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オマケ
旅路─コミュニケーション取ろうぜ(前編)
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「しおちゃんは、赤目さんともう少しコミュニケーションを取るべきだと思うんだけど」
「あまりに唐突過ぎて理解が追い付かない。何???」
冒険者御用達の食堂にて、唐突にみゃーのからふられた話題。口に運ぶべく掬ったシチューが、スプーンから垂れて器に落ちる。
一方、混乱する俺を余所にみゃーのはスパゲッティーを美味しそうに食べ続ける。何処にそんな量が入るのかと言うほど大盛りのそれは、正直見ているだけで胃もたれがしそうだ。貧弱とか言うな。
どうやら食べ終わるまで続きを話すつもりはないようだ。仕方がないので、俺もシチューをさっさと食べる。
圧倒的に量が違うというのに、ほぼ同時で食べ終わった頃。適当に飲み物を頼み、さっさと本題に入るよう促す。
「で?突然なんだ。コミュニケーション?」
「うん。しおちゃんがツンデレでクーデレなのは今に始まったことじゃないから、仕方ないと思うんだけどさ」
「まて、今聞き捨てならん言葉が聞こえた気がするんだが」
「僕に勝負を挑んで見事勝利し、その上あの露骨なアピールだよ?大体、魔王を倒した僕に勝つって…赤目さんが討伐行けば良かったのでは?って思っちゃうよね」
「なんなら、勇者呼ばんでも騎士団だけで勝てた可能性」
「それ……じゃなくて!」
さりげなく話を逸らしていこうといたのだが、すぐに戻されてしまった。こっそり舌打ちをするが、多分聞こえていただろう。
どうやらみゃーのは、自分に勝った赤目さんになら俺を任せても良いと判断していたらしい。コイツが過保護なのは今に始まったことではないが、人を勝手にゴリラに任せないでほしい。
赤目さんの露骨なアピールと、みゃーのに勝ったことの何がコミュニケーションを取れという話になるのだろうか。全く話の意図が読めない俺に、苦笑するみゃーのはため息をつく。
「いやね?僕には、しおちゃんが赤目さんに惚れてることぐらいわかる訳なんだけど」
「惚れてませんが????」
「君が正直になれないもんだから、赤目さんから相談されるんだよ。いい加減、僕もアドバイスのレパートリーが無くなってきたし」
「聞いてる??」
「だからさ、しおちゃん赤目さんとコミュニケーション取ってくれない?君がもう少し素直になってくれれば、僕もラナさんもルファさんも苦労しないんだけど」
「本音は?」
「赤目さんから相談と言う名の惚気聞かされるのいい加減疲れた」
「そうか」
「何他人事の様に!!原因しおちゃんなんだけど!!」
ズコッとコップの底で音が鳴る。どうやら空になったようで、残った氷の味しかしなくなっていた。これ以上話が長引くのもあれなので、これを機に店を出るかと立ち上がる。
みゃーのも、俺が話を続ける気がないのを察したのであろう。それに、そろそろ依頼に行った三人が帰って来る頃である。町の出入口か宿屋に向かった方が良い。
ブツブツと文句を言うみゃーのを無視し、会計を済ませて食堂を出る。
恋だのなんだのと、他人事だからこそ楽しいのだ。当事者になれば途端に面倒くさい。誰かから感情を向けられるのも、自分がそんな感情を持つことも。
面倒だった、筈なんだけどなぁ…
「……いっそ、強制イベントでも起こしてやろうか…」
ボソリと呟かれたみゃーのの言葉は、考え事をしていた俺には聞こえなかった。
それから数日後。そんな会話も既に忘れた日のことだった。
「じゃあ今日は、私とルーファスとキノ、リンドウとジークの二組に別れて任務をしましょう」
「異議なーし」
「うん。私も構わないよ」
「俺も大丈夫だ」
「おーけー」
ここ最近は、こうして二組に別れて依頼を受けることが多かった。五人で移動すると、よくも悪くも少々人数が多い。よく見るRPGゲームだって、元祖は三人パーティだ。
それにポ◯ダンでも二匹から三匹が適切って言ってた。
ここら辺の魔物は特別強いわけではないし、そもそも俺以外は戦闘のスペシャリストみたいなものである。(俺の名称不明スキルもそこそこチートとか言うな。基礎能力の問題だ)
そのため、個人のレベル上げや鍛えるためとして少数で別れているのだ。まぁ、時たまルーファスさんや赤目さんは一人でも行動しているが。
既に依頼は全員で選んでおり、好きな方を選んで目的の場所へとそれぞれ向かう。先に依頼を選んだのは彼方の組で、俺らは残った方の依頼を達成すべく近くの森の奥へと入る。
「…暗いな。リンドウ、足元に気を付けろよ」
「おう。身体強化使ってるから平気」
朝は曇り気味だった空は完全に曇ってしまい、木々の隙間から見えるのは暗い雲のみ。余計に光が遮られてしまう森の奥では、昼間だというのにかなり薄暗い。
いくら身体強化で視界を強化しているとはいえ、ここで赤目さんとはぐれてしまえば俺に合流できる自信はない。ええ、まぁ、方向音痴はもはや認めざるをえなかったんだ。くそぅ。
こちらを気にしてくれてる赤目さんは、それでも歩幅の違いで歩き辛い道では一定の距離が空いてしまう。
木の根に足を取られそうになり、思わず歩みを止めてしまった。それに気づいた赤目さんがこちらを振り向こうとし、
─ザァァァァァ……
とうとう雨が降ってしまった。いくら木の葉が邪魔をしても、強くなっていく雨足に雨宿りができそうな場所を探す。
いつだったかの森では、確か土壁に横穴を作ったんだったか。しかし、現在位置を考えるとそんな場所はないだろうし、どうするべきか。
「リンドウ、こっちだ」
「え」
ぐいっと手を引かれた先には、なにやら数本の木が融合したような不思議な太い木があった。どうやら、俺が考え込んでいた間に魔法で何かしていたようだ。
立ち上がることはできないが、ふかふかの葉っぱの上に二人で座っても余裕のあるスペースが木の根元に出来ていた。中に入れば、入り口がぐにゃりと閉じる。雨や魔物が入らないようにだろう。
魔法で明るい木の中で、取り敢えず雨が止むのを待つ。しかし雨は強くなる一方で、その内ゴロゴロと雷の音まで聞こえてきた。
状況や天気的にも、これではまるで─
「…いつだったか、お前が城の裏の森へ飛び出していった日のようだな。また帰るのは明日になるか?これは」
「…………同じこと考えてたのが何か悔しい」
「成る程。これが以心伝心か」
「何が成る程じゃい」
あの時は、何で森に飛び出したんだったか。確か、俺が赤目さんにいつ死んだって構わないとか言ったんだったか。それで、シコクと赤目さんの視線が居心地悪くて…丁度雷が鳴り始めたこともあって、それで─
「─…ドウ、リンドウ?」
「っ!ぇ、あ、なに?」
「ぼうっとしてどうした?」
「あぁ…何でもない」
遠くで、雷が落ちる音がした。雨の音がやけに大きく聞こえ、まだ赤目さんのおかげで明るいだけ気持ち的に助かる。
音が、もっと前の"あの日"を思い出させる。芋づる式にあの頃のことまで溢れてくるものだから。余計に気分が沈んでいく。
みゃーのも彼奴も、家族と呼べるのは互いと俺しか居ないと言っていた。それに、俺はいつも何と返していたか。俺だって、実は人のことを言えなかったはずだ。
信頼できる人なんて、それこそ家族ぐらいしか。
思考に沈みそうになる脳を、頭を振ってどうにか浮上させる。
その時、まだ体が濡れてることに気づいて魔法を使う。赤目さんも気づいたようで、服や髪を乾かしていく。ついでに気分を紛らわすために、適当な話をしてくれと無茶振りしてみる。
何も言わず少し考え始めた赤目さんに、本当に何か話してくれるのかとこっそり驚く。まず文句を言われるかと思ってた。
「何か話、か……そうだな。気づいてないようだが、リンドウは雷と土砂降りが合わさった日は必ず俺の服の裾を掴んでるぞ」
「……………は??え、あれ、ほんとだ…………は!?!?」
「やはり無意識か。単体だと平気なようだから、この二つでトラウマにでもなってるのだろう。ぼうっとすることが多いし、俺がいなければ他の皆にくっついてる。ちなみに、全員気づいてるぞ」
「え、いや、え???何それ恥ずか死ぬわなにそれ…」
「あと、こういう日は暗い場所にも近づかないな。一人でいると不安そうにしているし、やけに甘えてくることもある。ラナに果物を食べさせて貰ったりとかな。それと、普段より俺のスキンシップを嫌がらない。むしろ安心してることが多いし、というか他がいてもよく俺にくっついて回って…」
「やめて!!!俺の精神的ライフはもうゼロよ!!!!!今すぐ川に飛び込んで顔冷やしたい!!!!!」
「は!?止めろ!!今川なんぞに行ったら確実に溺れるぞ!?!?」
「マジで行くわけないだろ例えだ例え!!!!バカ真面目!!!!!!」
まさかの事実に死にたくなる。確かに現在も俺は赤目さんの服の裾を掴んでいるし、離そうと思っても雷が鳴る度に手が固まってしまう。
別にそのままで良いぞとか言われても、俺が嫌だ。ガキじゃないんだから、こんな、こんな……くそ、離れねぇ…なんでだ……
不可解そうにする俺に、苦笑した赤目さんが服を掴む俺の手にゴツゴツとした硬い手を重ねる。あ、離れた。
「あの時言っていたな。キノの兄に襲われた日も、こんな天気だったと。原因はそれだろう」
「…気にしてないつもりだったんだけどな」
「心の傷はそう簡単に治りはしないさ…っと」
「うお、い、何で俺を抱える必要がある。充分広いだろここ」
「この方がお前が安心すると思ってな」
「むぅ……」
胡座をかく足の上に横向きで座らされ、赤目さんに自然と寄りかかる姿勢になる。相変わらず雨と雷の音は煩いが、ドクンドクンと心臓の音が重なり遠くなった気がした。
触れてる面積が多いせいか、人の体温を感じて無意識に入っていた体の力が抜けていく。成る程。確かに俺はどうやら、まだあの時のことを下ろしきれていなかったようだ。
悔しいが、確かに赤目さんの言う通りなんとなくホッとしてしまった。大変非常にかなり悔しいことだが。
ふと、ここでようやく先日みゃーのに言われたことを思い出す。コミュニケーションってどう取ればいいんだ?
「……ねぇ、赤目さん」
「何だ?」
「コミュニケーション、とは」
「は?」
俺のあまりに突然な話題に、素で困惑した声を出された。仕方ないのでみゃーのに言われたことを話す。流石に、そろそろみゃーのが赤目さんの話をウザく感じ始めてることは言わないが。良識ぐらいあるからね。
簡単に、俺が赤目さんとコミュニケーションを取るべきだと言われたことを説明した。あの疲れたような顔をしたみゃーのを見たからな、一応試みてやろうと思った次第だ。
俺は弟想いなんでね!!
「俺とコミュニケーションを、か…そうだな…それなら、俺のことでリンドウが知りたいことはないか?」
「え、何で?」
「俺もお前も、当たり前だがお互いの一部しか知らない。俺はお前の全部が知りたい。良いとこも、悪いところも、全部。それなら、先に俺のこと知ってほしい。そうすればフェアだろう?お互いを知るための会話をする、というのがコミュニケーションじゃないのか?」
「な、るほど?」
「さぁ、何でも聞いてくれ。答えられることなら全て答える」
と言われても、なんだが。はて、俺が赤目さんに聞きたいことなどあっただろうか?
体の鍛え方とか?いや、同じことをしたところでもう俺の身長は悲しいことに伸びないだろう。好き嫌い?いや、別に今は気になんないな。
あぁ、そうだ。好き、と言えば…
「赤目さんは俺の何処が好きなの?」
「ングッ…おま、一発目でそれを聞くのか…?」
片手で顔を隠し、呆れたような声を出す赤目さん。何でも聞いてくれって言ったのアンタだろ。
実は前から気になってはいたのだ。いくら目を逸らしても視界に入ってくるぐらいの好意を寄せられていることは、流石の俺だって自惚れでも何でもなく事実として分かる。
しかし、だ。自分で言うのも何だが、こんなちんちくりんを好きになるようなやつ居るのか?と言うのが今までの俺が自分に向けていた評価だ。
体型も性格も女性らしさなぞ皆無であるし、口も悪いしすぐに手足が出る。喧嘩もしょっちゅうやってたし(別に進んでやっていた訳ではない)、ここに来てからも剣ばっかり振っていた。
初めは物珍しさから構われてるのだと思っていたが、何故かそう言う好意を向けれるようになり困惑していたのだ。最近、慣れてしまったのが妙に悔しいが。
俺はか弱い女性なんて質ではないし、か弱くないラナさんはそれでも守りたくなる女性と言った感じだ。
こんな男みたいな奴を、可愛らしく綺麗であるご令嬢を沢山見てきた赤目さんが何処を気に入ったのか。皆目検討もつかなかったのだ。
ただ、それを何でも無いときに聞くのは何か自惚れてるようで嫌だったので聞かなかっただけである。
「で?何処ら辺?」
「……ほっとけない、と、思ったから…」
「…んん?」
つまり、保護対象と恋愛を間違えてる可能性?
「絶対にない。違う」
「心読まないで??」
顔に出てたと言われ、むぅと口を尖らす。昔はポーカーフェイス得意だったんだがな。気が緩んだか?
じとっと見上げれば、一つため息をついて赤目さんが口を開いた。
「剣を振るくせ、食事もまともに取らず生きる気力が見られなかった。危なっかしいし、ほっといたらいつか倒れそうで…何となく、ほっとけなかったんだ…」
「あまりに唐突過ぎて理解が追い付かない。何???」
冒険者御用達の食堂にて、唐突にみゃーのからふられた話題。口に運ぶべく掬ったシチューが、スプーンから垂れて器に落ちる。
一方、混乱する俺を余所にみゃーのはスパゲッティーを美味しそうに食べ続ける。何処にそんな量が入るのかと言うほど大盛りのそれは、正直見ているだけで胃もたれがしそうだ。貧弱とか言うな。
どうやら食べ終わるまで続きを話すつもりはないようだ。仕方がないので、俺もシチューをさっさと食べる。
圧倒的に量が違うというのに、ほぼ同時で食べ終わった頃。適当に飲み物を頼み、さっさと本題に入るよう促す。
「で?突然なんだ。コミュニケーション?」
「うん。しおちゃんがツンデレでクーデレなのは今に始まったことじゃないから、仕方ないと思うんだけどさ」
「まて、今聞き捨てならん言葉が聞こえた気がするんだが」
「僕に勝負を挑んで見事勝利し、その上あの露骨なアピールだよ?大体、魔王を倒した僕に勝つって…赤目さんが討伐行けば良かったのでは?って思っちゃうよね」
「なんなら、勇者呼ばんでも騎士団だけで勝てた可能性」
「それ……じゃなくて!」
さりげなく話を逸らしていこうといたのだが、すぐに戻されてしまった。こっそり舌打ちをするが、多分聞こえていただろう。
どうやらみゃーのは、自分に勝った赤目さんになら俺を任せても良いと判断していたらしい。コイツが過保護なのは今に始まったことではないが、人を勝手にゴリラに任せないでほしい。
赤目さんの露骨なアピールと、みゃーのに勝ったことの何がコミュニケーションを取れという話になるのだろうか。全く話の意図が読めない俺に、苦笑するみゃーのはため息をつく。
「いやね?僕には、しおちゃんが赤目さんに惚れてることぐらいわかる訳なんだけど」
「惚れてませんが????」
「君が正直になれないもんだから、赤目さんから相談されるんだよ。いい加減、僕もアドバイスのレパートリーが無くなってきたし」
「聞いてる??」
「だからさ、しおちゃん赤目さんとコミュニケーション取ってくれない?君がもう少し素直になってくれれば、僕もラナさんもルファさんも苦労しないんだけど」
「本音は?」
「赤目さんから相談と言う名の惚気聞かされるのいい加減疲れた」
「そうか」
「何他人事の様に!!原因しおちゃんなんだけど!!」
ズコッとコップの底で音が鳴る。どうやら空になったようで、残った氷の味しかしなくなっていた。これ以上話が長引くのもあれなので、これを機に店を出るかと立ち上がる。
みゃーのも、俺が話を続ける気がないのを察したのであろう。それに、そろそろ依頼に行った三人が帰って来る頃である。町の出入口か宿屋に向かった方が良い。
ブツブツと文句を言うみゃーのを無視し、会計を済ませて食堂を出る。
恋だのなんだのと、他人事だからこそ楽しいのだ。当事者になれば途端に面倒くさい。誰かから感情を向けられるのも、自分がそんな感情を持つことも。
面倒だった、筈なんだけどなぁ…
「……いっそ、強制イベントでも起こしてやろうか…」
ボソリと呟かれたみゃーのの言葉は、考え事をしていた俺には聞こえなかった。
それから数日後。そんな会話も既に忘れた日のことだった。
「じゃあ今日は、私とルーファスとキノ、リンドウとジークの二組に別れて任務をしましょう」
「異議なーし」
「うん。私も構わないよ」
「俺も大丈夫だ」
「おーけー」
ここ最近は、こうして二組に別れて依頼を受けることが多かった。五人で移動すると、よくも悪くも少々人数が多い。よく見るRPGゲームだって、元祖は三人パーティだ。
それにポ◯ダンでも二匹から三匹が適切って言ってた。
ここら辺の魔物は特別強いわけではないし、そもそも俺以外は戦闘のスペシャリストみたいなものである。(俺の名称不明スキルもそこそこチートとか言うな。基礎能力の問題だ)
そのため、個人のレベル上げや鍛えるためとして少数で別れているのだ。まぁ、時たまルーファスさんや赤目さんは一人でも行動しているが。
既に依頼は全員で選んでおり、好きな方を選んで目的の場所へとそれぞれ向かう。先に依頼を選んだのは彼方の組で、俺らは残った方の依頼を達成すべく近くの森の奥へと入る。
「…暗いな。リンドウ、足元に気を付けろよ」
「おう。身体強化使ってるから平気」
朝は曇り気味だった空は完全に曇ってしまい、木々の隙間から見えるのは暗い雲のみ。余計に光が遮られてしまう森の奥では、昼間だというのにかなり薄暗い。
いくら身体強化で視界を強化しているとはいえ、ここで赤目さんとはぐれてしまえば俺に合流できる自信はない。ええ、まぁ、方向音痴はもはや認めざるをえなかったんだ。くそぅ。
こちらを気にしてくれてる赤目さんは、それでも歩幅の違いで歩き辛い道では一定の距離が空いてしまう。
木の根に足を取られそうになり、思わず歩みを止めてしまった。それに気づいた赤目さんがこちらを振り向こうとし、
─ザァァァァァ……
とうとう雨が降ってしまった。いくら木の葉が邪魔をしても、強くなっていく雨足に雨宿りができそうな場所を探す。
いつだったかの森では、確か土壁に横穴を作ったんだったか。しかし、現在位置を考えるとそんな場所はないだろうし、どうするべきか。
「リンドウ、こっちだ」
「え」
ぐいっと手を引かれた先には、なにやら数本の木が融合したような不思議な太い木があった。どうやら、俺が考え込んでいた間に魔法で何かしていたようだ。
立ち上がることはできないが、ふかふかの葉っぱの上に二人で座っても余裕のあるスペースが木の根元に出来ていた。中に入れば、入り口がぐにゃりと閉じる。雨や魔物が入らないようにだろう。
魔法で明るい木の中で、取り敢えず雨が止むのを待つ。しかし雨は強くなる一方で、その内ゴロゴロと雷の音まで聞こえてきた。
状況や天気的にも、これではまるで─
「…いつだったか、お前が城の裏の森へ飛び出していった日のようだな。また帰るのは明日になるか?これは」
「…………同じこと考えてたのが何か悔しい」
「成る程。これが以心伝心か」
「何が成る程じゃい」
あの時は、何で森に飛び出したんだったか。確か、俺が赤目さんにいつ死んだって構わないとか言ったんだったか。それで、シコクと赤目さんの視線が居心地悪くて…丁度雷が鳴り始めたこともあって、それで─
「─…ドウ、リンドウ?」
「っ!ぇ、あ、なに?」
「ぼうっとしてどうした?」
「あぁ…何でもない」
遠くで、雷が落ちる音がした。雨の音がやけに大きく聞こえ、まだ赤目さんのおかげで明るいだけ気持ち的に助かる。
音が、もっと前の"あの日"を思い出させる。芋づる式にあの頃のことまで溢れてくるものだから。余計に気分が沈んでいく。
みゃーのも彼奴も、家族と呼べるのは互いと俺しか居ないと言っていた。それに、俺はいつも何と返していたか。俺だって、実は人のことを言えなかったはずだ。
信頼できる人なんて、それこそ家族ぐらいしか。
思考に沈みそうになる脳を、頭を振ってどうにか浮上させる。
その時、まだ体が濡れてることに気づいて魔法を使う。赤目さんも気づいたようで、服や髪を乾かしていく。ついでに気分を紛らわすために、適当な話をしてくれと無茶振りしてみる。
何も言わず少し考え始めた赤目さんに、本当に何か話してくれるのかとこっそり驚く。まず文句を言われるかと思ってた。
「何か話、か……そうだな。気づいてないようだが、リンドウは雷と土砂降りが合わさった日は必ず俺の服の裾を掴んでるぞ」
「……………は??え、あれ、ほんとだ…………は!?!?」
「やはり無意識か。単体だと平気なようだから、この二つでトラウマにでもなってるのだろう。ぼうっとすることが多いし、俺がいなければ他の皆にくっついてる。ちなみに、全員気づいてるぞ」
「え、いや、え???何それ恥ずか死ぬわなにそれ…」
「あと、こういう日は暗い場所にも近づかないな。一人でいると不安そうにしているし、やけに甘えてくることもある。ラナに果物を食べさせて貰ったりとかな。それと、普段より俺のスキンシップを嫌がらない。むしろ安心してることが多いし、というか他がいてもよく俺にくっついて回って…」
「やめて!!!俺の精神的ライフはもうゼロよ!!!!!今すぐ川に飛び込んで顔冷やしたい!!!!!」
「は!?止めろ!!今川なんぞに行ったら確実に溺れるぞ!?!?」
「マジで行くわけないだろ例えだ例え!!!!バカ真面目!!!!!!」
まさかの事実に死にたくなる。確かに現在も俺は赤目さんの服の裾を掴んでいるし、離そうと思っても雷が鳴る度に手が固まってしまう。
別にそのままで良いぞとか言われても、俺が嫌だ。ガキじゃないんだから、こんな、こんな……くそ、離れねぇ…なんでだ……
不可解そうにする俺に、苦笑した赤目さんが服を掴む俺の手にゴツゴツとした硬い手を重ねる。あ、離れた。
「あの時言っていたな。キノの兄に襲われた日も、こんな天気だったと。原因はそれだろう」
「…気にしてないつもりだったんだけどな」
「心の傷はそう簡単に治りはしないさ…っと」
「うお、い、何で俺を抱える必要がある。充分広いだろここ」
「この方がお前が安心すると思ってな」
「むぅ……」
胡座をかく足の上に横向きで座らされ、赤目さんに自然と寄りかかる姿勢になる。相変わらず雨と雷の音は煩いが、ドクンドクンと心臓の音が重なり遠くなった気がした。
触れてる面積が多いせいか、人の体温を感じて無意識に入っていた体の力が抜けていく。成る程。確かに俺はどうやら、まだあの時のことを下ろしきれていなかったようだ。
悔しいが、確かに赤目さんの言う通りなんとなくホッとしてしまった。大変非常にかなり悔しいことだが。
ふと、ここでようやく先日みゃーのに言われたことを思い出す。コミュニケーションってどう取ればいいんだ?
「……ねぇ、赤目さん」
「何だ?」
「コミュニケーション、とは」
「は?」
俺のあまりに突然な話題に、素で困惑した声を出された。仕方ないのでみゃーのに言われたことを話す。流石に、そろそろみゃーのが赤目さんの話をウザく感じ始めてることは言わないが。良識ぐらいあるからね。
簡単に、俺が赤目さんとコミュニケーションを取るべきだと言われたことを説明した。あの疲れたような顔をしたみゃーのを見たからな、一応試みてやろうと思った次第だ。
俺は弟想いなんでね!!
「俺とコミュニケーションを、か…そうだな…それなら、俺のことでリンドウが知りたいことはないか?」
「え、何で?」
「俺もお前も、当たり前だがお互いの一部しか知らない。俺はお前の全部が知りたい。良いとこも、悪いところも、全部。それなら、先に俺のこと知ってほしい。そうすればフェアだろう?お互いを知るための会話をする、というのがコミュニケーションじゃないのか?」
「な、るほど?」
「さぁ、何でも聞いてくれ。答えられることなら全て答える」
と言われても、なんだが。はて、俺が赤目さんに聞きたいことなどあっただろうか?
体の鍛え方とか?いや、同じことをしたところでもう俺の身長は悲しいことに伸びないだろう。好き嫌い?いや、別に今は気になんないな。
あぁ、そうだ。好き、と言えば…
「赤目さんは俺の何処が好きなの?」
「ングッ…おま、一発目でそれを聞くのか…?」
片手で顔を隠し、呆れたような声を出す赤目さん。何でも聞いてくれって言ったのアンタだろ。
実は前から気になってはいたのだ。いくら目を逸らしても視界に入ってくるぐらいの好意を寄せられていることは、流石の俺だって自惚れでも何でもなく事実として分かる。
しかし、だ。自分で言うのも何だが、こんなちんちくりんを好きになるようなやつ居るのか?と言うのが今までの俺が自分に向けていた評価だ。
体型も性格も女性らしさなぞ皆無であるし、口も悪いしすぐに手足が出る。喧嘩もしょっちゅうやってたし(別に進んでやっていた訳ではない)、ここに来てからも剣ばっかり振っていた。
初めは物珍しさから構われてるのだと思っていたが、何故かそう言う好意を向けれるようになり困惑していたのだ。最近、慣れてしまったのが妙に悔しいが。
俺はか弱い女性なんて質ではないし、か弱くないラナさんはそれでも守りたくなる女性と言った感じだ。
こんな男みたいな奴を、可愛らしく綺麗であるご令嬢を沢山見てきた赤目さんが何処を気に入ったのか。皆目検討もつかなかったのだ。
ただ、それを何でも無いときに聞くのは何か自惚れてるようで嫌だったので聞かなかっただけである。
「で?何処ら辺?」
「……ほっとけない、と、思ったから…」
「…んん?」
つまり、保護対象と恋愛を間違えてる可能性?
「絶対にない。違う」
「心読まないで??」
顔に出てたと言われ、むぅと口を尖らす。昔はポーカーフェイス得意だったんだがな。気が緩んだか?
じとっと見上げれば、一つため息をついて赤目さんが口を開いた。
「剣を振るくせ、食事もまともに取らず生きる気力が見られなかった。危なっかしいし、ほっといたらいつか倒れそうで…何となく、ほっとけなかったんだ…」
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