官や訓練データを用意する研究員に先入観を与えないように、ってことで、MOTHERによって暗号化されてたはずだよ?」答えたのはたまたま近くを通りがかったεだった。「というか、これについては与えられた選定基準を元に、MOTHERが遺伝子情報バンクから無作為抽出したって話」
「「「へー」」」
近くにいた他のアンドロイドたちもεの答えに相づちを打つ。
「でも、ブラックボックスっていつ解除されるのさ?」
「僕たちの訓練と性能評価が終わった時だってさ。確か、十五人の役員と政府関係者が別々に解錠符号を持たされてて、それが全部そろわないといけないらしい。しかもそれも日時が指定されていて、それ以降でないと符号は表示されないんだって。無理に分解したらデータが二重にランダム符号化された上で上書き抹消されるらしいよ」
「げぇっ、厳重だねー」
「厳重すぎる気もするけど……技術情報の盗用を防ぐには複数人で監視させ合うのって、一番原始的で効果的な手段よねー……」
「それで? そのブラックボックスが開放されると?」
「うん。一番成績のよかった上位個体が数モデル選ばれて、量産段階に入るらしい」
じゃあ、ゼム曰く、面倒くさがりで雑な自分は絶対に選出されないな。μは密かにそう確信した。MOTHERのランダムサンプリングの選出基準は、ちょっとバグがあるのかもしれない。
εは、そこでこちらを見つめて微笑んだ。
「μは、自分のソウルコードが気になるかい?」
「え? ……ああ」
聞かれるとは思わず、一瞬虚を突かれたものの。μは目をそらして、別に、と呟いた。
「……ただ、私たちの親みたいな、ソウルコードの提供者と、私たちの違いって何なんだろう、って思っただけ」
「哲学的な問いだな。だが根源的だ」
εは大真面目な顔で頷いた。
「双子の話がある。全く同じ遺伝子の持ち主でも、顔つきや体つきが年を経て少しずつ違っていくように、ソウルコードは個々にして異なっていくという話だ。僕たちもそれと同じで、どんなに同じソウルコードを持っていても、それが書き換わるタイミングが元の持ち主と同じとは限らない。極論を言ってしまえば、ホワイトコードと呼ばれるぐらいの珍しいソウルコードなら、発火するかしないかだって時の運だろう。――つまり、僕たちはその時点で、同じ元から生じたけれど、違う存在になったといえるんだと思う」
「ε、すげー……」
「普通、そこまで考えないって」
「あれ、そうかな? えへへ……」
頬を掻いているεを、じっと見上げる。
「……そっか」
μは頷いた。そして、目を細めた。
――違う存在になってしまっても、コードが同じなら、この胸に去来する感情は同じなのだろうか?
εの言うことは分かる。でも、何かが違う気がした。
「……MOTHERなら、この気持ちが分かるのかな……」
先ほどの、頭が痛くなるようなゼムの長話について、改めて復習がてら要点を整理するとしよう。
とりあえず、アンドロイドである自分たちは、歴史的に人類の悪戦苦闘と積み上げられた研究の末、作り上げられた存在だった。
そして、人間のソウルコードと呼ばれる、人格、人生構成に大きく寄与するような遺伝子情報を流用して、より作戦行動に適した人格がどれか、検証実験の段階にある機体でもある。
そのソウルコードの中でも特殊な立ち位置にある、ホワイトコード、という言葉に、μは妙に惹かれていた。
十万人に一人程度の確率でしか存在していない、特殊なソウルコード。発火条件、法則、いずれも正体不明。書き換えも一生に一度あるかないかの頻度でしか起こらない。それは、とても神秘的な響きだ。蠱惑的な色さえ持って瞬き、μの感性に囁きかける。
「私たちのソウルコードってさ、確かブラックボックス化されてるんだよね?」
座って話を聞くだけの苦痛の時間が終わったあと。μは考え込みながら、隣にいたλに話しかけた。
「え、よく知らないけど、そうなの?」
「ああ、それなら、教官や訓練データを用意する研究員に先入観を与えないように、ってことで、MOTHERによって暗号化されてたはずだよ?」答えたのはたまたま近くを通りがかったεだった。「というか、これについては与えられた選定基準を元に、MOTHERが遺伝子情報バンクから無作為抽出したって話」
「「「へー」」」
近くにいた他のアンドロイドたちもεの答えに相づちを打つ。
「でも、ブラックボックスっていつ解除されるのさ?」
「僕たちの訓練と性能評価が終わった時だってさ。確か、十五人の役員と政府関係者が別々に解錠符号を持たされてて、それが全部そろわないといけないらしい。しかもそれも日時が指定されていて、それ以降でないと符号は表示されないんだって。無理に分解したらデータが二重にランダム符号化された上で上書き抹消されるらしいよ」
「げぇっ、厳重だねー」
「厳重すぎる気もするけど……技術情報の盗用を防ぐには複数人で監視させ合うのって、一番原始的で効果的な手段よねー……」
「それで? そのブラックボックスが開放されると?」
「うん。一番成績のよかった上位個体が数モデル選ばれて、量産段階に入るらしい」
じゃあ、ゼム曰く、面倒くさがりで雑な自分は絶対に選出されないな。μは密かにそう確信した。MOTHERのランダムサンプリングの選出基準は、ちょっとバグがあるのかもしれない。
εは、そこでこちらを見つめて微笑んだ。
「μは、自分のソウルコードが気になるかい?」
「え? ……ああ」
聞かれるとは思わず、一瞬虚を突かれたものの。μは目をそらして、別に、と呟いた。
「……ただ、私たちの親みたいな、ソウルコードの提供者と、私たちの違いって何なんだろう、って思っただけ」
「哲学的な問いだな。だが根源的だ」
εは大真面目な顔で頷いた。
「双子の話がある。全く同じ遺伝子の持ち主でも、顔つきや体つきが年を経て少しずつ違っていくように、ソウルコードは個々にして異なっていくという話だ。僕たちもそれと同じで、どんなに同じソウルコードを持っていても、それが書き換わるタイミングが元の持ち主と同じとは限らない。極論を言ってしまえば、ホワイトコードと呼ばれるぐらいの珍しいソウルコードなら、発火するかしないかだって時の運だろう。――つまり、僕たちはその時点で、同じ元から生じたけれど、違う存在になったといえるんだと思う」
「ε、すげー……」
「普通、そこまで考えないって」
「あれ、そうかな? えへへ……」
頬を掻いているεを、じっと見上げる。
「……そっか」
μは頷いた。そして、目を細めた。
――違う存在になってしまっても、コードが同じなら、この胸に去来する感情は同じなのだろうか?
εの言うことは分かる。でも、何かが違う気がした。
「……MOTHERなら、この気持ちが分かるのかな……」
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