公国第二王子の一途な鐘愛 〜白い結婚ではなかったのですか!?〜

緑野 蜜柑

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~9. 暗闇と光~

屋敷の主人 ─アレク─

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「ぅわ…っ!?」

剣を振り下ろされる代わりに、不意打ちで足を引っ掛けられ、気付けば僕はその場に尻もちを付いていた。

「な…っ!?」
「ただの手合わせに、そんな怖い顔をするな」

笑いを堪えるように、男はそう言って僕の手を引き、起こしてくれる。

「あ、貴方が先に…っ!」
「少しは生きる気が湧いたか?」
「え…?」
「やっとお前の瞳に意志が見えた」
「わ…っ!?」

グシャグシャと乱暴に頭を撫でられて、訳も分からず、その手を振り払う。

「さ、触るな…!」
「つーか、お前。何日、風呂に入ってないんだ…」
「え…? あ…」

そう言われて初めて自分の臭いを自覚する。確かに、臭い…

「さっさと風呂に入って、その後はメシだな」

明るく笑う男の瞳から、先程の殺気は嘘のように消えていた。目尻が下がった穏やかな笑顔。この男は、こんな顔だったのか…

ここに来てから今の今まで、僕は何も見えていなかった。このとき初めて、僕はこの先 "恩人" となる彼の顔を認識したのだった。



「え…、セントレア…帝国…?」
「あぁ。ここはセントレア帝国の北西にある町だ」

風呂から上がった僕は、彼と共に食卓についた。母上が死んでから、何を口にしても味がしなかったが、久しぶりに食事を美味しいと感じた。

「あの騎士が、この国の方が安全だと判断したんだろう。命を狙われたんだ。いい判断だと俺も思う」

そう言われて、僕をここまで連れてきてくれた騎士のことを思い出す。僕の命を救ってくれた彼は、無事に王城へと戻ったのだろうか。

そして、この人は、あの騎士の知り合いなのだろうか。彼は父上の側近の騎士の一人だったはずだ。そういう意味では、父上となんらかの関わりを持っている可能性もある。

「あの、貴方は…」
「ここではアレクと名乗っているから、お前もそう呼んでくれていい」
「アレク…さん…」
「ただのアレクでいいさ。もしくは、"父上" と呼んでくれても構わないがな」

その言葉が冗談なのか、それとも本気なのか、困惑する僕を見て、彼は笑った。

「前にも言ったが、お前のことは遠縁の親戚を引き取ったということにしてある」
「……」
「父と呼べとは言わないが、家族のように接してくれた方が、お前の素性もうまく隠せる」
「…わかった」

アレクは、僕のことをどこまで知っているんだろう。すでに置いてもらって数日経つが、セントレア帝国の人を、僕は信用してもいいのだろうか。

「俺のことを疑った目をしているな」
「─…っ、い、いえ…!」
「いいさ。信用できる相手かどうか、自分の目で見極めるのも大事だ」

そう言って、アレクは笑った。

「とりあえず、お前はここで、しばらく学べ」
「え…?」
「殺されないぐらいには強くしてやらないと、自分の国にすら帰れないからな」

…帰れる日など、来るのだろうか。レリック公国にも、母上と過ごしたあの城へも…

心の中でそう思いながら、それでも今はここで生きていくしかない僕は、アレクの言葉に素直に頷いた。
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