23 / 52
番外編 -西野Side-
しおりを挟む
自販機で缶コーヒーを買い、エレベータに乗ると最上階のボタンを押す。静かに動き出したエレベータの中で壁に寄り掛かると、乱暴に髪を掻いた。
「…栗原さんは、あの人にちゃんと大切にされていますか?」
先ほど思わず聞いてしまったそれは、完全に余計な質問だった。自分にそんなことを聞く資格はないし、彼女が困った顔をするのも当然だ。
屋上に出て、風に当たって頭を冷やす。彼女が心配だったのは事実だが、さすがに踏み込み過ぎだ。先ほどの会話も、昨夜も。
◇
一年前、今の営業部に異動が決まったのは急だった。それまでは内勤がメインの開発部署にいたのだが、営業部での新しい役割は、"技術営業" という客先にも出向く立ち位置で、少し気が重かった。
「初めまして、栗原です。わからないことがあったら遠慮せず聞いてくださいね」
元々他人にはあまり興味がないのだが、初日に柔らかい笑顔でそう声を掛けてくれた栗原さんのことは印象に残っている。
ただし、それは好意的な感情ではなく、妬みだったと思う。当時、美月との関係がうまく行かなくなっていて、いつ見ても悩みなんてなさそうに楽しそうに笑っている栗原さんの笑顔は、自分にとっては恨めしかった。
それが見当違いだったと気づいたのは、美月との関係が終わり、今のマンションに引っ越してからだ。隣の部屋に彼女が住んでいたのは予期せぬ偶然だった。
「ふ…」
思い出すと笑みが漏れる。引っ越した最初の夜、隣の部屋から聞こえた演技めいたあの喘ぎ声は、今思い出してもひどかったなと。
彼女が付き合っている相手は、あまり誠実な男ではないように思えた。いつも柔らかい笑顔で笑う彼女が、彼のことで泣いたり傷ついたりしている姿を何度か目にするうちに、少しずつ心配になった。
美月との別れを引きずっていた自分にとって、それはどういう感情だったのかわからない。だけど、なんとなく彼女のことを放っておけなかった。
悩みながらも、彼女が彼を一生懸命好きなのは明らかだった。どんな男であってもそれは彼女の選択であるし、部外者の自分が口を出すべきではない。
頭ではそうわかっていたのだが、昨夜、マンションの前で彼に会った時、つい彼を睨んでしまった。そして、自分のその軽率な行動が、結果的に彼女の負担になってしまったことを後悔している。
◇
君は、あの男のどこが好きなのだろう。
一人で泣いたりしないで欲しい。陽だまりのようなあの笑顔は、強がりではなく、心からの笑顔であってほしい。
気付けばそんなことを考えている自分に驚いた。そんなのは勝手な願いだ。部外者の自分が彼女のためにできることなど、きっと何ひとつ、ないのだから。
「…栗原さんは、あの人にちゃんと大切にされていますか?」
先ほど思わず聞いてしまったそれは、完全に余計な質問だった。自分にそんなことを聞く資格はないし、彼女が困った顔をするのも当然だ。
屋上に出て、風に当たって頭を冷やす。彼女が心配だったのは事実だが、さすがに踏み込み過ぎだ。先ほどの会話も、昨夜も。
◇
一年前、今の営業部に異動が決まったのは急だった。それまでは内勤がメインの開発部署にいたのだが、営業部での新しい役割は、"技術営業" という客先にも出向く立ち位置で、少し気が重かった。
「初めまして、栗原です。わからないことがあったら遠慮せず聞いてくださいね」
元々他人にはあまり興味がないのだが、初日に柔らかい笑顔でそう声を掛けてくれた栗原さんのことは印象に残っている。
ただし、それは好意的な感情ではなく、妬みだったと思う。当時、美月との関係がうまく行かなくなっていて、いつ見ても悩みなんてなさそうに楽しそうに笑っている栗原さんの笑顔は、自分にとっては恨めしかった。
それが見当違いだったと気づいたのは、美月との関係が終わり、今のマンションに引っ越してからだ。隣の部屋に彼女が住んでいたのは予期せぬ偶然だった。
「ふ…」
思い出すと笑みが漏れる。引っ越した最初の夜、隣の部屋から聞こえた演技めいたあの喘ぎ声は、今思い出してもひどかったなと。
彼女が付き合っている相手は、あまり誠実な男ではないように思えた。いつも柔らかい笑顔で笑う彼女が、彼のことで泣いたり傷ついたりしている姿を何度か目にするうちに、少しずつ心配になった。
美月との別れを引きずっていた自分にとって、それはどういう感情だったのかわからない。だけど、なんとなく彼女のことを放っておけなかった。
悩みながらも、彼女が彼を一生懸命好きなのは明らかだった。どんな男であってもそれは彼女の選択であるし、部外者の自分が口を出すべきではない。
頭ではそうわかっていたのだが、昨夜、マンションの前で彼に会った時、つい彼を睨んでしまった。そして、自分のその軽率な行動が、結果的に彼女の負担になってしまったことを後悔している。
◇
君は、あの男のどこが好きなのだろう。
一人で泣いたりしないで欲しい。陽だまりのようなあの笑顔は、強がりではなく、心からの笑顔であってほしい。
気付けばそんなことを考えている自分に驚いた。そんなのは勝手な願いだ。部外者の自分が彼女のためにできることなど、きっと何ひとつ、ないのだから。
0
お気に入りに追加
54
あなたにおすすめの小説
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
私の婚活事情〜副社長の策に嵌まるまで〜
みかん桜(蜜柑桜)
恋愛
身長172センチ。
高身長であること以外はいたって平凡なアラサーOLの佐伯花音。
婚活アプリに登録し、積極的に動いているのに中々上手く行かない。
名前からしてもっと可愛らしい人かと…ってどういうこと? そんな人こっちから願い下げ。
−−−でもだからってこんなハイスペ男子も求めてないっ!!
イケメン副社長に振り回される毎日…気が付いたときには既に副社長の手の内にいた。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
もつれた心、ほどいてあげる~カリスマ美容師御曹司の甘美な溺愛レッスン~
泉南佳那
恋愛
イケメンカリスマ美容師と内気で地味な書店員との、甘々溺愛ストーリーです!
どうぞお楽しみいただけますように。
〈あらすじ〉
加藤優紀は、現在、25歳の書店員。
東京の中心部ながら、昭和味たっぷりの裏町に位置する「高木書店」という名の本屋を、祖母とふたりで切り盛りしている。
彼女が高木書店で働きはじめたのは、3年ほど前から。
短大卒業後、不動産会社で営業事務をしていたが、同期の、親会社の重役令嬢からいじめに近い嫌がらせを受け、逃げるように会社を辞めた過去があった。
そのことは優紀の心に小さいながらも深い傷をつけた。
人付き合いを恐れるようになった優紀は、それ以来、つぶれかけの本屋で人の目につかない質素な生活に安んじていた。
一方、高木書店の目と鼻の先に、優紀の兄の幼なじみで、大企業の社長令息にしてカリスマ美容師の香坂玲伊が〈リインカネーション〉という総合ビューティーサロンを経営していた。
玲伊は優紀より4歳年上の29歳。
優紀も、兄とともに玲伊と一緒に遊んだ幼なじみであった。
店が近いこともあり、玲伊はしょっちゅう、優紀の本屋に顔を出していた。
子供のころから、かっこよくて優しかった玲伊は、優紀の初恋の人。
その気持ちは今もまったく変わっていなかったが、しがない書店員の自分が、カリスマ美容師にして御曹司の彼に釣り合うはずがないと、その恋心に蓋をしていた。
そんなある日、優紀は玲伊に「自分の店に来て」言われる。
優紀が〈リインカネーション〉を訪れると、人気のファッション誌『KALEN』の編集者が待っていた。
そして「シンデレラ・プロジェクト」のモデルをしてほしいと依頼される。
「シンデレラ・プロジェクト」とは、玲伊の店の1周年記念の企画で、〈リインカネーション〉のすべての施設を使い、2~3カ月でモデルの女性を美しく変身させ、それを雑誌の連載記事として掲載するというもの。
優紀は固辞したが、玲伊の熱心な誘いに負け、最終的に引き受けることとなる。
はじめての経験に戸惑いながらも、超一流の施術に心が満たされていく優紀。
そして、玲伊への恋心はいっそう募ってゆく。
玲伊はとても優しいが、それは親友の妹だから。
そんな切ない気持ちを抱えていた。
プロジェクトがはじまり、ひと月が過ぎた。
書店の仕事と〈リインカネーション〉の施術という二重生活に慣れてきた矢先、大問題が発生する。
突然、編集部に上層部から横やりが入り、優紀は「シンデレラ・プロジェクト」のモデルを下ろされることになった。
残念に思いながらも、やはり夢でしかなかったのだとあきらめる優紀だったが、そんなとき、玲伊から呼び出しを受けて……
甘い束縛
はるきりょう
恋愛
今日こそは言う。そう心に決め、伊達優菜は拳を握りしめた。私には時間がないのだと。もう、気づけば、歳は27を数えるほどになっていた。人並みに結婚し、子どもを産みたい。それを思えば、「若い」なんて言葉はもうすぐ使えなくなる。このあたりが潮時だった。
※小説家なろうサイト様にも載せています。
社長はお隣の幼馴染を溺愛している
椿蛍
恋愛
【改稿】2023.5.13
【初出】2020.9.17
倉地志茉(くらちしま)は両親を交通事故で亡くし、天涯孤独の身の上だった。
そのせいか、厭世的で静かな田舎暮らしに憧れている。
大企業沖重グループの経理課に務め、平和な日々を送っていたのだが、4月から新しい社長が来ると言う。
その社長というのはお隣のお屋敷に住む仁礼木要人(にれきかなめ)だった。
要人の家は大病院を経営しており、要人の両親は貧乏で身寄りのない志茉のことをよく思っていない。
志茉も気づいており、距離を置かなくてはならないと考え、何度か要人の申し出を断っている。
けれど、要人はそう思っておらず、志茉に冷たくされても離れる気はない。
社長となった要人は親会社の宮ノ入グループ会長から、婚約者の女性、扇田愛弓(おおぎだあゆみ)を紹介され―――
★宮ノ入シリーズ第4弾
腹黒上司が実は激甘だった件について。
あさの紅茶
恋愛
私の上司、坪内さん。
彼はヤバいです。
サラサラヘアに甘いマスクで笑った顔はまさに王子様。
まわりからキャーキャー言われてるけど、仕事中の彼は腹黒悪魔だよ。
本当に厳しいんだから。
ことごとく女子を振って泣かせてきたくせに、ここにきて何故か私のことを好きだと言う。
マジで?
意味不明なんだけど。
めっちゃ意地悪なのに、かいま見える優しさにいつしか胸がぎゅっとなってしまうようになった。
素直に甘えたいとさえ思った。
だけど、私はその想いに応えられないよ。
どうしたらいいかわからない…。
**********
この作品は、他のサイトにも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる