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本編

29、誓いと約束

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 下手をすれば死んでいたと聞いて、俺は一つだけ後悔したことがある。

 いくら最低なことをされても、いくら傷つけられたとしても、俺は結局嫌いになれなかった。いっそ、嫌いになれたら、恐怖を嫌悪や憎しみに変えられれば楽だったのかもしれない。
 それでも、やっぱり何処かで許したかったんだ。

 兄弟として、幼馴染みとして笑ってふざけていたあの頃に戻りたかったんだ。

 あの時逃げていなかったら、とは思わない。俺がこの感情に気づけたのは、赤目さんに話したからだ。今まで通り、ずっと一人で抱えていたらこうは思わなかった。
 死にかけたと聞いて、死ぬ前にもう一度あれと話がしたいと思った。この状態であの時に戻って、ちゃんと話がしたいと思った。
 一発殴ってやりたいし、二年前の文句も言いたかった。逃げずに自分の気持ちを全部言って、彼奴の話もちゃんと聞いてやりたい。
 そう、思えるようになったんだ。

「…赤目さんのおかげだよ。あの時、何も言わずに聞いてくれたから。俺ももっと、ちゃんと話聞いてやればよかったって、思えた…彼奴らが他に心を許せるの、俺だけって知ってたのに」
「それで、帰りたい、と…?」
「うん、まぁ、帰りたいっていうより、あの時に戻って話聞きたいってとこかな。姉ちゃんは心配だけど、うちの家族はわりと放っておいても平気そうだし」
「そうか…」
「心残りは、あれだけだよ。途中だったゲームの続きも気になってるけど…」

 世界を救ってる最中だったゲームを思い出す。確か、三つぐらい救ってる最中だったな。思い出すと続きが気になって仕様がないので、考えないでおこう。
 みゃーのも彼奴を心配しているだろう。彼奴はみゃーの命だったからな。急に消えたら、それこそ自殺でもしそうだ。兄弟揃って、本当に仕様がないやつらである。

 俺が帰りたいと言ってから、明らかに赤目さんが動揺している。多分、あまりにも予想外の言葉だったのだろう。こっちで冒険者として生きるって言ったもんな。
 もう少し動揺させておいてもいいかと思ったが、流石にあれなのでちゃんと言っておこう。

「赤目さん、別に帰りたいとは思ったけど、帰ろうとは思ってないからね?」
「……?それは、どういうことだ?どっちなんだ」
「例え、帰る手段があっても帰りはしないってこと。と言うか、あんな将来に迷う世界に帰りたくない。こっちで冒険者として一生自由に暮らしたい」
「…それはそれでどうかと思うが…そうか。帰る気はないのか…」
「赤目さん意外と寂しがりやだよn」
「そんな分けないだろう!!ただ、貴様が居なくなったらラナのやつが俺に八つ当たりしてきそうだと思っただけだ!!俺は俺の保身のためにだな…」

 そんな食いぎみに否定しなくても。なんか、逆にこっちが寂しいじゃないか。これだけ共犯者として仲良くやって来たと思っている身としては、そんなに否定されるとちょっと傷つく。
 少ししょんぼりとしてやれば、しまった!という顔で固まる赤目さん。どうだ、俺はわりと演技派だぞ。

「いや、その…」
「別にいいんだ…赤目さんは、俺が旅に出ても寂しくないんでしょ?自らの保身が大事なんだろ?」
「ちがっ」
「気にしてないよ!俺は別に!!気にしてなんか!!」
「~~~~っ!クソッ!!」

 おっと。少々からかい過ぎたかもしれん。怒りだす前に別の話題を振るかした方がいいと思い、隣を振り返えろうとすれば、ガシッと肩が捕まれた。
 そのままぐるんっと体ごと反転させられ、赤目さんと向かい合う。
 あれ、なんか既視感が……

「いいか!!俺は、お前を守ると剣に誓った!!しかし、肝心な時に俺はお前を守れなかった!!」
「や、そんなことは…」
「俺は、あの日お前が二度と目覚めないんじゃないかと怖かった。また、あんな思いをしたくはない!」
「ご、心配、おかけしましました?」
「だから、今、ここでもう一度誓う!俺の剣と、他でもないお前に!!」
「えっ、と…何を…」
「俺は、っ…い、一生涯をかけて、お前を守ると誓う!!だから!その…あれだ…」

 だんだんと尻窄みになっていく赤目さんの台詞を、頭の中で繰り返す。ちょっとまってくれ、思考が追い付かない。
 今、赤目さん何て言った?一生涯?え、なにそれ、ちょっと待ってよ。
 なんかそれ、まるで…いや、違うよな?聞き間違いだよな…?

「あ、あの、赤目さん…今、俺の聞き間違いだと思うんだけど…一生涯って、え、違うよね…?」
「…………言った。俺の一生涯をかけて、お前を守ると言った」
「…いや、あの、え?意味分かって言ってます?」
「…むしろ、お前は分かっているか?ちゃんと意味が伝わっているか?」
「スケールでけぇなとしか思えてませんが、今のところ…」
「くっ…」

 何やら悔しそうな顔をされた。何故だ。いや、伝わってって…え、ん??どういうこと??
 俺の頭の中は情報過多で混乱しまくっている。整理する時間がほしいのだが、どうやら赤目さんはそんな時間をくれないらしい。またしても何かを言おうと口を開き…

「リンドウ、俺は─」

「はい、ストップ!!!!」
「み"っ!?」
「うおわっ!?」

 突然俺たちの間に割って入ってきたみゃーのにより、叫び声へと変わった。
 って、なんでみゃーの??

「お前、なんでいんの!?」
「ところでりんちゃん、君まだ驚くと尻尾踏まれた猫みたいな声出すんだね」
「話聞け??」
「赤目さん!!りんちゃんが欲しければ、僕を倒してからにしてほしいね!!」
「貴様まで赤目さん呼びか!!何故貴様を倒さねばならない!!」
「だって、今現在ここにいるりんちゃんの家族は僕だけだもーん!!だから、りんちゃんの幼馴染みで犬で下僕で奴隷な弟の僕に勝てたら考えてやるよ!!!」
「おい、なんか称号増えてるぞ。しかし…確かに一理ある」
「なに納得してんだおい。俺の話聞けよ」

 俺の話を聞かないまま、何やら盛り上がり始めた二人。だから、何で出発したみゃーのがいんだよ。

「あ、そうだ。僕、りんちゃんに言い忘れてたことあって戻って来たんだ」
「おー、なんだ。怪我はもうするつもりねぇぞ」
「それは本当にしないでね」

 言い忘れ、とは。ここしばらくくっついてたくせに言い忘れなんかあったのか、と次の言葉を待つ。

「兄貴ってさ、あの日りんちゃんのこと追いかけてたんだよね?」
「あぁ。覚えてねぇが、満面の笑みで追っかけられた記憶はあるぞ」
「それ、どっちなの。えっと、でね?兄貴がみすみすりんちゃんに撒かれるとは思わないから、召喚されたとき近くにいたんじゃないかと思って」

 確かにその可能性はある。事実、俺は勇者があれなんじゃと考えたこともあったし。
 何が言いたいのか分からず、首を傾げる俺を見てみゃーのが笑う。……あれ、なんか嫌な予感が…

「で、もしかしたら兄貴も召喚に巻き込まれて、この世界のどっかにいるんじゃないかなって、僕思ったんだ!!」
「…それは、じゃあなんであの日一緒に居なかったんだって話になるが?」
「それなんだけど、りんちゃんは僕が掴んでたから巻き込まれたじゃない?兄貴は光に巻き込まれて、途中でどっかに落ちた可能性が高いと思うんだ!」
「そんな上手い話、漫画じゃねぇんだから…」
「と言うか、そうでも思ってないと僕が無理」
「…それは、その、ごめん…」

 突然真顔でそう言うもんだから、つい謝ってしまった。お互いのことになると怖いんだよ、このブラコンSM兄弟。

「だからね!魔王の討伐さっさと終わらせて来るから、兄貴探しの旅に付き合ってよ!!りんちゃんも一緒だったら心強いと思うんだ!!」
「え」
「それだけ言うの忘れてたんだ!爆速で片付けてくるから待っててね!!約束だよ!!じゃ、いってきまーす!!」
「あぁ、いってらっしゃい……じゃない!!待てこのトラブルメーカー!!」

 俺の制止の声も聞かず、一目散に駆け出したみゃーの。その姿はすぐに見えなくなってしまった。
 十分な知識を蓄えられたらひとり旅に出ようと思っていたのに、まさか二人旅になるとは…勝手に旅に出たら、泣きながら追いかけてくるんだろうな…それは面倒だな…

「どうしよう赤目さん。二人旅の予定になってしまった。置いてったら逆に面倒なんだけど、どうしたら…」
「…………ん旅だ…」
「え?」
「…三人旅だ」

 さんにんたび??俺とみゃーのと、あと誰だ?ラナさん?

「さっき言っただろう。一生涯かけて守ると」
「……まさか、ついてくる気?」
「当たり前だ」
「いや、アンタ副団長サマでしょ。仕事は?」
「辞める!!」
「馬鹿なの!?」

 真顔で辞めるとか言わないでよ!!え、本気なの!?いや、さっき剣にも誓うとか言ってたから本気なんだな!?なんでだ!!
 呆気にとられていれば、そんな俺を無視しているのか気づいていないのか、赤目さんは俺の片手を取り立ち上がらせる。
 大人しく立ち上がれば、手を取ったまま赤目さんはもう一度座り…いや、違う。跪いた。

「彼奴を倒さねばダメだと言うなら、今は我慢するしよう」
「え、何を?」
「しかし、魔王討伐後は覚悟しておけ、リンドウ」
「あの、話を…ひゃっ!?」

 赤目さんは、掴んでいた俺の手を口元に持っていく。柔らかい感覚があったと思えば、ぱっと手が離された。
 ……ん???柔らかい感覚…????

「彼奴を倒してから、先程の続きを言うことにする。魔王討伐後が楽しみだな?」
「へ、あの…今…」
「それでは、俺は仕事に戻る。病み上がりなんだ。稽古も程々にしておけよ」
「え、あ、うん。分かったー……え??」

 颯爽と去っていく赤目さんの背中を見送る。頭が真っ白になって何も考えられないが、先程されたことが頭を過る。

「~~~~~!!!」

 思わずその場にしゃがみこみ、頭を抱える。顔が物凄く熱い。彼に掴まれていた手までもが熱い気がする。
 むり、あつくてしぬかもしれない。

 先程までの発言と行動を頭の中で反芻し、どうにか状況を理解しようと勤める。しかし、それどころではない心臓がバクバクと煩い。
 ただ一つ分かったことと言えば、みゃーのが戻って来たらなんかさらに大変な事になる。ただそれだけは理解できた。

 しかし、そんなことより言いたいことがある。

「い、イケメン…恐るべし……」

 何やっても様になってるの本当ズルいし、微笑みながら名前呼ぶのやめてほしい。顔にやられる。心臓に悪い。

 どれだけかかるのかは知らないが、既に魔王討伐後が不安でいっぱいである。何故こうなった。
 まぁ、それでもちょっと良いかなって思ったのは内緒である。主に赤目さんに。

 そこから数分後、ようやく俺は稽古を再開できた。しかし、到底集中なんか出来ずに時間が過ぎるだけとなったのは言うまでもあるまい。





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