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本編

03.5、私が仕えたい人(ラナ視点)

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 私はラナ。ラナ・ホームギルス。フロンギルス王家の分家であるホームギルス公爵家の二女である。
 私の家は、代々本家であるフロンギルス王家に仕えてきた。勿論、私も先代たちと同じように、この素晴らしい王家に仕えられることに誇りを持っていた。

 その意識が変わったのは、魔王が復活し、異世界から勇者を呼び出す儀式が行われた日。
 王は何度も懺悔をしていた。誘拐と等しいこの方法で、異世界の人間を召喚する罪。それでも、民を、この世界を守るために。王は罪を犯すことを決めた。

 本来、この勇者召喚は勇者となる人物を一人呼び出す儀式。勇者は男性が選ばれると古文書には記されていたらしい。
 だから、儀式が成功したとき、皆驚いたのだ。勇者が二人も召喚されたことに。
 しかも、一人は年端もいかいない幼い少年だった。
 診断の結果、成人はしていると思われる男性がやはり勇者だった。

 では、この少年は?

 あまりのことに放心しているのか、一言も発することなく、言われるがままに水晶へ触れる。
 個人スキルは何故か字が潰れており、他のスキルも普通のものがたった二つ。個人スキルは持っていないのだろうということになり、この子は本当に何の力もない、巻き込まれてしまった一般人なのだという現実が突きつけられた。

 こんな小さな子を、私の妹とそう変わらない年齢であろうこの子を、巻き込んでしまったという事実が、私は酷く恐ろしかった。

 そのあとのことは、私もよく覚えていない。ただ、あの少年が一言も言葉を発さないことだけが、鮮明に記憶に焼き付いていた。
 私の妹は、まだまだ甘えたい盛りで。帰省するといつもくっついてくる。そんな、年頃なのに。
 一人知らない場所で、還ることもできないあの子が可哀想だと憐れむのは、それは酷く残酷なことだと思った。

 気づけば私は、あの子の侍女に買って出ていた。少しでも、その心の憂いを晴らしてあげたかった。

 部屋に案内すると、少年はすぐさまベッドへと倒れ混んだ。きっと疲れてしまったのだろう。
 よく見れば、この子の髪や服は濡れていた。こちらに来るとき、この子の世界は雨でも降っていたのだろうか?
 このままでは風邪を引いてしまう。起こさないよう慎重に、服を着替えさせた。

 そのときに気づいてしまった。少年のような格好をしていたこの子が、さらに頼りのない少女だったと言うことに。

 私たちはなんてことをしてしまったのだろうか?更なる後悔が私を襲った。これは、王に報告すべきか?いや、もしかしたらこの子は元の世界でも少年の振りをしていたのかも知れない。
 もしそうなら、この事実を報告することは、この子を追い詰めてしまうのではないか?今は様子を見るべき。
 そう結論付けて、私はそっと部屋を後にした。


 次の日、ゆっくりと寝かせてあげたかったから、私は少し遅めの時間にあの子を起こすことにした。
 ノックをしても反応がない。声が出せない様だったから、しょうがないのかもしれない。
 音を立てないよう入ると、どうやらまだ寝ている様だった。そっと声をかけても、何の反応もない。
 何だか嫌な想像ばかりが頭を過る。もし、もし、ここでこの子の命が尽きてしまったら?家族もいない、一人ぼっちの世界で死んでしまったら?酷い、なんてものじゃない。
 ベッドにかけよって揺すってみる。起きない。いや、深く眠っているだけかもしれない。
 焦った私は正常な判断ができず、脈を測ることも、息を確認することも頭から抜け落ちていた。
 呼び掛けようにも、名前がわからない。どうしよう、医者を呼ぶべきか?
 そう思った瞬間、微かに手元が動いた。
 下をみれば、薄く開かれた黒い瞳と目が合う。よかった、生きてた。
 安心した私は、もしかしたら少し泣いていたのかもしれない。綺麗な黒い瞳が、少し心配そうに細められたのは、きっと幻覚なのだろう。

 その後、出した昼食は少しだけ口をつけてくれた。前日に何も食べていないし、朝も抜かしたため食べやすいお粥を用意したのだが、どうやら食欲がないらしい。
 夕食は果物だけを食べていた。随分痩せているのに、それだけでは倒れてしまう。そう思っても、今は食欲が無くても可笑しくない。
 私は、見守るだけに止めた。人をあまり来させないようにして、ゆっくりと心を落ち着かせてあげるために。

 次の日も、その次の日も、あの子は果物しか口にしなかった。
 一言も発さず、ずっと本を読んでいる。勇者様曰く、文字は勝手に頭で変換されるため読めるらしい。きっと、この子も読めているのだろう。
 私が話しかけても、何も返さない。時折視線をこちらに向けてくれるが、何も話さない。

 恨まれているのではないか。きっと、親と離れ離れにされて、こんな世界と、憎んでいるのではないか。
 そう、暗い思考に落ちかけていた時だった。

「………っ……」

 四回目の昼食もやはり果物のみで、今日もダメかと思った私の耳には、確かに届いたのだ。あの子の声が。
 しかし、やはりショックで声が出なくなってしまっていたのだろう。
 音が出ないことに、驚いているようだった。

 何やら言いたいことがあるようで、急いで手帳とペンを用意した。
 何度か試し書きをした彼女は、さらさらと文字を綴る。
 どんなことを言われるだろう?やはり恨み言だろうか?罵倒の言葉だろうか?どんなことでも、私は受け入れましょう。
 そう、覚悟したのに。

『俺の名前はリンドウです、ラナさんよろしく』

 一度だけ。たった一度だけ名乗った私の名前を、覚えていてくれた。名前を、教えてくれた。
 淑女とあろうものが、あまりのことに思い切り泣いてしまった。驚いた表情をする彼女を─リンドウ様を見て、あぁ…そんな顔も出来るのだと、私は嬉しくて堪らなかった。

 顔を洗い、キチンと心を落ち着かせてから部屋へと戻る。
 今度こそ落ち着いて会話をしようと思っていたのに…まさか、こんなに小さく可愛いリンドウ様が私のたった一つ下の18歳なんて。せめて成人したばかりの16歳ならわかりますが…
 表情は嘘を言っていないし、人種上若く見られがちなのだという。それなら納得出来なくもない。
 それなら、大変無礼なことをしてしまったのでは?いくら幼く見えたとはいえ、れっきとした大人を12歳の子供と同じ扱いをしたのだ。気分を害されたかもしれない。
 そう思い謝罪をすれば、そう言うのは子供扱いより嫌だという。なんてお優しい方なのだろう。
 おまけに、

『子供扱いでも、ラナさんが話しかけてくれたおかげで暗くならずにすみました。感謝しているんです。ありがとうございます』

 なんて、なんて、言われたら。
 あぁ、まさかこの私が一日に二回も泣かされて仕舞うとは。

 今でも、王家に仕える事への誇りと喜びは確かにある。それでも、私は初めて、自分の意思で─

 ─この方に仕えたいと、お側で支えたいと思ったのです。



 なので。


「大体、王弟殿下が最初の友人ってなんですか!!私に友人のように接してくれと言ったのは貴方ですよね!?私は友人じゃないのですか!?!?」
『えっ、友人でいいの!?じゃあ、ラナさんは女の人で最初の友人、ルーファスさんは男の人で最初の友人、ってことじゃダメ?』
「良いに決まってます!!!!」

 まずは友人から始めましょう!



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