上 下
14 / 52

最悪のデート③

しおりを挟む
「じゃあな、杏奈。また連絡するな!」
「うん、今日はありがとう…」

マンションの前で、車を降りる。帰り道もずっと機嫌の良かった悠真に笑い掛けて、車のドアを閉めると、手を振って見送った。

エレベーターに乗り、自分の階のボタンを押す。身体がダルくて重たい。疲れてもう何も考えたくない。早く部屋に帰って寝たい。

エレベーターが止まり、扉が開いた瞬間、そこに西野さんがいた。

「あ…」
「すごい、偶然ですね。朝も会ったのに。おかえりなさい」
「こ、こんばんは…」

嫌だな。今は誰にも会いたくなかったのに。どうしていつも、西野さんはタイミング悪くいるんだろう。今はもう、色々と無理だ。さっさと話を切り上げて部屋に入らないと。

「デート、楽しかったですか?」
「え…、あ…、はい…」
「あれ、どうしたんですか、その手の傷」

西野さんのその言葉にドキッとする。手のひらに残った擦り傷を慌てて隠す。あのとき手を付いた岩場で、身体を支えるうちに擦れてしまったものだ。

「あ…、ちょっと、はしゃぎ過ぎてしまって…」
「…そう言うわりには、暗い顔してますけど」
「え…?」
「なにか、あったんですか?」

心配そうに西野さんがあたしを見る。言葉を発したら声が震えてしまいそうで、唇を噛んで首を左右に振った。だけど、瞳が熱を持つのを止められなくて、涙がポロッと溢れてしまった。

何があったかなんて、西野さんに言えるわけない。だけど、泣いてしまった理由をなんて説明すればいいのかわからない。

どうして悠真はあんなことをするの。もう心がぐちゃぐちゃだ。

「栗原さん…?」
「ご、ごめんなさ…、あたし…」
「ちゃんと消毒しましたか、それ」
「え…?」
「その傷のことです」
「あ…、いえ…、水で、洗っただけで…」
「ちょっと待っててください。この前一緒に買った応急処置セット、持ってきます」

そう言うと西野さんが一旦家の中に入る。30秒程して戻って来た彼の手にはホームセンターで買った新品の消毒液が握られていた。

「ちょっと滲みると思いますけど」
「はい…、大丈夫です、我慢できます…」

そう答えたあたしの手の平を開いて、西野さんが優しく消毒液を掛けていく。擦り剥けた傷口がピリッと痛んで、目を瞑って耐えた。

何も聞かないでいてくれる。優しい人だ。

「すみません、僕、なんかいつもタイミング悪くて…」
「い、いえ…」
「でも、今は会えて良かった」
「え…?」
「だって、僕に会わなかったら、怪我の手当てもせずに一人で部屋で泣いてただろうなって思うので」

消毒を終えたそこに絆創膏を貼りながら、西野さんが優しくそう言う。

「彼氏さんと喧嘩でもしたんですか?」

喧嘩ではない。あんなことされてショックだったけど、悠真は帰りもずっと機嫌が良くて、あたしも何でもない振りをして悠真に会話を合わせていた。

「大丈夫ですよ、栗原さんなら」
「え…?」
「いつも一生懸命、彼氏さんのこと想ってるから。栗原さんなら絶対大丈夫ですよ」

そう微笑む西野さんに戸惑う。悠真のことを大好きだと思っていたのに、その足元が今、不安定に揺らいでいる。優しく笑う西野さんから目を逸らすと、あたしは「ありがとうございます」とだけ答えた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【R18】男嫌いと噂の美人秘書はエリート副社長に一夜から始まる恋に落とされる。

夏琳トウ(明石唯加)
恋愛
真田(さなだ)ホールディングスで専務秘書を務めている香坂 杏珠(こうさか あんじゅ)は凛とした美人で26歳。社内外問わずモテるものの、男に冷たく当たることから『男性嫌いではないか』と噂されている。 しかし、実際は違う。杏珠は自分の理想を妥協することが出来ず、結果的に彼氏いない歴=年齢を貫いている、いわば拗らせ女なのだ。 そんな杏珠はある日社長から副社長として本社に来てもらう甥っ子の専属秘書になってほしいと打診された。 渋々といった風に了承した杏珠。 そして、出逢った男性――丞(たすく)は、まさかまさかで杏珠の好みぴったりの『筋肉男子』だった。 挙句、気が付いたら二人でベッドにいて……。 しかも、過去についてしまった『とある嘘』が原因で、杏珠は危機に陥る。 後継者と名高いエリート副社長×凛とした美人秘書(拗らせ女)の身体から始まる現代ラブ。 ▼掲載先→エブリスタ、ベリーズカフェ、アルファポリス(性描写多め版)

やさしい幼馴染は豹変する。

春密まつり
恋愛
マンションの隣の部屋の喘ぎ声に悩まされている紗江。 そのせいで転職1日目なのに眠くてたまらない。 なんとか遅刻せず会社に着いて挨拶を済ませると、なんと昔大好きだった幼馴染と再会した。 けれど、王子様みたいだった彼は昔の彼とは違っていてーー ▼全6話 ▼ムーンライト、pixiv、エブリスタにも投稿しています

【R18】イケメン御曹司の暗証番号は地味メガネな私の誕生日と一緒~こんな偶然ってあるんですね、と思っていたらなんだか溺愛されてるような?~

弓はあと
恋愛
職場の同期で隣の席の成瀬君は営業部のエースでメガネも似合う超イケメン。 隣の席という接点がなければ、仲良く話すこともなかった別世界の人。 だって私は、取引先の受付嬢に『地味メガネ』と陰で言われるような女だもの。 おまけに彼は大企業の社長の三男で御曹司。 そのうえ性格も良くて中身まで格好いいとか、ハイスぺ過ぎて困る。 ひょんなことから彼が使っている暗証番号を教えてもらう事に。 その番号は、私の誕生日と一緒だった。 こんな偶然ってあるんですね、と思っていたらなんだか溺愛されてるような?

新米社長の蕩けるような愛~もう貴方しか見えない~

一ノ瀬 彩音
恋愛
地方都市にある小さな印刷会社。 そこで働く入社三年目の谷垣咲良はある日、社長に呼び出される。 そこには、まだ二十代前半の若々しい社長の姿があって……。 ※この物語はフィクションです。 R18作品ですので性描写など苦手なお方や未成年のお方はご遠慮下さい。

ミックスド★バス~家のお風呂なら誰にも迷惑をかけずにイチャイチャ?~

taki
恋愛
【R18】恋人同士となった入浴剤開発者の温子と営業部の水川。 お互いの部屋のお風呂で、人目も気にせず……♥ えっちめシーンの話には♥マークを付けています。 ミックスド★バスの第5弾です。

お前を必ず落として見せる~俺様御曹司の執着愛

ラヴ KAZU
恋愛
まどかは同棲中の彼の浮気現場を目撃し、雨の中社長である龍斗にマンションへ誘われる。女の魅力を「試してみるか」そう言われて一夜を共にする。龍斗に頼らない妊娠したまどかに対して、契約結婚を申し出る。ある日龍斗に思いを寄せる義妹真凜は、まどかの存在を疎ましく思い、階段から突き落とす。流産と怪我で入院を余儀なくされたまどかは龍斗の側にはいられないと姿を消す。そこへ元彼の新が見違えた姿で現れる。果たして……

結構な性欲で

ヘロディア
恋愛
美人の二十代の人妻である会社の先輩の一晩を独占することになった主人公。 執拗に責めまくるのであった。 彼女の喘ぎ声は官能的で…

イケメンエリート軍団の籠の中

便葉
恋愛
国内有数の豪華複合オフィスビルの27階にある IT関連会社“EARTHonCIRCLE”略して“EOC” 謎多き噂の飛び交う外資系一流企業 日本内外のイケメンエリートが 集まる男のみの会社 唯一の女子、受付兼秘書係が定年退職となり 女子社員募集要項がネットを賑わした 1名の採用に300人以上が殺到する 松村舞衣(24歳) 友達につき合って応募しただけなのに 何故かその超難関を突破する 凪さん、映司さん、謙人さん、 トオルさん、ジャスティン イケメンでエリートで華麗なる超一流の人々 でも、なんか、なんだか、息苦しい~~ イケメンエリート軍団の鳥かごの中に 私、飼われてしまったみたい… 「俺がお前に極上の恋愛を教えてやる 他の奴とか? そんなの無視すればいいんだよ」

処理中です...