愛妻弁当

月詠嗣苑

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崩れた幸せ

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「桃子ー、スコップ持ってきて。種、植えようね!」実家の母が届けてくれたコスモスの種を振って音を出した。

「うんっ! 持ってくるぅ!」と小走りで庭から玄関へといった。

 昨日は、野菜を植えるとかで夫が少し深めに掘ってくれた穴がある。

「ママー? お客さんー?」と桃子が大きな声で呼び、慌てて玄関へと向かっ···

 っ!!

「······。」

 門の所に立っていたのは、白いブラウスに淡いむらさきのスカートを履いた女性。同じ紫色のカーディガン。持っている同色のハンドバッグ···

「あの···」上手く声が出ず、一歩近づくとその女性は、一礼しそのまま歩いていった。

「ママ?」桃子が、自分のスコップを持って私を見上げる。

「う、うち入ろ! 早くっ!」桃子にきつくいい慌てて家に入り、全ての鍵を閉め、カーテンをも閉めた。

「お花···」

「あ、あとで埋めるから。ねっ!」桃子を抱き締め、うずくまる。

(あれは、絶対に義母だ。あのハンドバッグに私うっかり傷をつけちゃったから、すぐにわかった。でも、また、なんで?)

「あの人、なんか言ってた?」桃子に聞くと、

「お名前聞かれたの。だから、ももちゃんちゃんと答えたよ! ももちゃんって!」

「そ、そう。他には?」桃子は、鼻の頭をかきながら、

「ママは、元気? って聞かれたの。あ! 雨だ!」桃子は、耳がいいから、どんな小さな音でもわかる。

 カーテンを開け外を見ると、確かに雨は降っていて···

 シャーッ···

(いた! 傘をさしてこっちを見ている!)

 怖くなり、カーテン越しに見たら、その女性はいなかった。

「ママ? おやつは? 誰か来るの? おばぁちゃん?」

 っ!!

(そうだ。今日は、二人共いる!!)

 筈だったのに···

《ごめんねぇ。急に恩師が亡くなって···》

 頼りになる両親は、愛知県だし、夫は今日は朝から会議とかで連絡がつかない。

「おーやーつー!」騒ぐ桃子に手を出しそうになるが···ぐっと堪えた。

 桃子にクッキーと牛乳を与え、時計と外をチラチラ見る。

「雨、やんだー?」

「まだよ。さっきよりも酷くなってきたわ」

 最初は、静かに降っていた雨が、ザァーザァーと降り出し、遠くでは雷鳴が聞こえた。

「ゴロゴロくる?」

「んー、来ないとは思うけど···」桃子が、不安がらない様に明るめの音楽を流そうとしたら、ポポロがいきなり流れた。

「昨日、ももちゃんね、パパとお歌うたったのー」と牛乳を飲みながら答えた。

(いいか、これでも···)

 雨は、やまずますます酷くなる。

「桃子、今日は早くおねんねしようね。ママお風呂の準備するからさ、この間買ったオモチャ持っておいで」そう言うと笑って、自分の部屋へ駆け上がる。

(大丈夫。イザと鳴ったらセキュリティがある)小さなリモコンをエプロンの中に忍ばせ、お風呂の用意をした。

「ママー。持ってちたよー」明らかに水につけてはいけないおもちゃは省いて、少し早めのお風呂を桃子と楽しんだ。

 もちろん、着替えの上にスマホも置いてある。

(何も起こらなきゃいいけど)

「こわいねー。ゴロゴロさん、くるのー?」窓が風でガタガタ言い出し、桃子が不安げな顔で私を見た。

「大丈夫よ。明日にはおさまるから」確か天気予報でそう言ってた気がした。

 バスタオルで身体を拭き、桃子にパジャマを着せ、自分も着替えた。

「ママー? あのおばぁちゃん、またいるよー?」桃子が、カーテンを開けてソファの上から外を見て、私を呼んだ。

(またっ! さっきはいなかったのに)

 シャッとカーテンを閉め、リビングボードに飾られてる写真を見た。

 私と夫が付き合った頃の写真···

 結婚式でドレスを着た私を抱き上げてる写真···

 桃子が、お腹にいるころのマタニティ写真···

 桃子が、産まれてからも沢山の写真を撮り、飾られてる。

「守らなきゃ···」

(この幸せを崩したくなかった···)

「ママ?」

「大丈夫! 大丈夫だからね!」自分に暗示を掛けるように、桃子に言う。

 小さな音にもビク付きながらも、なんとか桃子が寝る時間まで精神が保て、その隣で今夜は寝ることにした。


『···マーッ···』

「ん?」

 夢を見てた。

 桃子が、初めて言葉を発して、夫と喜んだ夢。

「あれ? 桃子?」布団を弄るとまだ温かさが残っていた。

 起き上がり部屋の様子を伺うも、あたりに桃子の姿は無く、部屋を出て寝室のベッドにもクローゼットにもいない。

「桃子!」慌てて階段を降り、トイレ、バスルーム、リビングをくまなく探すもどこにも桃子はいなかった。

「まさかっ!!」

 桃子は、花の種を植えたがっていた。私を元気付ける為に母にねだったと聞かされたコスモスの花の種!

 ガタガタと引き出しを探すも入れた筈の種はどこにもない。スコップも!


『マーマッ!』

 雨が一瞬やんで、静かになった瞬間、桃子が私を呼ぶ声が庭から···

 ガラッ!!

「桃っ!!」桃子は、いた! あの紫色のスカートを着た女性の側に居て、手を繋いでいる。

「桃子! 離れなさいっ!」桃子は、私の顔を見て、女性を見上げるも、女性は首を振った。

「お願いっ! 返して! 桃子を返してっ!」騒ぎでご近所の人が気づくかも知れないが、致し方なかった。

『どうして?』

「え?」

『あなたは、私の幸せを奪った』女性の声は、静かだがこの大雨の中でも私の耳に届いた。

「なに? なんのこと?」目に雨が入り、周りが上手く見れない。

『あなたは、私の大切な人を奪い。そして、あなたを殺そうとした私を殺した挙げ句···』

「······。ひっ! やめて! 桃子を離して! お願い!」

(この人、こんなに力あった?)

 桃子が、女性の手に首を締められ、上に上がっていった。

「お願いっ! お金? お金ならあげる! だから、お願い! その子を離してっ!」

『お金? お金なんて何の役に立つの? 死んだら使えないのよ? バカね···。 クックックッ···』

「じゃ、なに? 死んじゃう! 桃子が、死んじゃう!」

『死ねばいいじゃないの。私を殺したように、バラバラに刻んで焼却炉に落とす?』

「······。」

(どうして、それを···)

『ママ···苦しい···ママ···』

「桃子! お願い! なんでもするから! 桃子を返して!」

『返して欲しい? こんな子、あなたいらないんじゃない?』

「え?」女が桃子の首を掴んだ手を離し、桃子が真っ逆さまに落ちていく···

「いやっ···桃子ーーーっ!」

 ドサッという音とグチャッという音が耳に届いた。

「届かない···」穴に落ちた桃子は、片腕をあげたまま微動だにしない。

(あと少し···あと少し···)

 っ!!

「桃子!!」

(もう少し身体を···)

 雨で地面がかなりゆるいが、落ちる事はないだろう。桃子の手に触れ、思いっきり掴んだ。

「桃子ー。あと少し頑張って! 起きたらいっぱい遊んであげるね! パパも一緒に!」

 あと少しで引き上げられる! と思った瞬間、上から何かが勢いよく倒れ意識を失った。


「クックックッ···」
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