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 ぼんやりとする思考の中、ウィスカード殿下に促されて用意された寝室へと入る。何かあればいつでも呼んで下さい、と言って出ていった使用人に頷いて、大人しくベッドに潜り込んだ。
 何かすることがあった気がするが、殿下は今日はもう寝なさいと言っていた。だから、きっと気のせいなのだろう。
 そうして意識が落ちる直前、窓が風でカタリと音を立てた。

 パッと目を見開く。気のせいな訳がないだろう。

「イーヴォ!」
「はいよ」

 出ていった時と同じように、何も無い場所から微風と共にゆらりと現れたイーヴォ。バクバクと鳴る心臓を抑えながら、まだ少し霧掛かった頭を振る。

「何かおかしいの。何で私、イーヴォを呼ぶことを忘れてたの?」
「…やっぱり、気のせいじゃなかったか。お嬢、多分それは精霊石の力だ。あの王子、洗脳系の石を持ってる」
「洗脳…!?」

 その言葉にぞっとする。つまり、私は彼に洗脳されかけていたと言うことだ。まさかそんなことをするなんて、過去の美緒やゲームの王子からでは考えられないことだった。
 パチンッとイーヴォが、私の目の前で指を鳴らした。途端、頭がクリアになる。どうやら洗脳を完全に解いてくれたらしい。
 お礼を言ってほっとするが、明日また洗脳されるのではと不安が襲いかかる。イーヴォが解いてくれるとしても、それまでは洗脳されてしまっているのだ。
 体が震える。あれは誰だろう。私の知る彼女でも、彼でもない。ウィスカード殿下が、全く知らない人物になってしまったようだ。

 怯える私の手に、イーヴォが二つの物体を握らせてきた。
 それは、ネックレスと何か液体の入った瓶だった。

「え、これ何?」
「船長から預かってきた。ネックレスは、必要になるかもしれないと。守りの精霊石らしい。洗脳や魅了、呪いなんかを防いでくれるやつだ」
「そんなものがあったんだ…あれ、これ、船長が着けてたやつじゃない?」
「あぁ。お嬢はあんま精霊石の種類を知らないみてぇだけど、王族なんかはそう言う珍しい石を持ってたりする。洗脳系や呪い系なんかも。だから、万が一の為にお嬢が持っておけと」

 じーんと胸が熱くなる。まさかそんな貴重なものを私に託してくれた。それだけ心配してくれているのだ。
 その事実だけで、例えこれが何の力もないただのネックレスだったとしても、私は嬉しかっただろう。それだけで、何よりも支えになる。
 ネックレスを首にかけてからギュッと握りしめる。あの藍色が頭を過った。

「…ネックレスは分かったけど、この瓶は?」
「香水だって。さっきプレゼントしようとしてたらしい。分かりやすいようにつけとけ、だってよ」
「わぷっ!あ、結構好きな匂い」

 瓶を取られて、プシュッとかけられる。ふわりと甘い匂いがした。それは、あの日船長と香水店に行った時に私が気になっていたものだった。
 全てお見通しだったようで、なんだか悔しい。

「で、だ。お嬢、そろそろ大事な話に移るぞ。取り敢えず、ネックレスは絶対に外すなよ」
「分かった」
「まず始めに、オレはお嬢に謝ることがある。ずっと黙っていたことと、オレの"役目"についてだ」
「役目…」
「お嬢…いや、香坂梓殿。あの日、貴女の前世が終わった日。貴女は、階段から落ちずとも死ぬ運命にあった。

 貴女はあの日必ず、あの世界での生を終わらせる運命にあったんだ」

 ポカンとイーヴォを見上げる。話の意味が理解出来ず、呆然とするしかなかった。
 何も言えない私に、イーヴォは続けた。

「貴女は本来、あの世界で生まれる予定はなかった。しかし、魂は世界の隙間から別の世界に落ちてしまった。そしてその頃には既に、『アレクシア・レーベアル』の枝が腐りかけていた」

 だから、すぐ連れ戻さずにそちらの世界で"お告げ"をした。あのゲームがそうだった。
 こちらの世界に戻し本来の生が始まる前に、別世界で人格を形成しておく。そうしておけば、こちらに都合が良かった。
 そして時間切れがやって来て、香坂梓の生は終わりを迎えた。魂は回収係りが問題なく回収し、こちらの世界に生まれ直すことになった。

「しかし、そこで問題が発生した。元々別世界の魂だった貴女に影響を受け、一番近しかった魂がこちらに無理やり落ちてきたんだ。それが、前世の貴女の幼馴染みである、あの王子だ」
「そん、な…じゃあ、美緒は私のせいで…」
「それは違う。あくまでも、彼女自身が望み選んだことだ。ただし、それで世界樹に良くない影響が出た」

 それは、運命のねじ曲げ。異物が無理に入り込んだことにより起こった、世界樹の不調。
 それにより、この世界でいくつも運命の変わってしまった人物が現れた。

「オレはそれより先に追放されたから、今どうなっているのかは分からない。でも、大体の修繕は問題なく終わっているらしい。終わってないのは、それに強く一番深く関わっている二つだけ」
「それが、私と、美緒?」
「違う。お嬢なのは間違いないけど、あの王子はイレギュラーなだけで修繕対象ではない」

 そもそも元々この世界の魂ではない彼には、修繕すべき枝がないのだと言う。
 じゃあ誰なのだろうとイーヴォを見上げれば、金色の瞳が私と、私の胸元で揺れる船長のネックレスを写した。

「残りはお嬢と、あの船長だ」

 ゴクリと唾を飲み込む。私と、船長。
 つまり、あのゲームで船長が処刑されることは、世界樹の不調によるものだったのだ。あってはならないこと。そして修繕が終わっていないということは。

 船長は近々、処刑されてしまう。きっと、ウィスカード殿下によって。

「イーヴォ…貴方は、何者なの?」
「…オレは、イヴァロン。精霊語で"告げる者"を意味する。精霊のお告げと呼ばれる世界の修繕を任されているうちの一匹で…」

 窓は開いていないのに、カーテンが風で揺れた。それは、イーヴォを中心に渦巻いている。

「精霊王の右腕である、世界樹の番人だ」









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