【完結】定期試験ゲーム 〜俺が勝ったら彼女になって〜

緑野 蜜柑

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2学期 中間試験ゲーム

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「楓音ちゃん、間違えてるよ、そこ。3じゃなくて6」

中間テストを明日に控えた休み時間。及川くん私の前の席を陣取り、勉強する私にちょっかいを出していた。

「楓音ちゃんって、数学苦手だよねぇ」

そうなのだ。正直、及川くんに勝てるかどうかは数学にかかっているといっても過言ではない。

「ほら、また違う。2段目で3乗書き忘れてる」

「う"…、ホントだ…」

さっきから、的確な指摘だけに文句は言えない。むしろ敵である私のミスを教えてくれるなんて、親切なのかもしれない。ムカつくけど。

「あ、ひょっとして、わざと負けようとしてくれてる?」

「な…っ!本気で勝とうとしてるってば!」

「ふぅーん。俺、最初でも手加減しないからね」

「は…?」

「濃いの、しようね」

そう言うと、及川くんはにっこり笑って自分のクラスに帰っていった。


鈴木くんは、あのあと何もなかったかのように、いつも通りに振る舞ってくれていた。

夢か嘘だったんじゃないかってくらい。

ホントに夢か嘘ならよかったのに…と思いつつ、しかし、あんなにダイレクトに男の子から好意を示されたのが初めてだった私は、そんなことを思っては罰当たりだ、とも思ったのだった。


2学期の中間テストは全9科目。

そのうち、選択科目を除く計7科目の上位10名の順位が学年掲示板に貼り出される。

3日間の試験期間はあっという間に終わり、残酷な結果があっさりと示される。

1. 及川 葉瑠 ( 686点 )
2. 早野 楓音 ( 677点 )
3. 鈴木 拓哉 ( 662点 )

結果は、上位3位までを3人で占め、その差も僅差ではあったが、不本意なものだった。

「楓音ちゃん、また当分彼女だね」

愕然とした私の横で、余裕の表情で及川くんが立っていた。

「約束も、よろしくね」

「う"…」

まさか私たちがこんなゲームをしているとも知らず、周囲は話題のカップルが上位2位を独占だと騒いでいた。

教室に入ると鈴木くんがバツが悪そうな笑みを見せた。

「あんな宣言しておいて、全然駄目だったな、俺。ごめんな、早野」

慌てて首を振った。もしかしたら鈴木くんは、私を守ろうとしてくれたのかもしれない。

「試験は自分との勝負だから。勝ち負けのゲームなんてくだらないこと、鈴木くんには似合わないし、考えなくていいと思う」

そう言って、私は笑った。


放課後。
帰ろうとした私を鈴木くんが呼び止めた。

「悪い、これ運ぶの付き合える…?」

教壇には、積まれた化学のノートと、授業で使った大きな周期律表が置かれていた。

「わ…、日直?」

「そ。悪いな」

「ううん」

「こっちのが軽いから。持てる?」

「うん、大丈夫」

周期律表を手渡されると、二人で化学準備室へ向かった。


「失礼します」

鈴木くんのその呼び掛けに先生からの返事はなく、化学準備室は誰もいなかった。

「置いときゃ、いいだろ」

そう言って、鈴木くんがノートと周期律表を先生の机の上に置く。

「さんきゅ、早野。助かった」

「あ、ううん!どういたしまして」

そう言い終わるのとほぼ同時に、鈴木くんの手が私の手首を掴んだ。

「ごめん。負けといてなんだけど…、やっぱり渡したくないな」

「え…?」

真っ直ぐに私を見る瞳。冗談で言ってるんじゃない。どうしたらいいいかわからず、下を向く。

「このまま帰したら、キス、するんだろ」

「あ…、するのかな…。私、負けたからね…」

「いいの?それで」

"いいの?"と聞かれたら、よくはない。よくはないが、そういう約束なのだ。

などと、考えていたら、鈴木くんの手が頬を包んだ。と、同時に、前髪に鈴木くんの唇が触れる。

「鈴木…くん…っ!?」

下を向いたまま、動揺して声が裏返る。

「顔…、上げて」

「ま、待って…っ!」

次の瞬間だった。
入り口から聞き慣れた声がした。

「負けたら、楓音ちゃんのことは諦める。俺らのゲームの約束は、確かそうだったよね、鈴木くん」

満面の笑みの及川くんがそこに立っていた。

及川くんは準備室にスタスタと入ってくると、私を背後から抱き寄せ、鈴木くんから引き離す。

「え…? ゲーム…?」

「ごめん、早野。俺、及川にもゲーム持ちかけてたんだ」

「そ。負けた方が楓音ちゃんから手を引くってことで。まぁ、俺が楓音ちゃんのコト手放すなんて冗談じゃないから、負けるわけなかったけどね」

そう言うと、及川くんは背後から抱きしめたまま、私の頭を撫でた。

「ゲームで付き合い始めたくせに、よくそんなこと言えるな。早野の気持ちはどうなるんだよ」

「ちゃんと同意で始めたゲームの結果、こうなってるんだよ」

ん…?
同意…?

果たしてそうだったろうか、あれは…

「それに、負けた鈴木くんは口出す権利ないでしょうが」

及川くんはそう言うと、くるんと私の向きを変え、そのまま、唇が重なった。

「ん…っ!」

突然な出来事に、真っ白になる頭。

慌てて押し退けようとする私を、及川くんはしっかりと抱き寄せて、再び、キスをした。

背後で、バンッ!と机を叩く音がして、鈴木くんは足早に準備室を出ていった。


キス…してる…

柔らかくて生々しい唇の感触。味は何もしない。でも及川くんからいい匂いがする。

ん…
顔が熱い…

ん、んんん…?

な、長すぎない…?
これ息どうしたらいいの…?

なかなか終わらないキスに、軽い酸欠に陥る。

「おっと!」

脚の力が抜けて崩れる直前に、咄嗟に及川くんが支えてくれた。

「びっくりした…。平気…?」

「う、うん…」

恥ずかしくて、顔が見れない…
てか、今の、ファースト・キス…

「つーか、言ったじゃん。可愛くなったんだから、これからはボーッとしてたら危ないよ、ちゃんとしててねって…コラ、聞いてる?」

鼻を指でムギュっとされて、我に帰る。

「何勝手に鈴木くんにキスされそうになってんの。つーか、俺以外とあんなゲームして、負けたらどうすんだよ」

珍しく、及川くんの口調が怒っていた。
珍しくというより、初めて見た。

「何キョトンとして…、ちゃんと聞いてる?」

「あ…、ごめん。怒ってるの、初めて見たから…」

「え、怒ってなんか…いや…、怒ってたか、今」

「なんか…、嫉妬でもしてるみたい…」

「いやいやいや、楓音ちゃんに隙がありすぎて怒ってるんでしょうが。な、何をバカなことを…」

それはそうだ。
及川くんはゲームで私と付き合ったりしてるだけで、私に対して何か特別な感情があるわけではない。

なのに。
目の前の及川くんの顔がみるみる赤くなっていく。

「いや…、うん…。嫉妬、だったかも…」

視線を逸らしてそう言うと、及川くんはバツが悪そうに上を向いた。

「ごめん、もうちょっとロマンチックなキスしてあげるはずだったんだけど…」

そう言われて優しく抱き締められた腕の中。私の心臓はさっきのキスよりもうるさく鳴っていた。
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