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〜1. 婚約破棄と代替の婚姻〜
レリック公国
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レリック公国は、セントレア帝国の北方に位置する小国だ。大陸の北側の国々とセントレア帝国の間に挟まれるように、東西に細長い地形をしている。
ほんの100年ほど前までは、ここもセントレア帝国の一部だった。戦乱の世の中で、資源豊かなセントレア帝国は、北方の国々から何度も侵攻を受けてきた。その度に国境近くのこの地を最前線で守ってきたのが、レリック公爵家だ。
現在はそのレリック公爵領が独立し、レリック公国となっている。独立した際、多少揉めたようだけれど、北方の国々との間に緩衝地帯を設けたい意見がセントレア帝国側にもあり、比較的穏やかに、レリック公国は立国に至ったようだった。
◇
「レリック公国に…ですか?」
アーサー皇子からの一方的な婚約破棄から2週間後、突然、私の縁談が決まった。幾らなんでも早すぎる。そう思ったけれど、私が父上から聞かされた時には、すでに話は大方纏っていた。
相手はレリック公国の第二王子、サイラス・ヴァン・レリック様だという。公国の王子ともなれば、当然、名前も顔も存じているが、まさか自分の夫になるとは想像もしていなかった。
「先方は、お前を是非、妻に欲しいのだそうだ」
遥か東方の国との貿易で手に入れた鮮やかな緑色のお茶を飲みながら、父上が満足そうにそう言う。
「まさか。そんなご冗談を…」
自分の評判は、言われるまでもなくわかっている。ただの貴族間の婚約破棄ならまだしも、アーサー皇子の婚約者だった私を娶りたい男性などいるわけがない。
「お父様。また何か強引に話をつけてきたのでは…?」
そう聞いた私に父上は意味深に微笑む。帝国の王家にあれだけの仕返しをした後だけに、父上が何をしていても、もはや驚きはない。
「大したことはしてないさ。陛下にも、すでに話はついている」
…なるほど。王家が一枚噛んでいるということか。将来、王となるアーサー皇子のことを考えたら、私をセントレア帝国から体よく追い出したいのだろう。おそらく王家からレリック公国になんらかの好条件を提示したに違いない。
「このまま帝国にいるより、レリック公国の方がお前も過ごしやすいだろう」
王家の思惑に従うのは癪だが、確かにこのままセントレア帝国にいるよりはいいかもしれない。
レリック公国の第二王子、サイラス様…。私は社交の場で数回ご挨拶を交わした程度で、ほとんど交流がない。
数回お会いした印象では、北方の国々と対峙し、武力を磨いてきたレリック公国の王子らしく、寡黙で逞しく、どこかピリッとした雰囲気を纏う男性だったと記憶している。
少なくともこの婚姻は、本人が望んだものではないことは確かだろう。半ば無理矢理押し付けられたようなものかもしれない。
強引なことをしているのはこちらだ。嫁いだ後、どういう待遇があったとしても、私は覚悟しなくては。
◇
「お帰りなさいませ」
その日、サイラス殿下が帰られたのは日付が変わる頃だった。
「ロザリア、まだ起きていたのか」
「は、はい。 あの…、今朝いただいた薔薇のお礼を、申し上げたくて…」
そう言うと、サイラス殿下が表情を緩める。
「婚儀をあげたばかりなのに、貴女とロクに過ごせていないからな。花ぐらいでは詫びにもならないが…」
「い、いえ! 私の一番好きな色で、とても嬉しかったです」
そう答えると、彼は一瞬瞳を丸くして、そのままふわっと微笑んだ。
「ロゼ・ブランシュという薔薇だ。庭に咲く薔薇の中で、あの薔薇が貴女に一番似合うと思った」
「え…! あ…、そうだったのですね。ありがとうございます」
驚いた。まさか私をイメージしてあの薔薇を贈ってくれたとは思っていなかった。
「その…、ロザリア…」
「はい…?」
「明日からは少し時間ができるから…」
「…?」
「貴女との時間を大切にできればと、思う」
そう言ったサイラス殿下は照れくさそうに髪を搔く。普段は隙のない彼が見せた少年のような表情に、私は少しだけドキッとした。
ほんの100年ほど前までは、ここもセントレア帝国の一部だった。戦乱の世の中で、資源豊かなセントレア帝国は、北方の国々から何度も侵攻を受けてきた。その度に国境近くのこの地を最前線で守ってきたのが、レリック公爵家だ。
現在はそのレリック公爵領が独立し、レリック公国となっている。独立した際、多少揉めたようだけれど、北方の国々との間に緩衝地帯を設けたい意見がセントレア帝国側にもあり、比較的穏やかに、レリック公国は立国に至ったようだった。
◇
「レリック公国に…ですか?」
アーサー皇子からの一方的な婚約破棄から2週間後、突然、私の縁談が決まった。幾らなんでも早すぎる。そう思ったけれど、私が父上から聞かされた時には、すでに話は大方纏っていた。
相手はレリック公国の第二王子、サイラス・ヴァン・レリック様だという。公国の王子ともなれば、当然、名前も顔も存じているが、まさか自分の夫になるとは想像もしていなかった。
「先方は、お前を是非、妻に欲しいのだそうだ」
遥か東方の国との貿易で手に入れた鮮やかな緑色のお茶を飲みながら、父上が満足そうにそう言う。
「まさか。そんなご冗談を…」
自分の評判は、言われるまでもなくわかっている。ただの貴族間の婚約破棄ならまだしも、アーサー皇子の婚約者だった私を娶りたい男性などいるわけがない。
「お父様。また何か強引に話をつけてきたのでは…?」
そう聞いた私に父上は意味深に微笑む。帝国の王家にあれだけの仕返しをした後だけに、父上が何をしていても、もはや驚きはない。
「大したことはしてないさ。陛下にも、すでに話はついている」
…なるほど。王家が一枚噛んでいるということか。将来、王となるアーサー皇子のことを考えたら、私をセントレア帝国から体よく追い出したいのだろう。おそらく王家からレリック公国になんらかの好条件を提示したに違いない。
「このまま帝国にいるより、レリック公国の方がお前も過ごしやすいだろう」
王家の思惑に従うのは癪だが、確かにこのままセントレア帝国にいるよりはいいかもしれない。
レリック公国の第二王子、サイラス様…。私は社交の場で数回ご挨拶を交わした程度で、ほとんど交流がない。
数回お会いした印象では、北方の国々と対峙し、武力を磨いてきたレリック公国の王子らしく、寡黙で逞しく、どこかピリッとした雰囲気を纏う男性だったと記憶している。
少なくともこの婚姻は、本人が望んだものではないことは確かだろう。半ば無理矢理押し付けられたようなものかもしれない。
強引なことをしているのはこちらだ。嫁いだ後、どういう待遇があったとしても、私は覚悟しなくては。
◇
「お帰りなさいませ」
その日、サイラス殿下が帰られたのは日付が変わる頃だった。
「ロザリア、まだ起きていたのか」
「は、はい。 あの…、今朝いただいた薔薇のお礼を、申し上げたくて…」
そう言うと、サイラス殿下が表情を緩める。
「婚儀をあげたばかりなのに、貴女とロクに過ごせていないからな。花ぐらいでは詫びにもならないが…」
「い、いえ! 私の一番好きな色で、とても嬉しかったです」
そう答えると、彼は一瞬瞳を丸くして、そのままふわっと微笑んだ。
「ロゼ・ブランシュという薔薇だ。庭に咲く薔薇の中で、あの薔薇が貴女に一番似合うと思った」
「え…! あ…、そうだったのですね。ありがとうございます」
驚いた。まさか私をイメージしてあの薔薇を贈ってくれたとは思っていなかった。
「その…、ロザリア…」
「はい…?」
「明日からは少し時間ができるから…」
「…?」
「貴女との時間を大切にできればと、思う」
そう言ったサイラス殿下は照れくさそうに髪を搔く。普段は隙のない彼が見せた少年のような表情に、私は少しだけドキッとした。
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