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2-2. 燻り(番外編)

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「ねぇ、幸野くん?」
「……」
「おーい、聞いてる?」

目の前で手を振られて我に返る。テーブルに並ぶイタリアン料理。その向こうで樫木先輩が不思議そうな顔をして俺を見ていた。

いつものバーの近くにできたイタリアンレストラン。雰囲気も良さそうだし、行ってみましょうと誘ったのは俺の方なのに、すっかり思考が別の所に飛んでいた。

「すみません…、ちょっと考え事を…」
「…?」
「あ、いや、大したことじゃないので。食べましょう!」

そう言って先輩に笑いかける。先輩といるのに、なに余計なこと考えてるんだ。



「美味しかったねー」

食事を終えてレストランから出ると、先輩がそう言いながら駅の方に歩き出す。まだ水曜日だし、今日はこのまま帰った方がいいのはわかっている。だけど、今夜は先輩といたくて、俺は先輩の手を握った。

「あの…、今夜は、うちに来ませんか」
「え…っ」

俺の言葉に樫木先輩の頬が赤くなる。

「でもまだ、水曜だけど…」
「駄目…ですか…?」
「う、ううん! 全然!」

そう言いながら、先輩が「ふふ…」っと笑った。

「なんですか、その笑い…」
「いつも余裕ぶってる幸野くんが、今日は素直な子犬みたいだなって思って」
「え"…」

子犬って…
あの人はあんなに恰好良いのに、俺は樫木先輩に子犬とか言われてるなんて、駄目だろう、それは。

「すみません、我儘を言いました。今日はやっぱりやめて…」
「やめなくていいの」
「え…」
「あたしも、一緒にいたいんだから…」

少し恥ずかしそうにそう言いながら、樫木先輩が俺の服の裾を掴む。

「じゃあ…、今夜は一緒に…」

そう答えた俺に、樫木先輩は嬉しそうに微笑んだ。



「寒くないですか…?」

シャワーを浴び終えた樫木先輩を抱き締めながら聞く。あんな風に急に我儘を言っても来てくれるなんて、本当に付き合っているんだなと実感する。

「大丈夫。この服、大きくてあったかい」

小柄な樫木先輩が着ると俺のスウェットはブカブカで、なんだか小動物感がある。さらに所有欲も満たされた感じがして、堪らなく可愛い。

「あの…、樫木先輩」
「ん…?」
「"結菜さん" って、呼んでもいいですか」

今日はあの人に影響され過ぎてる。名前で呼ぶとか、そんな些細なことにまで。

「なんか、幸野くんにそう呼ばれるのって、新鮮だね…」

少し照れながら樫木先輩がそう笑う。これまで何人の男がこの人を名前で呼んできたのだろうか。

あの人が初めて呼んだときも、彼女は今のように嬉しそうに笑ったのだろうか…
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