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「お願い、やめてください!」
「抵抗しても無駄だよ。大人しくすれば、何もしないさ」
「嘘よ!私に乱暴する気でしょ!!エロ同人みたいに!エロ同人みたいにっ!!」
「……あの、お二人とも何をされてるので?」
「あっ、ロイド隊長」
「今一番盛り上がってたところだったのに…もう着いたのかい?」

 走り出した馬車を止める術を持たない私は、大人しく座席に座って…いるわけがなかった。
 ウィスカード殿下は、私の前世の幼馴染みの片方だった。それは確信を持って言える。しかし、私には分からない。彼があまりにも「ウィスカード殿下」だからだ。
 つまり、今私は彼が幼馴染みのどっちなのか分からないでいる。いや、何となく分かってるんだけど、これっていう確信が欲しい。
 それで始まったのは、特定するための会話。そこから茶番に発展して、それを目撃したロイド隊長にはちょっと申し訳ないと思ってる。とても困惑してた。

 着いたと言うから、一瞬フェロウド王国かと思った。降りると全然知らない屋敷で、どうやら王族の別荘らしい。今日はもう遅いから、ここで泊まってから帰るようだ。
 出迎えてくれた使用人が、私を見て少し驚く。今はちゃんと女の格好をしているが、それでも到底貴族が着るような服ではないものを着ている。髪も短いし、パッと見て平民にしか見えなかったのだろう。

「彼女を頼む。行方不明だった私の婚約者だ」
「おぉ…!レーベアル侯爵令嬢でしたか!随分と苦労なされたようで…此方へ。湯浴みの用意をしてあります」
「いえ、あの…」
「行っておいで。終わったら客間の一室へ連れてきてくれ」

 メイドたちに連れられ、私はお風呂に入れられた。華蝶のお姉様たちとはやっぱり違う。手際などはこちらの方が良いのだろうけど、私は彼女らと共に入るお風呂の方が楽しくて好きだ。
 髪が短いのを残念がられながら、見た目を整えられる。夜会に出るわけでもないので、流石にコルセットはつけられなかったのでほっとする。
 質素ではあるがかなり高いであろう服を着せられた。この別荘の執事に案内されて、客間でウィスカード殿下を待つようにと言われる。

「…イーヴォ、いる?」
「おう。今、風で音が漏れねぇようにした。外には何も聞こえないぜ」

 部屋に残っていたメイドを、一人になりたいと追い出してイーヴォを呼ぶ。普段は狼として外にいるが、彼は精霊だ。そして風の力と相性が良いらしく、何処にいても呼べば来てくれた。

「お願い、イーヴォ。船長たちの様子ってわからない?もし捕まってたりしたら、助けてほしいの」
「今のお嬢の方が助けて欲しそうだけど」
「ここで逃げても、多分また追われるだけだよ。それだと船長たちにも迷惑をかける。だから今はまだ、船長たちの方を助けて欲しい」
「そうか。分かった…………お嬢」

 頷いたイーヴォは、しばらく何かを考え込んでからもう一度口を開いた。その声と表情は、いつになく真剣で。

「オレは、お嬢に言わなきゃならないことがある。お嬢があのまま海賊を続けるなら、知らなくてよかった話だ。でも、こうなったら知っておいた方がいいと思う」
「それは…どんな話なの?」
「長い話だ。今は時間がない。一人の時間が出来たら、呼んでくれればすぐに来る」

 ふわりと室内で風が舞う。まるで蜃気楼のように、イーヴォの姿が歪んで消えた。きっと、船長たちのところへ飛んだのだろう。
 そしていくばもしない間に、客間のドアが開いた。そこにいたのは勿論、ウィスカード殿下である。
 使用人たちを部屋の外で待機させ、私の座るソファの向かいにある一人用ソファに座る殿下。肘掛けに頬杖をついて、こちらを見る。

「さて、色々聞きたいことはあるだろうけど、まずは答え合わせといこうか?そろそろ分かったんじゃない?僕がどっちなのか」
「うん。あまりにゲームのウィスカード殿下のままだから、全然気付かなかった…正直、何で?って言う気持ちが強いけど」
「それは僕も思った。でも、君と結婚できるなら神様に感謝しかないよ」
「…そもそも、その発言が昔と全然繋がらなかったんだよ。どうしてそうなっちゃったの?──美緒」

 美しく微笑むウィスカード殿下。その笑顔は、確かに殿下の顔だけれど見覚えのあるものだった。

 神楽坂かぐらざか美緒みお。前世でも誰もが羨み、憧れるほどの美貌の持ち主だった。私の幼馴染みで、

 親友だった少女である。

「転生したら幼馴染み(女)が執着系王子になってた件。っていうタイトルで別作品始まっちゃいそうなんだけど」
「むしろ始めていこうよ。あの船長なんか忘れてさ」
「美緒って分かっちゃうとその口調に違和感が凄いんですが」
「…逆に、私が昔の口調だったらかなり変じゃない?だって、完璧にオカマになるわよ」
「んふっ…ふふふふw」
「笑いが堪えきれてないわ」
「あはははは!やめて!その声でその口調はやめてー!!」

 イケヴォなオカマに、ついつい笑ってしまう。容姿が到底それっぽくもないから余計だ。
 ひーひー笑っていれば、いつの間にか近づいて来ていた美緒、もとい殿下がソファの背もたれに手をついて私に覆い被さる。美緒と言うことで警戒心が解けてしまっていることに、私が気づくのは遅かった。

「あの時、君が階段から落ちて死んでしまった時。私は絶望した。君が私と彼奴が付き合ってるなんて人伝に聞いた話を信じたことも、その話を流した上で君を殺した奴が私と彼奴のファンだったことも。私が全てに絶望するには十分だった」
「あ、あの人やっぱり二人のファンだったんだ」
「そうだ。分かるかい?君が死んだ原因が、よりにもよって私自身だったことを。それを知った私が、どれだけ世界を恨んだか…」

 悲痛な面持ちでそう呟く彼を、思わず私は抱き締める。世界が変わって、見た目が変わって。それでも彼は私の大事な幼馴染みだ。昔だって、今だって。それは変わらない。
 隣にいて欲しいという言葉も分かる。私たちはずっと一緒だったから、心置きなく話せる相手が欲しいのだろう。
 私は、だと信じて疑わなかった。

「でも、今回は違う。私は男で、王子で、次期国王だ。君を何者からも守ることができる。君を、傷つけられない場所に置くことができる」
「え、あの、美緒?」
「違うよ。私はもう美緒じゃない。僕はウェスカード。そして君はアレクシアだ。僕らは婚約者で、これからどんな思い出も作ることができる。絶対幸せにすると約束するよ。だから、ほら、ね?君が海賊好きなのは知っているけど、いい加減忘れよう?君は、アレクシア・レーベアル侯爵令嬢なんだから」

 それは、まるで蜂蜜のように甘い甘い声だった。トロリと頭に流れ込んでくるそれは、私の思考を鈍くする。

 気づいたときには、私はその言葉に頷いていた。









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