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貴方が恋をした人は④
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「じゃあ、帰りましょうか」
そう言った西野さんが、あたしの前に手を差し出した。
「あ…っと、繋ぐのが嫌じゃなければ…」
「い、嫌じゃないです…っ」
慌ててそう答えて、西野さんの手の平にそっと自分の手を置く。その瞬間、柔らかく笑った西野さんが、あたしの手を優しく包んだ。
大きくて温かい手。安心する。怪我の手当をしてもらったこともあった。悠真と最悪の別れ方をしたあの夜は、この手があたしを助けてくれた。
「自分から告白しておいて、あれですが…」
「…?」
「この道を栗原さんと手を繋いで歩くのは、なんだか不思議な気分です」
少し照れたようにそう言う西野さんに、小さく笑う。
「ふふ、そうですね。付き合い始めたばかりなのに、帰る場所が同じなんて…」
「それは本当に。僕も引っ越した先がまさか栗原さんの隣だとは思わなかったので…」
初めて顔を合わせた日を思い出す。あの朝はすごく驚いた。玄関を出たら、ほとんど話したことがなかった西野さんが、すぐ隣にいたのだから。
「迷惑ばかり掛けてましたね、あたし…」
「いえ、僕のほうこそ。栗原さんに看病してもらったり、買い物に付き合ってもらったりしましたし」
というか、それぐらいしかあたしは西野さんの役に立てていない。我ながら、これでよく好きになってもらえたものだと思う。
「ここへ引っ越して来て、栗原さんを好きになれて良かった」
マンションのエントランスの前。西野さんが穏やかな顔で自分の部屋を見上げてそう言う。
繋いだ手から伝わってくる温もり。優しさで包まれて、心が満たされていくみたいだ。
「な、なんか幸せすぎて、明日起きて夢だったらどうしよう、なんて思っちゃいますね…」
何かが込み上げてきて泣き出してしまいそうになって、誤魔化すようにそう言って笑った。
「じゃあ、明日の朝…」
「…?」
「迎えに行きます。夢じゃないですよって」
「え…っ」
「隣に住んでいる彼氏の特権です」
そう言って、西野さんが笑う。"彼氏の特権" だなんて…。こんなに幸せで、いいんだろうか。
エレベーターを降りて、あたしの部屋の前で立ち止まる。
「ゆっくり休んでください」
「はい。西野さんも」
そう答えて、二人で笑い合う。繋いでいた手がそっと離されて、少し名残惜しいと思ってしまう。
「そんな顔をしたら駄目ですよ」
「え…?」
「このまま僕の部屋に泊めたくなるので」
「─…っ!」
動揺したあたしを見て、西野さんが可笑しそうに笑った。
「ふふ。冗談です」
「か、からかわないでください…!」
「まぁ、本音ではあるので、そのうち…」
優しくあたしを見つめてそう言った西野さんに、ドキッとする。付き合うということは、確かに遠くない未来に、そういう日も来る。不安がない訳ではない。でも西野さんとならきっと大丈夫だ。
「じゃあ、栗原さん、また明日の朝に」
「はい、また明日」
そう笑い合って、あたしたちはお互いの部屋に帰る。
玄関の扉が閉まる音。壁を一枚挟んだ向こうに、大好きな人がいる。それはなんだかくすぐったい気持ちだ。
ろくでもない初恋を捨てたあの時、あたしはもう誰からも選ばれないのだと思っていた。
ねぇ、大丈夫だよ。大切な人はこんなに近くにいるから。
-本編End-
※番外編へ続く。
そう言った西野さんが、あたしの前に手を差し出した。
「あ…っと、繋ぐのが嫌じゃなければ…」
「い、嫌じゃないです…っ」
慌ててそう答えて、西野さんの手の平にそっと自分の手を置く。その瞬間、柔らかく笑った西野さんが、あたしの手を優しく包んだ。
大きくて温かい手。安心する。怪我の手当をしてもらったこともあった。悠真と最悪の別れ方をしたあの夜は、この手があたしを助けてくれた。
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「…?」
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少し照れたようにそう言う西野さんに、小さく笑う。
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「迷惑ばかり掛けてましたね、あたし…」
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というか、それぐらいしかあたしは西野さんの役に立てていない。我ながら、これでよく好きになってもらえたものだと思う。
「ここへ引っ越して来て、栗原さんを好きになれて良かった」
マンションのエントランスの前。西野さんが穏やかな顔で自分の部屋を見上げてそう言う。
繋いだ手から伝わってくる温もり。優しさで包まれて、心が満たされていくみたいだ。
「な、なんか幸せすぎて、明日起きて夢だったらどうしよう、なんて思っちゃいますね…」
何かが込み上げてきて泣き出してしまいそうになって、誤魔化すようにそう言って笑った。
「じゃあ、明日の朝…」
「…?」
「迎えに行きます。夢じゃないですよって」
「え…っ」
「隣に住んでいる彼氏の特権です」
そう言って、西野さんが笑う。"彼氏の特権" だなんて…。こんなに幸せで、いいんだろうか。
エレベーターを降りて、あたしの部屋の前で立ち止まる。
「ゆっくり休んでください」
「はい。西野さんも」
そう答えて、二人で笑い合う。繋いでいた手がそっと離されて、少し名残惜しいと思ってしまう。
「そんな顔をしたら駄目ですよ」
「え…?」
「このまま僕の部屋に泊めたくなるので」
「─…っ!」
動揺したあたしを見て、西野さんが可笑しそうに笑った。
「ふふ。冗談です」
「か、からかわないでください…!」
「まぁ、本音ではあるので、そのうち…」
優しくあたしを見つめてそう言った西野さんに、ドキッとする。付き合うということは、確かに遠くない未来に、そういう日も来る。不安がない訳ではない。でも西野さんとならきっと大丈夫だ。
「じゃあ、栗原さん、また明日の朝に」
「はい、また明日」
そう笑い合って、あたしたちはお互いの部屋に帰る。
玄関の扉が閉まる音。壁を一枚挟んだ向こうに、大好きな人がいる。それはなんだかくすぐったい気持ちだ。
ろくでもない初恋を捨てたあの時、あたしはもう誰からも選ばれないのだと思っていた。
ねぇ、大丈夫だよ。大切な人はこんなに近くにいるから。
-本編End-
※番外編へ続く。
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