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一章 転生しました

閑話。とある狼の苦悩

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 あの戦争から千年。私─いや、俺は【ルヴィンド裏の森】に閉じ籠っていた。あの戦争で俺が失ったものは大きく、失意と虚脱感の中日々を流すように過ごしてきた。
 一つ目の転機は祟り神事件。ただ、"あの人"の最後の頼みを守りたかっただけなのだが、結果的に勇者の村の住民たちと交流を深めることになった。
 それは、良い影響を俺に与えてくれたんだと、今は思っている。
 二つ目の転機は、とある少女との出会いだった。
 最初に会った時は普通に女の姿だった。俺がそこらの魔物とは違うということを理解していたようで、狩りで鉢合わせた時は軽く会釈をしてくるだけだった。
 それが変わったのは、つい最近の話だ。魔力反応も気配も変わってはいない。が、は少々変わったらしく、ルール違反だが勝手に鑑定をさせてもらった。
 結果を言えば、別に。封印されていた記憶が戻り、人格に影響が出ただけなのだろう。
 出会い頭に人をもふもふ神と知らない神に例えたそいつ、「レイ・マルグス」は前と変わらない笑顔で俺を友人だと宣ったのだった。

 俺とレイが友人になった二日後、森の奥へ狩りへと出向いた。前日に規格外な武器を無自覚に量産していたそいつは、やけに楽しそうに森を探索していた。
 転生者であるそいつは、レイとしての記憶が何故だか抜け落ちてしまい、精神は男になったらしい。前が果たして精神も女だったのかと問われれば、俺は異議を唱える。
 あんな猟奇的な女、居てたまるか。肉切り包丁片手に森を疾走する姿は、別の世界にいるらしい「やまんば」とやらにそっくりだった。一応その魔物も女性らしいが、もう一度言おう。あんな猟奇的な女、居てたまるか。
 それはそれとして、記憶が無いのならば狩りを教えてやると言えば喜んで了承するレイ。だがしかし、精神は変われど体は変わっていない。身体能力はそのままだったのか、一人でゴブリンの群れを潰してしまった。心配は無用だったらしい。

 俺も久方ぶりの交流で浮かれているのか、何だかレイが"あの人"に似ているようで気になっているのか、どちらかは知らないが俺は毎日レイの小屋へ顔を出していた。
 もふもふが好きな「もふりすと」なる者らしいレイは、ことある毎に俺に獣の姿を要求する。正直、野生を忘れそうなあのは勘弁して欲しいが、何故か大人しくしたがってしまう。決して気持ちが良いからとかではない。…はず。
 レイと友人になって一週間。初日から泊まってけなんて提案をする彼奴は、随分と図太いというかなんというか…毎日顔を出す俺に泊まってけと言うのは百歩譲ってわかる。しかし、仕舞いには一緒に住むか?と言われた時は説教タイムになった。

「お前、一応は女なんだぞ?少しは慎みを持て!!軽々しく泊まってけ、とか住むか、とか言うんじゃない!!」
「いや、一応中身は男よ?それにオニキスだし、別に何かある訳じゃ…」
「万が一を考えろ!!中身が男だろうが体は女だろ!もし俺が「男っぽい女性」が好みだったらどうする!?」
「オニキスなら無理矢理とかないな。いつの間にか外堀を埋めるどころか囲って逃げ場をなくして、それからゆっくり頂きそう」
「なんだその信頼!?そしてなんだその風評被害は!!俺はそんなことしない!精々外堀を埋めるだけだ!」
「埋めはすんだな!?」
「当たり前だr…話をすり替えるな!!」
「ちっ…失敗か」
「レーイー?」
「アッ…ごめんなさーい!!!」

 と、このあと全力鬼ごっこが始まったことは言うまでもあるまい。その後、反省したレイは軽々しく住もうとかは言わなく…

「でもやっぱオニキスなら大丈夫なんだし、お前以外には言わないからさ。やっぱ住まない?どうせ同じ森の中じゃ…」
「どうやら反省が足りないらしいな?」
「申し訳ございませんでした許してください」

 ならなかった訳ではないが、反省はきっとしただろう。
 …とは、流石に考えなかった。

「オニキス!こんにちはー、いらっしゃい!」
「あぁ、こんにちは。邪魔するぞ」
「邪魔すんならかえっ……危ね。これ東京で誰にも通じなかったんだった…俺は同じ過ちは繰り返さない男」
「?どうした?」
「んにゃ、こっちの話~。あ、そうだ。昼飯食った?ハンバーグとステーキとグリルチキンどれがいい?」
「昼はまだだが…何故肉一択なんだ」
「肉が大量に余ってまして…大丈夫、メインが決まんないだけ。ちゃんとバランスよく他の品もある」
「ならいいが……はんばぁぐ」
「…気にいったん?」
「………うむ」
「…ここに住めば毎日三食、美味しいご飯が食べられますよ」
「…そ、それは確かに、しかし…」
「なんなら、三日に一回はハンバーグ作るぜ?」
「…!!本当か!……って、レイ!!」
「ちっ!正気に戻ったか!!」

 何故こうも俺を住まわせようと思うのか。不思議に思っていたが、それよりも優先することが出来てしまった。
 レイと友人になって一週間と半分。丁度夜も明けようというころ、魔法による通信が俺に届いた。
 発信源は俺が心底嫌いな奴であり、早々に切ろうとした俺に、奴はしつこく繋いでくる。

「ちょっとぉ、通信切ろうとしないでぇ?テンペストくんってばつれないなぁ」
「煩い。そのテンペストってやつはやめろと何度言ったら分かる」
「えぇ?良いじゃん、黒い嵐ブラックテンペストくん。カッコいいと思うよぉ(笑)」
「……………」
「ちょっと、無言で切ろうとしないでくれる?キミに聞きたいことがあるんだってぇ」
「………手短に話せ」
「魔物達から聞いたんだけどぉ、最近森で人間の女の子と逢引してるんだってぇ?テンペストくんもすみに置けないなぁ?」
「ゴホッ…あ、逢引って…違う、彼奴は友人だ」
「ふ~ん?キミが友人って認めた子なのぉ?面白そうだねぇ」

 墓穴を掘った。気づいた時には既に遅かった。

「明日、遊びにいくねぇ」

 そういって、一方的に切られた通信。頭が痛い。やってしまった。
 間延びする、やけにほわほわとした男の声を思い出す。ムカついた。殺してやりたいほどムカついた。大体なんだ、面白そうって。ふざけるな。
 気づけば、尻尾で近くの木々が倒れていた。しまった、落ち着かなくては。
 幸い、もう夜は明ける。アレは朝に弱いし、明日と言っていたからまだ時間はある。大体今日の昼前に出れば間に合う。
 レイが起きた頃、いつもより早くきた俺に驚いていたが、二、三日離れると言ったら見送られた。ふむ、悪くない。

 獣になり奴が来るであろう方向へ走る。二日走り、そして衝突した。俺は風、奴は炎の玉を作りぶつける。風は炎を消すに至らず、巻き上げた炎は火柱となりその後散った。
 火花が降り注ぐ中、俺は人型になる。間髪入れずに突っ込んできた奴に、風の上位魔法である雷を叩き込む。が、土魔法で防がれた。
 ならばと考えた次の手は、火魔法の最大出力でガードにつかった土をガラス状にしてやる。ついでに焼死でもしろと思ったが、勿論易々とそれを受け入れる奴ではない。短距離転移魔法で俺の背後に移動した。
 そうくると思い、俺はあらかじめ罠を仕掛けていた。

「──遅延型術式展開【魔力吸収ドレイン】」
「っ!?」

 予想外の攻撃に一瞬、動きが固まる。この魔力吸収ドレイン、文字通り相手の魔力を吸収し自分の魔力を回復させるもの。しかし、多すぎる魔力を吸収すると暴発し、最悪の場合は死ぬこともある。
 コイツ相手にこれを使うのは悪手であり、本人も俺もそれを分かっているから、これを使うことは予想だにしなかったことだろう。
 しかし、この問題を解決する唯一の方法があった。それが─

「…まさかっ、龍脈に…!?」
「ご名答」

 龍脈に接続し、奪った魔力をそのまま横流しにする。これが、唯一コイツに勝てる手段だった。
 コイツの体は魔力で保っているようなもので、その魔力がいきなりほとんど奪われれば動けなくなる。そのため練習して、最近ようやく龍脈に繋げられるようになったのだ。

「ご丁寧に魔力操作妨害ジャミングまでしやがって、っ!」
「悪いが、貴様に構ってる暇は……!?」

 奴まで龍脈に繋がり、横流しした魔力を回収されたら意味がない。魔力操作妨害ジャミングは当たり前である。
 そう思って入れば、あちらも予想外な行動をした。残った魔力を使い、【ルヴィンド裏の森】へと転移したのだ。

「やられた…!!」

 そうして俺は、またしても二日かけて走ることになる。

 その後、俺の心配は杞憂に終わり、奴─カインがレイに胃袋を掴まれることになったが、おかげでこれから心労が絶えなさそうである。

 はぁ…疲れる。






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