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優しい嘘① (*)
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「あ…、おはよう…ございます」
次の日、会社に着き、コーヒーを淹れて自分の席に戻ろうとしたところで、ちょうど出勤してきた西野さんと鉢会う。少し気まずくそう挨拶すると、マグカップを持って佇むあたしを見て、西野さんがふっと微笑んだ。
「はよ、ございます」
会釈しながらそう言われて、思わずドキっとする。いつも無表情で機械のような挨拶を返してくる西野さんが、今日は微笑んでいる。この整った顔で微笑まれるのは、破壊力がすごい。
ごめん、悠真。別に西野さんと付き合いたいとかそういうことを思っているんじゃないからね。
◇
「んん…っ」
「なぁ、今日あんまり感じてなくね?」
その夜、急に会いに来た悠真とあたしの部屋での行為中、声を抑えるあたしに少し不満そうに悠真がそう言った。
「ご、ごめん、声、管理人さんに注意されちゃって」
「あー、そういうこと」
「ご、ごめん…」
「いいけど、杏奈が喘がないとちょっと物足りねーな。今度ラブホでも行くか」
「う、うん…」
悠真に申し訳なく思いながら、それでも隣の部屋の西野さんにこれ以上恥ずかしい声を聞かせるわけにはいかないあたしは、納得してくれた悠真に安堵した。
「じゃあ、今週の金曜、仕事終わったら外でメシ食ってラブホな!」
帰り際にそう言った悠真に頷いて微笑んだ。
◇
「栗原さん、急だけど、これ頼めない?」
木曜の夕方、課長から急に仕事を頼まれた。普通にやるなら丸2日はかかる分量だ。悠真との約束があるし、明日残業するのは何としても避けたい。
「繁忙期だから、栗原さんも忙しいのはわかってるんだけど…」
そう言いながら、課長が困った顔であたしを見る。気の弱い人だから、皆から断られているんだろう。このタイミングでこんな仕事を持ってくる課長も課長だが、困り果てている表情を見ていたら可哀相になってきて、仕方なく引き受けることにした。
大丈夫、今夜残業して大半を進めてしまえば、明日は定時で帰れるはずだ。
と思ったのに。時計が22時を回ってもたいして進まないそれに、あたしは絶望した。
「お、終わる気がしないよぉ…」
デスクに突っ伏して弱音を吐く。フロアにはもうあたししか残っておらず、こんな遅くまで絶望的に終わらない仕事をなぜ引き受けてしまったのかと、数時間前の自分を呪う。
悠真、楽しみにしてたな。行けないとか言ったら、機嫌悪くなっちゃうかもしれない。そう思ったら何だかちょっと悲しくなってきて、目頭がじわっと熱くなる。
悠真はエッチが大好きで、たくさんしたがる。あたしも悠真のことは好きだけど、気持ちいいかどうかはまた別の話で、エッチの良さは正直いまも全然わからない。
嘘の喘ぎ声だってバレたら、そのうち愛想を尽かされちゃうんじゃないだろうか。悠真にフラれたら、次の人なんて見つかる気がしない。こんな平凡なあたしを好きになってくれる人なんて、きっと悠真以外にいない。なのに、そんな悠真とのエッチすら、あたしはまともに上手くできていない。
「うわ…、なんか涙出てきた…」
まぁ、いいか。泣いたところで、今日はもう誰もいない。そう思ったら、タガが外れたようにポロポロと涙が頬を流れた。
次の日、会社に着き、コーヒーを淹れて自分の席に戻ろうとしたところで、ちょうど出勤してきた西野さんと鉢会う。少し気まずくそう挨拶すると、マグカップを持って佇むあたしを見て、西野さんがふっと微笑んだ。
「はよ、ございます」
会釈しながらそう言われて、思わずドキっとする。いつも無表情で機械のような挨拶を返してくる西野さんが、今日は微笑んでいる。この整った顔で微笑まれるのは、破壊力がすごい。
ごめん、悠真。別に西野さんと付き合いたいとかそういうことを思っているんじゃないからね。
◇
「んん…っ」
「なぁ、今日あんまり感じてなくね?」
その夜、急に会いに来た悠真とあたしの部屋での行為中、声を抑えるあたしに少し不満そうに悠真がそう言った。
「ご、ごめん、声、管理人さんに注意されちゃって」
「あー、そういうこと」
「ご、ごめん…」
「いいけど、杏奈が喘がないとちょっと物足りねーな。今度ラブホでも行くか」
「う、うん…」
悠真に申し訳なく思いながら、それでも隣の部屋の西野さんにこれ以上恥ずかしい声を聞かせるわけにはいかないあたしは、納得してくれた悠真に安堵した。
「じゃあ、今週の金曜、仕事終わったら外でメシ食ってラブホな!」
帰り際にそう言った悠真に頷いて微笑んだ。
◇
「栗原さん、急だけど、これ頼めない?」
木曜の夕方、課長から急に仕事を頼まれた。普通にやるなら丸2日はかかる分量だ。悠真との約束があるし、明日残業するのは何としても避けたい。
「繁忙期だから、栗原さんも忙しいのはわかってるんだけど…」
そう言いながら、課長が困った顔であたしを見る。気の弱い人だから、皆から断られているんだろう。このタイミングでこんな仕事を持ってくる課長も課長だが、困り果てている表情を見ていたら可哀相になってきて、仕方なく引き受けることにした。
大丈夫、今夜残業して大半を進めてしまえば、明日は定時で帰れるはずだ。
と思ったのに。時計が22時を回ってもたいして進まないそれに、あたしは絶望した。
「お、終わる気がしないよぉ…」
デスクに突っ伏して弱音を吐く。フロアにはもうあたししか残っておらず、こんな遅くまで絶望的に終わらない仕事をなぜ引き受けてしまったのかと、数時間前の自分を呪う。
悠真、楽しみにしてたな。行けないとか言ったら、機嫌悪くなっちゃうかもしれない。そう思ったら何だかちょっと悲しくなってきて、目頭がじわっと熱くなる。
悠真はエッチが大好きで、たくさんしたがる。あたしも悠真のことは好きだけど、気持ちいいかどうかはまた別の話で、エッチの良さは正直いまも全然わからない。
嘘の喘ぎ声だってバレたら、そのうち愛想を尽かされちゃうんじゃないだろうか。悠真にフラれたら、次の人なんて見つかる気がしない。こんな平凡なあたしを好きになってくれる人なんて、きっと悠真以外にいない。なのに、そんな悠真とのエッチすら、あたしはまともに上手くできていない。
「うわ…、なんか涙出てきた…」
まぁ、いいか。泣いたところで、今日はもう誰もいない。そう思ったら、タガが外れたようにポロポロと涙が頬を流れた。
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