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それから③
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一ヵ月後。仕事へ行く支度をして玄関を出ると、廊下でエレベーターを待つ西野さんと偶然会う。
「おはようございます…!」
「あぁ、栗原さん。おはようございます」
あたしに気付いた西野さんが、柔らかく微笑んで挨拶を返してくれる。あれから一ヶ月経って、あたしの日常は平穏を取り戻していた。
悠真からは一度だけ、連絡があった。それは、「ごめん」という謝罪と、別れることを了承するものだった。あんなことがあったけど、終わりっていうのはこんなに呆気ないものなのだなと思った。
別れたことに後悔はない。でも、悠真と会わなければ良かったとも思っていない。終わり方はあんなだったけど、悠真と付き合って、嬉しかったことも沢山あったのだから。
自分でも驚くほど、心は穏やかだった。
◇
「今日、夕方に病院なんですけど、やっと包帯が取れるみたいです」
「え…っ!」
西野さんの腕は2週間前に抜糸が済んだものの、まだ包帯が巻かれたままだった。良くなってきたとはいえ、ずっと右手が不自由そうだったから、今日包帯が取れれば、だいぶ生活が楽になる。本当に良かった。
「良かったです!ずっと不便そうでしたもんね」
「はい。栗原さんにも色々助けられました」
「そんな、全然…。そもそも、あたしのせいですし…。あ、快気祝いも兼ねて、何かお礼します!」
「え…?」
「何か欲しいものがあれば、遠慮なく言って下さい!」
そう。助けてもらったのに、実はロクにお礼もできていなかった。あれだけのことをしてもらったのだから、しっかりお礼しなくては。
「欲しいもの…ですか…」
そう呟きながら、西野さんが何かを考えている。まぁ、あたしに急にこんなことを言われても困るかも。
「あの、すぐ決めなくても後でも全然大丈夫なので…」
「あ、いえ。じゃあ、今日仕事終わったら、食事行きませんか。金曜ですし」
「え…っ」
西野さんの急な誘いに驚く。食事…? あたしと…?
「食事…ですか?」
「はい。この前、外回りしている時にちょっと良さそうなフレンチ見つけて」
「フレンチ…」
「あ、カジュアルな創作フレンチって感じで、全然堅い感じの店じゃなくて。入りやすそうだし、行ってみたいなって思ってたんです」
西野さんがそう言ってあたしの方を見る。フレンチも好きだし、食事も全然構わないけど、行きたかったお店に一緒に行く相手が、あたしでいいのだろうか…?
「…あたしとで、いいんですか?」
「はい。栗原さんが嫌じゃないなら、是非」
「嫌じゃないです、全然…!」
慌ててそう答えたあたしに、西野さんは嬉しそうに笑う。
「金曜ですし、僕の方で予約しておきますね」
「あ…、はい。ありがとうございます」
「はい。楽しみにしてます」
つまり、そのフレンチを奢るのがお礼ということでいいのだろうか…? 行きたかったお店とはいえ、本当にそれでいいのかと、あたしの頭には「?」が浮かんでいた。
「おはようございます…!」
「あぁ、栗原さん。おはようございます」
あたしに気付いた西野さんが、柔らかく微笑んで挨拶を返してくれる。あれから一ヶ月経って、あたしの日常は平穏を取り戻していた。
悠真からは一度だけ、連絡があった。それは、「ごめん」という謝罪と、別れることを了承するものだった。あんなことがあったけど、終わりっていうのはこんなに呆気ないものなのだなと思った。
別れたことに後悔はない。でも、悠真と会わなければ良かったとも思っていない。終わり方はあんなだったけど、悠真と付き合って、嬉しかったことも沢山あったのだから。
自分でも驚くほど、心は穏やかだった。
◇
「今日、夕方に病院なんですけど、やっと包帯が取れるみたいです」
「え…っ!」
西野さんの腕は2週間前に抜糸が済んだものの、まだ包帯が巻かれたままだった。良くなってきたとはいえ、ずっと右手が不自由そうだったから、今日包帯が取れれば、だいぶ生活が楽になる。本当に良かった。
「良かったです!ずっと不便そうでしたもんね」
「はい。栗原さんにも色々助けられました」
「そんな、全然…。そもそも、あたしのせいですし…。あ、快気祝いも兼ねて、何かお礼します!」
「え…?」
「何か欲しいものがあれば、遠慮なく言って下さい!」
そう。助けてもらったのに、実はロクにお礼もできていなかった。あれだけのことをしてもらったのだから、しっかりお礼しなくては。
「欲しいもの…ですか…」
そう呟きながら、西野さんが何かを考えている。まぁ、あたしに急にこんなことを言われても困るかも。
「あの、すぐ決めなくても後でも全然大丈夫なので…」
「あ、いえ。じゃあ、今日仕事終わったら、食事行きませんか。金曜ですし」
「え…っ」
西野さんの急な誘いに驚く。食事…? あたしと…?
「食事…ですか?」
「はい。この前、外回りしている時にちょっと良さそうなフレンチ見つけて」
「フレンチ…」
「あ、カジュアルな創作フレンチって感じで、全然堅い感じの店じゃなくて。入りやすそうだし、行ってみたいなって思ってたんです」
西野さんがそう言ってあたしの方を見る。フレンチも好きだし、食事も全然構わないけど、行きたかったお店に一緒に行く相手が、あたしでいいのだろうか…?
「…あたしとで、いいんですか?」
「はい。栗原さんが嫌じゃないなら、是非」
「嫌じゃないです、全然…!」
慌ててそう答えたあたしに、西野さんは嬉しそうに笑う。
「金曜ですし、僕の方で予約しておきますね」
「あ…、はい。ありがとうございます」
「はい。楽しみにしてます」
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