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~9. 暗闇と光~
生きる意味
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「おい、剣に付き合え」
ここに来て何日が経ったのかもわからなくなっていたある日、突然、部屋に入ってきた屋敷の主人の男は、引き摺るようにして、僕を連れ出した。
「酷い顔だな…」
そう小さく笑いながら、男が僕に剣を差し出す。
「ハンデをやろう」
「……」
「俺は利き手は使わない」
「え…、わ…っ!」
振り下ろされた剣に、身体ごとふっ飛ばされた。
「立て」
尻もちを付いた僕に、その男が剣先を向けてそう言う。その瞳の鋭さに、ドキッとした。立ち上がらなければ、このまま斬られる、そう思った。
「─…っ!」
立ち上がり、剣を強く握る。再度、振り下ろされた剣を今度は必死に受け止めた。重たい衝撃に、その場に膝を付く。
「…悔しいなら、弟を殺せ」
「え…?」
「正妃を殺し、弟をお前と同じ目に合わせるのも有りかもな」
ググ…ッと剣に力を掛けられ、押し負けそうになる。咄嗟に力を抜いて、身体を横へとかわす。
弟を殺せ…?
もしくは、僕と同じ目に…?
何を言って…
「なんだ、そんな顔をして。母親を殺されたのだ。恨みぐらいあるだろう?」
当たり前のように、男はそう言った。あの夜、火を放った者に対しては、それに似た感情はある。クラウスが生まれなければ…、そう思う自分がいることも否定はしない。
「お前が望むなら、ここで仇討ちに必要な稽古を付けてやるぞ」
「─…っ」
憎しみを糧に生きる道もあるのかもしれない。でも、そんなことをしても、母上が戻ってくることはない。
悔やんでいるのは、無力な自分。何の力も持たない僕は、あの夜すべてを失い、ただ一人、生かされてしまった。
「クラウスや王后殿下を、殺すつもりはない」
「甘いな。殺さねば、今度こそ、殺られるのはお前だ」
冷たい瞳が、僕を見下ろしている。先程までとは違う空気に、剣を握り直し、腰を落とす。男は利き腕を使ってはいないが、それでも、力の差は歴然だった。
「今のままでは、お前は簡単に殺される」
「仇討ちのために、生きろと言うの?」
「それ以外に、お前が生きる意味があるか?」
感情もなく、ただ現実を突き付けるように男がそう言う。生きる意味…、クラウスが生まれたあの日、母上が掛けてくれた言葉を思い出す。
"貴方には貴方にしかできない役割がちゃんとあるから"
あの言葉を、僕はまだ信じている。そして、その "役割" は、決して仇討ちなどではないと言い切れる。
「僕が生きる意味は、仇討ちなんかじゃない…!」
そう声を上げて、男を強く睨んだ。母上に誇れる生き方をするのだと、あの日誓った。母上を失っても、その誓いは捨てたりはしない。
「そうか…、じゃあ、ここで死ぬか」
「─…っ!」
ゆっくりと振り上げられた剣。男の瞳に殺気が揺らいだ瞬間、歯を食いしばった。
ここに来て何日が経ったのかもわからなくなっていたある日、突然、部屋に入ってきた屋敷の主人の男は、引き摺るようにして、僕を連れ出した。
「酷い顔だな…」
そう小さく笑いながら、男が僕に剣を差し出す。
「ハンデをやろう」
「……」
「俺は利き手は使わない」
「え…、わ…っ!」
振り下ろされた剣に、身体ごとふっ飛ばされた。
「立て」
尻もちを付いた僕に、その男が剣先を向けてそう言う。その瞳の鋭さに、ドキッとした。立ち上がらなければ、このまま斬られる、そう思った。
「─…っ!」
立ち上がり、剣を強く握る。再度、振り下ろされた剣を今度は必死に受け止めた。重たい衝撃に、その場に膝を付く。
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「え…?」
「正妃を殺し、弟をお前と同じ目に合わせるのも有りかもな」
ググ…ッと剣に力を掛けられ、押し負けそうになる。咄嗟に力を抜いて、身体を横へとかわす。
弟を殺せ…?
もしくは、僕と同じ目に…?
何を言って…
「なんだ、そんな顔をして。母親を殺されたのだ。恨みぐらいあるだろう?」
当たり前のように、男はそう言った。あの夜、火を放った者に対しては、それに似た感情はある。クラウスが生まれなければ…、そう思う自分がいることも否定はしない。
「お前が望むなら、ここで仇討ちに必要な稽古を付けてやるぞ」
「─…っ」
憎しみを糧に生きる道もあるのかもしれない。でも、そんなことをしても、母上が戻ってくることはない。
悔やんでいるのは、無力な自分。何の力も持たない僕は、あの夜すべてを失い、ただ一人、生かされてしまった。
「クラウスや王后殿下を、殺すつもりはない」
「甘いな。殺さねば、今度こそ、殺られるのはお前だ」
冷たい瞳が、僕を見下ろしている。先程までとは違う空気に、剣を握り直し、腰を落とす。男は利き腕を使ってはいないが、それでも、力の差は歴然だった。
「今のままでは、お前は簡単に殺される」
「仇討ちのために、生きろと言うの?」
「それ以外に、お前が生きる意味があるか?」
感情もなく、ただ現実を突き付けるように男がそう言う。生きる意味…、クラウスが生まれたあの日、母上が掛けてくれた言葉を思い出す。
"貴方には貴方にしかできない役割がちゃんとあるから"
あの言葉を、僕はまだ信じている。そして、その "役割" は、決して仇討ちなどではないと言い切れる。
「僕が生きる意味は、仇討ちなんかじゃない…!」
そう声を上げて、男を強く睨んだ。母上に誇れる生き方をするのだと、あの日誓った。母上を失っても、その誓いは捨てたりはしない。
「そうか…、じゃあ、ここで死ぬか」
「─…っ!」
ゆっくりと振り上げられた剣。男の瞳に殺気が揺らいだ瞬間、歯を食いしばった。
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