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番外編 -西野Side-

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自販機で缶コーヒーを買い、エレベータに乗ると最上階のボタンを押す。静かに動き出したエレベータの中で壁に寄り掛かると、乱暴に髪を掻いた。

「…栗原さんは、あの人にちゃんと大切にされていますか?」

先ほど思わず聞いてしまったそれは、完全に余計な質問だった。自分にそんなことを聞く資格はないし、彼女が困った顔をするのも当然だ。

屋上に出て、風に当たって頭を冷やす。彼女が心配だったのは事実だが、さすがに踏み込み過ぎだ。先ほどの会話も、昨夜も。



一年前、今の営業部に異動が決まったのは急だった。それまでは内勤がメインの開発部署にいたのだが、営業部での新しい役割は、"技術営業" という客先にも出向く立ち位置で、少し気が重かった。

「初めまして、栗原です。わからないことがあったら遠慮せず聞いてくださいね」

元々他人にはあまり興味がないのだが、初日に柔らかい笑顔でそう声を掛けてくれた栗原さんのことは印象に残っている。

ただし、それは好意的な感情ではなく、妬みだったと思う。当時、美月みつきとの関係がうまく行かなくなっていて、いつ見ても悩みなんてなさそうに楽しそうに笑っている栗原さんの笑顔は、自分にとっては恨めしかった。

それが見当違いだったと気づいたのは、美月みつきとの関係が終わり、今のマンションに引っ越してからだ。隣の部屋に彼女が住んでいたのは予期せぬ偶然だった。

「ふ…」

思い出すと笑みが漏れる。引っ越した最初の夜、隣の部屋から聞こえた演技めいたあの喘ぎ声は、今思い出してもひどかったなと。

彼女が付き合っている相手は、あまり誠実な男ではないように思えた。いつも柔らかい笑顔で笑う彼女が、彼のことで泣いたり傷ついたりしている姿を何度か目にするうちに、少しずつ心配になった。

美月みつきとの別れを引きずっていた自分にとって、それはどういう感情だったのかわからない。だけど、なんとなく彼女のことを放っておけなかった。

悩みながらも、彼女が彼を一生懸命好きなのは明らかだった。どんな男であってもそれは彼女の選択であるし、部外者の自分が口を出すべきではない。

頭ではそうわかっていたのだが、昨夜、マンションの前で彼に会った時、つい彼を睨んでしまった。そして、自分のその軽率な行動が、結果的に彼女の負担になってしまったことを後悔している。



君は、あの男のどこが好きなのだろう。

一人で泣いたりしないで欲しい。陽だまりのようなあの笑顔は、強がりではなく、心からの笑顔であってほしい。

気付けばそんなことを考えている自分に驚いた。そんなのは勝手な願いだ。部外者の自分が彼女のためにできることなど、きっと何ひとつ、ないのだから。
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