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一章 後ろ向きのアンドロイド

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 先ほどの、頭が痛くなるようなゼムの長話について、改めて復習がてら要点を整理するとしよう。
 とりあえず、アンドロイドである自分たちは、歴史的に人類の悪戦苦闘と積み上げられた研究の末、作り上げられた存在だった。
 そして、人間のソウルコードと呼ばれる、人格、人生構成に大きく寄与するような遺伝子情報を流用して、より作戦行動に適した人格がどれか、検証実験の段階にある機体でもある。
 そのソウルコードの中でも特殊な立ち位置にある、ホワイトコード、という言葉に、μは妙に惹かれていた。
 十万人に一人程度の確率でしか存在していない、特殊なソウルコード。発火条件、法則、いずれも正体不明。書き換えも一生に一度あるかないかの頻度でしか起こらない。それは、とても神秘的な響きだ。蠱惑的な色さえ持って瞬き、μの感性に囁きかける。
「私たちのソウルコードってさ、確かブラックボックス化されてるんだよね?」
 座って話を聞くだけの苦痛の時間が終わったあと。μは考え込みながら、隣にいたλに話しかけた。
「え、よく知らないけど、そうなの?」
「ああ、それなら、教官や訓練データを用意する研究員に先入観を与えないように、ってことで、MOTHERによって暗号化されてたはずだよ?」答えたのはたまたま近くを通りがかったεだった。「というか、これについては与えられた選定基準を元に、MOTHERが遺伝子情報バンクから無作為抽出ランダムサンプリングしたって話」
「「「へー」」」
 近くにいた他のアンドロイドたちもεの答えに相づちを打つ。
「でも、ブラックボックスっていつ解除されるのさ?」
「僕たちの訓練と性能評価が終わった時だってさ。確か、十五人の役員と政府関係者が別々に解錠符号を持たされてて、それが全部そろわないといけないらしい。しかもそれも日時が指定されていて、それ以降でないと符号は表示されないんだって。無理に分解したらデータが二重にランダム符号化された上で上書き抹消されるらしいよ」
「げぇっ、厳重だねー」
「厳重すぎる気もするけど……技術情報の盗用を防ぐには複数人で監視させ合うのって、一番原始的で効果的な手段よねー……」
「それで? そのブラックボックスが開放されると?」
「うん。一番成績のよかった上位個体が数モデル選ばれて、量産段階に入るらしい」
 じゃあ、ゼム曰く、面倒くさがりで雑な自分は絶対に選出されないな。μは密かにそう確信した。MOTHERのランダムサンプリングの選出基準は、ちょっとバグがあるのかもしれない。
 εは、そこでこちらを見つめて微笑んだ。
「μは、自分のソウルコードが気になるかい?」
「え? ……ああ」
 聞かれるとは思わず、一瞬虚を突かれたものの。μは目をそらして、別に、と呟いた。
「……ただ、私たちの親みたいな、ソウルコードの提供者と、私たちの違いって何なんだろう、って思っただけ」
「哲学的な問いだな。だが根源的だ」
 εは大真面目な顔で頷いた。
「双子の話がある。全く同じ遺伝子の持ち主でも、顔つきや体つきが年を経て少しずつ違っていくように、ソウルコードは個々にして異なっていくという話だ。僕たちもそれと同じで、どんなに同じソウルコードを持っていても、それが書き換わるタイミングが元の持ち主と同じとは限らない。極論を言ってしまえば、ホワイトコードと呼ばれるぐらいの珍しいソウルコードなら、発火するかしないかだって時の運だろう。――つまり、僕たちはその時点で、同じ元から生じたけれど、違う存在になったといえるんだと思う」
「ε、すげー……」
「普通、そこまで考えないって」
「あれ、そうかな? えへへ……」
 頬を掻いているεを、じっと見上げる。
「……そっか」
 μは頷いた。そして、目を細めた。
 ――違う存在になってしまっても、コードが同じなら、この胸に去来する感情は同じなのだろうか?
 εの言うことは分かる。でも、何かが違う気がした。
「……MOTHERなら、この気持ちが分かるのかな……」
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