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本編

27.5、僕の酸素(キノ視点)

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 赤い目の騎士に担がれて、僕の小さな家族が帰ってきた。彼女に意識はなく、見るからに体はボロボロだった。
 顔色はいつもより真っ白で、一瞬死んでいるのかと思ってしまった。
 体が動かない。すぐそばで声がしているはずなのに、全ての音が遠ざかって聞こえる。

 しおちゃんが、怪我をした。

 その事実だけが目の前に突きつけられている。ただの怪我じゃない。意識がなくなる程の、大怪我。
 しおちゃんは強い。そりゃあ、普通に戦えば大人の男になんか勝てないけど、うまく自分の体の大きさを利用して戦っていた。
 負け知らずで、怪我なんか滅多にしないしおちゃんが、大怪我を負って帰ってきた。

 また、やってしまった。絶対に大丈夫なんて、あるわけないのに。魔法が使えるから、昔よりしおちゃんは圧倒的に強くなっていたから、大丈夫だと思っていたんだ。

「ま、ほう…そうだ、リサーナの防御魔法は?あれに、付与してた魔法、は?何で、しおちゃんが怪我なんかしてるの…?」

 自分の斜め後ろにいた女魔導師を振り返る。その顔は、よく知っているような表情に思えた。

「……分かりません。もしかして、付けなかったのでは?」

 悲しそうな顔を取り繕って、ずっと笑っている。やったって、喜んでいる顔。今までに出会った最悪な女共と、同じ顔。

 なんで?

 疑問を口に出せずにいれば、よくしおちゃんと一緒にいた人が近づいてきた。金髪で青い目の、確か王弟殿下とか呼ばれてた人。
 その人が言った言葉に、僕は耳を疑った。

「リサーナ・スト。勇者と騎士団を騙し、リンドウへ魔力封じの道具を渡したこと。それにより、騎士団の任務を妨害したこと。以上の二点から、貴女を逮捕します」
「なっ!?」
「……え?」

 騙してた?魔力封じの道具…?まさか、あのアクセサリーに防御魔法を付与したって、嘘?

「そ、そんなこと!私はしていません!何かの間違いでは!?」
「いいえ。貴女がリンドウに渡した道具は、確かに魔力封じでした。魔力の型も貴女のものと一致します。それに、これまであの子にした嫌がらせを越えた行為の証拠も、全てあります」
「そんな…!きっと、誰かが私を嵌めて…」
「言い訳は宜しい!!いいですか?貴女が何を気に食わないとしても、あの子はこの国の客人です。その客人を危険に晒すなど、王族私達を蔑ろにしているようなものです」
「わ、私は…そんな…」

 ずっと否定する魔導師に対して、王弟殿下は次々と証拠をあげていく。そして、僕は初めてしおちゃんが受けていた嫌がらせを知った。
 そう言えば、あの子は昔から隠すのが上手かった。どれだけ聞いてもはぐらかして、最終的には度を越えた虐めまでされたのに。
 僕には一言も、何も言ってくれなかった。

「…以上の証拠があって、これ以上シラを切るつもりですか?」
「わ、私は……私は!何も悪いことなんてしていません!!あの子供が悪いんです!!勇者様に付きまとって!!私は、勇者様の為に─」

「─何が僕の為だ!!!!」

 我慢ならなかった。君もそれを言うのか、と。
 僕がまさかこんなに声を荒げると思っていなかったのだろう。驚いた顔の魔導師の顔は、心底意味が分からないと書かれていた。

「…ねぇ、答えて。何が僕の為なの?あの子を、僕の家族を傷つけて!何が僕の為なんだよ!!」
「か、家族…?だって、友人って…」
「友達だよ!でも、家族だ!小さいころから一緒にいた、大切な、僕の、たった二人だけいる家族の一人だ!!」
「そ、んな…だって、私は貴方の為を…」
「だから、何で?僕がいつ、どこで、そんなことを頼んだの?頼んでないよね?僕はしおちゃんが傷つくことは嫌いだもん。傷つけた人も、勿論大嫌い。そうやって、自分の私利私欲のための行動を、僕を使って正当化しようとしないでよ!!」

 いつもそうだ。僕に近づいてくる人は、いつも「貴方の為」とか言って、自分の行いを正当化させようとする。何一つとして、僕の為になんかなっていないのに。
 そうやって、僕の周りから大切なものを奪うことを、正当化しようとする。

 皆そうなんだ。他の人間は、あの二人以外は、皆僕から奪っていく。僕を、僕の大切なものを傷つける。

 あの二人だけが、僕の家族なのに。

 今、兄貴はいないのに。

「…………ここには、兄貴がいないんだ」
「…ゆ、うしゃ、さま…?」
「兄貴がいない…いないのに、あの子しか、いないのに……ここには、あの子しかいないのに!ここには兄貴がいない!!僕の生きる意味は、あの子しか、しおちゃん、だけなのに…」

 息が詰まる。目の前が揺らいで霞む。水の中のように、もがいても沈むだけのように。

 息が、出来ない。

「……しおちゃんはどこ…?しおちゃん、ねぇ、どこ?ダメだよ、君がいなきゃ…兄貴がいないんだ……君までいなくなったら、僕は、どうやって息をすればいいの…?ねぇ、しおちゃんはどこ!!!」
「勇者殿、落ち着いてください!」
「しおちゃん!!!ねぇ、どこ!?僕、ダメだよ、だって、息が、出来ないんだ…ねぇ、何も見えないよ…嫌だ、怖いよ…助けて、兄貴がいないんだ…どこにも…お願い、しおちゃん、僕を、一人にしないで…」

 何も聞こえない、何も見えない。真っ暗な水の底にいるみたいで、息が出来ない。使い方を忘れてしまったように、引きつるだけで酸素が吸えない。

 何処にいるの?お願いだから、いいこにしてるから、一人にしないで?兄貴がいないんだ。君しかいないんだ。

 僕の酸素はもう、君しかいないんだ。


「……ゃ、の……」

 聞こえた。微かに、小さな声が。息が出来る。周りが見える。聞こえる。体が動く。

 声が聞こえた方向へ走る。そこには柔らかそうな葉っぱが何重にも重なったベッドに横になり、回復魔法をかけられているしおちゃんがいた。
 魔法をかけてもまだボロボロな小さな体。目は硬く閉じられていたが、僕が近付くと薄く開いた。

 生きてる。真っ白な肌は、少し冷えているが確かに体温があった。

「しおちゃ、ごめ…僕のせいで…」
「……おま、え…ほんと、なきむし……」
「ごめん…すぐ、泣き止むから…ねぇ、死なないで、しおちゃん…」
「…か、てに…ころ、すな……だれが、しぬか…」
「うん、死なないで…しおちゃんが死んだら、僕も死ぬ」
「はっ……じゃ、しねない、な?しょう、がない…ぐてい、だよ…ほんと……」
「ごめんね、しおちゃん…寝てていいから…僕、大丈夫だから。君が生きてれば、大丈夫だから…おやすみ、しおちゃん…」
「ん…おやすみ…」

 きっと、次に起きたときにこの記憶はないのだろう。意識がほとんどないのに、僕の小さな家族はいつもそうだった。
 僕が泣いていると、兄貴が怒っていると、どれだけ無理をしたって起きるんだ。意識がなくたって、こうやって声を出して、無理をするんだ。
 そして、毎回お決まりのセリフになった一言。「しょうがない兄弟どもだな」って。そういってまた眠るんだ。

 ごめんね、頼りない弟で。いつも迷惑をかける幼馴染みで。いつも結局、君は僕らを許してしまうから。優しい君は、どれだけ迷惑をかけても、どれだけ傷つけられても、僕らを捨てないから。僕も兄貴も、君が大切なんだ。
 あの人は、少し間違えてしまったけれど。反省してるのは本当なんだよ?

 ねぇ、僕の大切な小さな家族。僕の酸素。僕の、お姉ちゃん。次はきっと、迷惑かけないよ。次は、僕が守るから。だから、次は一緒に戦おう。
 もう僕の言葉を信用してないかも知れないけど、それでも君が僕を信じてくれることを僕は知っているから。

 結局、君が兄貴を許したいことも、知っているから。

 次に落ち着いた時には、兄貴の話をしよう。君がいなくなった二年間の話をして、僕とも連絡を取らなくなった一年間の話もしよう。
 きっと、今なら、ここなら君は大丈夫だろうから。

 またいつか、三人で笑いたいんだ。

 だから、僕はもう泣かないよ。次からは、泣かないから。だから今回だけは、許してね。

 今回だけは、泣かせてほしいんだ。





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