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~4. サイラスの回想~
心の傷
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「お帰りなさいませ。妃殿下とのお茶会はいかがでしたか?」
執務室に戻ると、執事のルバートがそう言って迎えてくれた。結局クラウスが呼ばれた理由も分からなかったし、ロザリアと二人きりの時間も全く取れなかった。
「で、殿下…?」
「なんだ?」
「なぜ、そんな険しいお顔を…?」
そう言われて初めて気付く。無意識に不機嫌な顔をしていたらしい。
「いや…、ロザリアがクラウスのことも呼んでいてな…」
「あぁ…、なるほど」
そう言ってルバートが小さく笑う。何か知っていそうな素振りだ。
「ルバートは何か知っているのか?」
「妃殿下は、サイラス殿下とクラウス殿下がお話しされるのを見たいのだそうですよ」
「……?」
意味がまったくわからない。兄弟の話の何が面白いのだ。
「その割には、ほとんどロザリアが話していたが…」
「ふふ。間が持たなかったのでしょう」
そう言って、ルバートはもう一度笑った。
「ロザリア妃殿下と、お二人きりの時間を取れなくて残念でしたね」
「いや、そういう訳では…」
そう言葉を濁す。図星ではあるのだが。
「殿下に嫉妬させるなんて、ロザリア妃殿下も罪作りな方です」
「嫉…っ!? 違う…!」
「おや、そうでしょうか。殿下がそんなに感情を表に出すのを、初めて拝見しましたが…」
「─…っ!」
ルバートの言う通りだ。ロザリアが来て以降、どうも衝動的な感情に振り回されている。それまでは、感情を隠すのは得意だったはずなのに。
「人間らしくて僕は好きですよ。今のサイラス殿下」
そう言って、ルバートは微笑んだ。
「それに、ご心配なさらなくても、ロザリア妃殿下もサイラス殿下に惹かれ始めているのでは?」
ルバートのその言葉に、頭が急に冷静になっていく。
「…そんなはずは、ない」
婚約破棄の場で毅然と立っていたロザリアは、強く美しかった。ただ、彼女も一人の女性だ。あの瞬間に負った心の傷は計り知れなかった。
あの男は、彼女に愛される資格などない愚かな皇子であったが、真面目な彼女のことだ、将来、セントレア帝国の王となる彼を支える人生しか考えていなかったであろうことは容易に想像できた。
あの男が婚約破棄を宣言した瞬間、彼女は「これまで生きてきた意味」と「これから生きる意味」の両方を同時に失った。
簡単に恋などできるはずもない。彼女の背には、目に見えない大きな傷が、いまだに深く残っているはずだ。
「…仕事に戻る」
「あ、はい…!」
ルバートに上着を渡し、執務机がある奥の部屋へ進む。
「あ、殿下。先ほど "いつものお手紙" が。机に置いておきました」
「あぁ、これだな。ありがとう」
そう答えて、机の上に置かれた上質な白い封筒を手に取る。万年筆で書かれた達筆な字に小さく微笑むと、僕は封を切った。
執務室に戻ると、執事のルバートがそう言って迎えてくれた。結局クラウスが呼ばれた理由も分からなかったし、ロザリアと二人きりの時間も全く取れなかった。
「で、殿下…?」
「なんだ?」
「なぜ、そんな険しいお顔を…?」
そう言われて初めて気付く。無意識に不機嫌な顔をしていたらしい。
「いや…、ロザリアがクラウスのことも呼んでいてな…」
「あぁ…、なるほど」
そう言ってルバートが小さく笑う。何か知っていそうな素振りだ。
「ルバートは何か知っているのか?」
「妃殿下は、サイラス殿下とクラウス殿下がお話しされるのを見たいのだそうですよ」
「……?」
意味がまったくわからない。兄弟の話の何が面白いのだ。
「その割には、ほとんどロザリアが話していたが…」
「ふふ。間が持たなかったのでしょう」
そう言って、ルバートはもう一度笑った。
「ロザリア妃殿下と、お二人きりの時間を取れなくて残念でしたね」
「いや、そういう訳では…」
そう言葉を濁す。図星ではあるのだが。
「殿下に嫉妬させるなんて、ロザリア妃殿下も罪作りな方です」
「嫉…っ!? 違う…!」
「おや、そうでしょうか。殿下がそんなに感情を表に出すのを、初めて拝見しましたが…」
「─…っ!」
ルバートの言う通りだ。ロザリアが来て以降、どうも衝動的な感情に振り回されている。それまでは、感情を隠すのは得意だったはずなのに。
「人間らしくて僕は好きですよ。今のサイラス殿下」
そう言って、ルバートは微笑んだ。
「それに、ご心配なさらなくても、ロザリア妃殿下もサイラス殿下に惹かれ始めているのでは?」
ルバートのその言葉に、頭が急に冷静になっていく。
「…そんなはずは、ない」
婚約破棄の場で毅然と立っていたロザリアは、強く美しかった。ただ、彼女も一人の女性だ。あの瞬間に負った心の傷は計り知れなかった。
あの男は、彼女に愛される資格などない愚かな皇子であったが、真面目な彼女のことだ、将来、セントレア帝国の王となる彼を支える人生しか考えていなかったであろうことは容易に想像できた。
あの男が婚約破棄を宣言した瞬間、彼女は「これまで生きてきた意味」と「これから生きる意味」の両方を同時に失った。
簡単に恋などできるはずもない。彼女の背には、目に見えない大きな傷が、いまだに深く残っているはずだ。
「…仕事に戻る」
「あ、はい…!」
ルバートに上着を渡し、執務机がある奥の部屋へ進む。
「あ、殿下。先ほど "いつものお手紙" が。机に置いておきました」
「あぁ、これだな。ありがとう」
そう答えて、机の上に置かれた上質な白い封筒を手に取る。万年筆で書かれた達筆な字に小さく微笑むと、僕は封を切った。
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