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~9. 暗闇と光~
新しい生活
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アレクは、いくつかの町にこの屋敷と同じような拠点を持っているようだった。そして、週の半分ほどをこの屋敷で過ごしていた。
屋敷にいる間、アレクは空いている時間のほとんどを僕に割いてくれた。政治学や歴史学、算術といった学問はもちろん、剣術や鍛錬でもみっちりと扱かれた。
アレクが屋敷を空ける間は、代わりに数人の家庭教師が付いた。アレクや家庭教師たちの授業は、城にいたときに受けていた教育と遜色のないレベル、いや、それ以上に実践的で、とりわけ剣の授業では、それが顕著だった。
「まだ子供のお前では、大人の筋力には勝てない。真っ向からの勝負は、極力避けろ」
教え込まれたのは、相手が大人であることを想定した剣の技術。それが今の僕に必要なものであることは、すくに理解できた。
「狙うのは利き手とは反対側。ただし、狙っていると気取らせるな。そのために、例えば、足でフェイントをこう入れる」
アレクの身のこなしは、何一つ無駄がなかった。今まで見てきた騎士の誰よりも洗練され、お手本のようだった。一つでも多く盗むつもりで、必死に動きを真似た。
「子供であるお前の利点は、身軽さと素早さ。動きで相手を誘導し、逆を突く」
「はい…!」
「いいか。頭を使え。剣を持っていない時間もどう戦うかを常に考え、ここで試せ」
アレクがなぜ僕にここまで真剣になってくれるのかは、わからなかった。だけど、僕が生きるために必要な全てのことを叩き込まれているのは間違いなかった。
◇
朝から日が暮れるまで、勉強と鍛錬に必死に取り組み、夜は泥のように眠る、屋敷でのそんな日々を半年ほど過ごした頃、身体は一回り大きくなっていた。
母上を亡くしたあの夜を忘れたことはなかったが、目の前のことに集中することで、哀しみは和らいだ。
レリック公国との国境に近いこの町は、古くから商業で栄えた町のようだった。市場にはセントレア帝国内外の品物が豊富に並び、人々の往来も盛んだった。
城での生活が大半だった僕にとって、町で見るものは新鮮だった。この町に馴染むにつれ、生まれ育ったあの城も、レリック公国も、もはや自分からは遠いもののように感じるようになっていた。
「サイラス…! 居るか?」
その日、4日ぶりに屋敷に戻ってきたアレクは、帰るなり僕を呼んだ。
「アレク…! おかえり…!」
「商談ばかりで身体が鈍って仕方ない。ちょっと剣に付き合え」
「うん…! 今日はいい必殺技を考えてあるから覚悟してね」
この半年で、僕はすっかりアレクに懐いていた。だけど、アレクが何者なのかは、ほとんどわからないままだった。
「アレクは、何者なの…?」
何度かその質問を投げ掛けた。アレクの答えは、いつも同じだった。
「何者って…、ただの商人だが?」
「ただの商人が、なんで剣を教えられるの」
「護身用に学んだだけだ」
アレクの剣の腕は、商人が持つレベルのものではないのは明らかだった。彼が持つ知識も同じだ。
そもそも、アレクはなぜ他国の王子である僕を引き受けることになったのか。僕に教育を施してくれているのはなぜなのか。疑問だらけだった。
「まぁ、そのうちな」
そう言って、アレクはこの質問の最後にいつも僕の頭を撫でた。僕が疑問に思っていることは全て分かった上で、今はまだ何も話す気がないようだった。
屋敷にいる間、アレクは空いている時間のほとんどを僕に割いてくれた。政治学や歴史学、算術といった学問はもちろん、剣術や鍛錬でもみっちりと扱かれた。
アレクが屋敷を空ける間は、代わりに数人の家庭教師が付いた。アレクや家庭教師たちの授業は、城にいたときに受けていた教育と遜色のないレベル、いや、それ以上に実践的で、とりわけ剣の授業では、それが顕著だった。
「まだ子供のお前では、大人の筋力には勝てない。真っ向からの勝負は、極力避けろ」
教え込まれたのは、相手が大人であることを想定した剣の技術。それが今の僕に必要なものであることは、すくに理解できた。
「狙うのは利き手とは反対側。ただし、狙っていると気取らせるな。そのために、例えば、足でフェイントをこう入れる」
アレクの身のこなしは、何一つ無駄がなかった。今まで見てきた騎士の誰よりも洗練され、お手本のようだった。一つでも多く盗むつもりで、必死に動きを真似た。
「子供であるお前の利点は、身軽さと素早さ。動きで相手を誘導し、逆を突く」
「はい…!」
「いいか。頭を使え。剣を持っていない時間もどう戦うかを常に考え、ここで試せ」
アレクがなぜ僕にここまで真剣になってくれるのかは、わからなかった。だけど、僕が生きるために必要な全てのことを叩き込まれているのは間違いなかった。
◇
朝から日が暮れるまで、勉強と鍛錬に必死に取り組み、夜は泥のように眠る、屋敷でのそんな日々を半年ほど過ごした頃、身体は一回り大きくなっていた。
母上を亡くしたあの夜を忘れたことはなかったが、目の前のことに集中することで、哀しみは和らいだ。
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城での生活が大半だった僕にとって、町で見るものは新鮮だった。この町に馴染むにつれ、生まれ育ったあの城も、レリック公国も、もはや自分からは遠いもののように感じるようになっていた。
「サイラス…! 居るか?」
その日、4日ぶりに屋敷に戻ってきたアレクは、帰るなり僕を呼んだ。
「アレク…! おかえり…!」
「商談ばかりで身体が鈍って仕方ない。ちょっと剣に付き合え」
「うん…! 今日はいい必殺技を考えてあるから覚悟してね」
この半年で、僕はすっかりアレクに懐いていた。だけど、アレクが何者なのかは、ほとんどわからないままだった。
「アレクは、何者なの…?」
何度かその質問を投げ掛けた。アレクの答えは、いつも同じだった。
「何者って…、ただの商人だが?」
「ただの商人が、なんで剣を教えられるの」
「護身用に学んだだけだ」
アレクの剣の腕は、商人が持つレベルのものではないのは明らかだった。彼が持つ知識も同じだ。
そもそも、アレクはなぜ他国の王子である僕を引き受けることになったのか。僕に教育を施してくれているのはなぜなのか。疑問だらけだった。
「まぁ、そのうちな」
そう言って、アレクはこの質問の最後にいつも僕の頭を撫でた。僕が疑問に思っていることは全て分かった上で、今はまだ何も話す気がないようだった。
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