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〜1. 婚約破棄と代替の婚姻〜
献身への裏切り
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一方的な婚約破棄の後、公の場で娘の名誉を傷つけられた父上──クレディア公爵は、当然のことながら、怒りを顕わにした。
王家に抗議の申し立てを行い、娘である私の名誉回復と、アーサー皇子への厳罰を求めた。彼がしたことは、忠誠を尽くしてきた我が公爵家への裏切り。簡単に許されることではない。
おそらく裏で父上は自身が持っているあらゆる手段で脅しを掛けたのだろう。元よりこちらには何の落ち度もない。公式な場ではなかったが、今回の件については全面的にアーサー皇子に非があることを国王陛下も認めた。
相応の慰謝料と、我がクレディア公爵家の管轄領の拡大。さらに王家が関わる貿易は、この先10年間、独占的にクレディア商会に任され、税の免除も約束された。
アーサー皇子は一年間の謹慎。行動範囲をきつく制限され、謹慎が明けるまで、王宮から出ることを禁じられた。あの様子では、一年間、彼が愛する御令嬢とも会えないだろう。もっとも、彼女の方はこれからの一年、地獄のような妃教育でそれどころではないだろうが。
国王陛下の毅然とした処置に、我がクレディア公爵家は溜飲を下げた。こちらの要求をほぼ全て受け入れる形での破格の処遇。父上の懐も随分潤ったに違いない。
唯一、取り戻せなかったのは私の名誉。そして、陛下の血を引き継ぐただ一人の存在であるアーサー皇子が、将来、この帝国の王となることは揺るがなかった。
◇
「おはようございます、ロザリア妃殿下。今朝はサイラス殿下から、こちらの薔薇を妃殿下にと承りました」
私の専属メイドであるレイラがそう言いながら、花瓶に生けた薔薇を窓辺に飾る。純白に近い淡いピンク色。なんの偶然なのだろう。私が一番好きな色だ。
窓から入ってくる風に乗って、上品で甘い薔薇の香りが部屋の中を漂う。
「良い香りね。お礼が言いたいわ。殿下はどちらに?」
「本日は領地の視察があるそうで、朝早くにご出発なされて…」
「あら、そうなのね…」
婚姻を結んでから早一週間。サイラス殿下は、日々お忙しそうに公務をなさっていた。執務室からあまりに姿を現さないので、もしかしたら避けられているのかも…と心配したが、どうやらこれが通常運転らしい。
「ロザリア妃殿下がいらしてから、これでも仕事量を抑えているのですけどね」
そう苦笑したのは、執事のルバート。私が嫁いで来る前のサイラス殿下は、執務室に住んでいると言っても過言ではなかったらしい。
「さすがに働きすぎだわ…」
「ロザリア妃殿下に注意されれば、休んで下さるかもしれません」
「まさか。私の言葉なんて聞いて下さる訳が…」
そう言うと、レイラとルバートが目線を合わせて笑った。
「サイラス殿下が女性に花を贈るなど、僕たちも初めて拝見したのですよ」
「ええ。しかも、ピンク色の薔薇だなんてロマンチックなお花を贈られるなんて」
その言葉に驚く。ある程度の歳を重ねた男性であれば、一度や二度は花を贈ることぐらいあるものだが、よっぽど硬派な人生を送られてきたのだろうか。
そんな方が、なぜ私にはこの薔薇を…?
一瞬、そう考えたものの、その理由は明らかだった。
それは、初夜の後から考えていたことの答えと同じだ。なぜ白い結婚で構わなかったはずの私を抱いたのか。
この数日、彼を見ていてよくわかった。サイラス殿下は、人並み外れて責任感が強い。事情はどうであれ、婚姻を受け入れた以上、私のことは正妻として扱うと決めたのだろう。
仲睦まじい夫婦を演じること、それも彼にとっては第二王子としての仕事の一部。そう思えば、私に薔薇を贈ることなど造作も無く、そこに特別な意味はないだろう。
「難儀な人ね…」
薔薇の花びらをそっと撫でながら呟く。この美しい花を贈りたい相手が、貴方には他にいるのでしょうに。
王家に抗議の申し立てを行い、娘である私の名誉回復と、アーサー皇子への厳罰を求めた。彼がしたことは、忠誠を尽くしてきた我が公爵家への裏切り。簡単に許されることではない。
おそらく裏で父上は自身が持っているあらゆる手段で脅しを掛けたのだろう。元よりこちらには何の落ち度もない。公式な場ではなかったが、今回の件については全面的にアーサー皇子に非があることを国王陛下も認めた。
相応の慰謝料と、我がクレディア公爵家の管轄領の拡大。さらに王家が関わる貿易は、この先10年間、独占的にクレディア商会に任され、税の免除も約束された。
アーサー皇子は一年間の謹慎。行動範囲をきつく制限され、謹慎が明けるまで、王宮から出ることを禁じられた。あの様子では、一年間、彼が愛する御令嬢とも会えないだろう。もっとも、彼女の方はこれからの一年、地獄のような妃教育でそれどころではないだろうが。
国王陛下の毅然とした処置に、我がクレディア公爵家は溜飲を下げた。こちらの要求をほぼ全て受け入れる形での破格の処遇。父上の懐も随分潤ったに違いない。
唯一、取り戻せなかったのは私の名誉。そして、陛下の血を引き継ぐただ一人の存在であるアーサー皇子が、将来、この帝国の王となることは揺るがなかった。
◇
「おはようございます、ロザリア妃殿下。今朝はサイラス殿下から、こちらの薔薇を妃殿下にと承りました」
私の専属メイドであるレイラがそう言いながら、花瓶に生けた薔薇を窓辺に飾る。純白に近い淡いピンク色。なんの偶然なのだろう。私が一番好きな色だ。
窓から入ってくる風に乗って、上品で甘い薔薇の香りが部屋の中を漂う。
「良い香りね。お礼が言いたいわ。殿下はどちらに?」
「本日は領地の視察があるそうで、朝早くにご出発なされて…」
「あら、そうなのね…」
婚姻を結んでから早一週間。サイラス殿下は、日々お忙しそうに公務をなさっていた。執務室からあまりに姿を現さないので、もしかしたら避けられているのかも…と心配したが、どうやらこれが通常運転らしい。
「ロザリア妃殿下がいらしてから、これでも仕事量を抑えているのですけどね」
そう苦笑したのは、執事のルバート。私が嫁いで来る前のサイラス殿下は、執務室に住んでいると言っても過言ではなかったらしい。
「さすがに働きすぎだわ…」
「ロザリア妃殿下に注意されれば、休んで下さるかもしれません」
「まさか。私の言葉なんて聞いて下さる訳が…」
そう言うと、レイラとルバートが目線を合わせて笑った。
「サイラス殿下が女性に花を贈るなど、僕たちも初めて拝見したのですよ」
「ええ。しかも、ピンク色の薔薇だなんてロマンチックなお花を贈られるなんて」
その言葉に驚く。ある程度の歳を重ねた男性であれば、一度や二度は花を贈ることぐらいあるものだが、よっぽど硬派な人生を送られてきたのだろうか。
そんな方が、なぜ私にはこの薔薇を…?
一瞬、そう考えたものの、その理由は明らかだった。
それは、初夜の後から考えていたことの答えと同じだ。なぜ白い結婚で構わなかったはずの私を抱いたのか。
この数日、彼を見ていてよくわかった。サイラス殿下は、人並み外れて責任感が強い。事情はどうであれ、婚姻を受け入れた以上、私のことは正妻として扱うと決めたのだろう。
仲睦まじい夫婦を演じること、それも彼にとっては第二王子としての仕事の一部。そう思えば、私に薔薇を贈ることなど造作も無く、そこに特別な意味はないだろう。
「難儀な人ね…」
薔薇の花びらをそっと撫でながら呟く。この美しい花を贈りたい相手が、貴方には他にいるのでしょうに。
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