No One's Glory -もうひとりの物語-

はっくまん2XL

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第4章

7 世界の見る夢

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 その時、《世界》は眠りに落ちた。
 それはまだ生まれ落ちたばかりであった。
が、自身がそう《世界》であると、知っていた。
入れ子の空間———。夢の中の、夢———。泡沫の具現。
はじまりから、知識として、根源に植えつけられた、終らぬ戦い。
人種の違い、信教の違い、言葉の違い、風習の違い、政体の違い———。
そうした違いが争いを生み、そして世界がその中心地に、前触れもなく生じた。

 騒がしい夢は見たくないので、《世界》は、周囲を静かにさせることから手をつけた。そのために、《世界》は言葉と名前を奪った。差別と区別の根源である、他との差異について、荒っぽくも適切な処置を採ったのである。
 以来、大きな争いは起こっていない。
 ただ、自身に澱のように凝るものがあり、ある時それを、自身から切り離した。
 それは、その性質から《アイオーン》と名付けられ、自我を確立した。それは《世界》にとって子を産むに等しかったが、役割を与えたので、特に、眠りを妨げてまで気にするまでのことはなかった。
 鬱陶しかったのは、内在する生命たちが、《世界》へ期待をはじめた時であった。それは《世界》を目指して刺さったものだから、ちくちくとして、煩わしいことこの上なかった。やむを得ず、《世界》はそれを、願いの一番強い場所にいくつか生み落とし、その存在を忘れた。安らかな眠りを維持できれば、それでよかったのである。
 その誕生が、テセウスやペルセウスら、自然発生の《英雄》の存在理由である。

 《世界》は、その空間の維持のために、自身の一部を切り分けて、情報収集の器官とした。それが《幻想図書館》である。無論、《世界》がそのような大仰な名を与えた訳ではない。微睡むのに邪魔になる事柄を見知る為に、情報の集積を行わせるようにした、自動人形でしかなかった。
 概ね、物事は《世界》の望んだままに推移した。
 だが、そうした時にこそ、思いもよらないことは発生するのである。
 内在する環境の管理者であることを運命づけた魂が、《世界》の身動ぎで零れてしまったのである。
 それは外なる時空を超え、《世界》の手の届かぬところに落ちてしまった。
 しかも、《英雄》であるテセウスが誕生する際に、その一部をこそぎ落とすようにして跳んで行ってしまった。テセウスは管理者として、力の足りぬものとなってしまった。
 自身の存在を伏せておきたい《世界》は少し焦ったが、影響は小さかろうと、放置することとした。
 何事もなく時は巡り、《世界》は微睡み続けた。
 妨げられる力を持つ者は現れず、平和であった。
 《世界》はまた、深い眠りに就こうとしていた。

そして、物語ははじまったのである。



 「私はね、《世界》から疎まれて産まれたんだ」
 出し抜けに、イオが言いはじめた。いつになく真面目な表情なので、テセウスも佇まいを正し、耳を傾けた。
 「どうやらね、私は《世界》の余分な個所を集めて作られた、《世界》と同質なものなんだよ。———だから、たまに《世界》から弾かれる」
 その表情には苦みが浮かんでいる。
 「その点、テセウスは《世界》に望まれて発生しているから、本当の力は私以上なのは間違いなんだよ、本来はね」
 「本来は?」
 首を傾げて問うと、
 「そうだね。テセウスはその存在力を、どういう仕組みか、カトウと分け合っているからね。その分、抑え気味なんだと思う」
 炙ったジャーキーを齧りながら、この荒野の世界の本質に迫る会話は続く。
 「予想だけど、《戯曲家》も我々と同種だろうね。そして、《戯曲家》には協力者がいるような気配があるね。動くためには感知の能力を切断する必要があるから、あんな風に、すべての事象を見通しているようなことは、出来ないはずなんだ」
 空けてしまった食品の缶に灰を落としながら、テセウスは《戯曲家》の人物像を想像してみた。どうにも像を結ばない。
 「確かに、ひとりとして見るとちぐはぐだな。計画の戦略は無感情なのに、戦術はひどく感情的だ。子供っぽいと言ってもいい」
 「そうだよね。大きな流れでは非常に理知的なのに、その末端、現場では、妙にテセウスへの当てつけっぽいことをしているんだ」
 思えば、標的を自分に定めなければ、成功していた策も多くあった気がする。
 テセウスとその周辺にちょっかいを掛けたから発覚し、失敗を繰り返しているのである。決して、作戦そのものの質が良くないということではなかった。事実、教会内の勢力の統廃合や侵食獣の育成、アーテナイの滅びについては、テセウスが不在であった故に、成功している。
 「私はね、ずっと自分と同質の存在が居なかったから、親である《世界》のことを調べていたんだ。そうすれば、自分が何なのか、どう生きればいいのかが理解できる気がしたんだよね。で、君を発見した」
 本当に嬉しそうに微笑む。免疫のない者であれば、これだけで骨抜きにされるだろう美貌である。
 「自身の起源か———。幸いにも、偽りの役割が与えられていたから、オレは悩まずにすんだよ」
 と笑い、缶の中でタバコの火口を潰した。
 「偽りの役割、か……。それ、偽りでなくなるかもしれないんだ」
 「《救い手》とかってヤツがか?《災い》とやらの欠片すら、世には出ていないじゃないか。気のせいだろ」
 「さっきの話し振りだと、テセウスは自分の発生理由について興味なさそうだけれど、そこを気にすると、テセウスが《災い》を作って、滅ぼすって流れがありそうなんだよ」
 と、気の毒そうに知った。なるほど、《救い手》を望まれて発生したなら、それに合わせて出来事のほうが寄ってくることも否めない、か———。
 「なんだ、そのひどいマッチポンプは!!だいたい、人類が恐怖するような《災い》なんか、オレには作れんし、滅ぼせんぞ」
 やや苛立ちながら、テセウスはスキットルの酒を呷った。
 本当にひどい話だ。だが、イオはテセウスに嘘は言わない。不確かであろうと、何らかの根拠はあるのだろう。
 「実は《戯曲家》のことは、取るに足らない存在だと思っているのだけど、《災い》を呼ぶ切っ掛けくらいにはなってしまいそうなんだ」
 イオは、そう言って腕組みをした。
 「問題はね、執拗にテセウスに絡んでくる理由が見えないことだ。それが、気持ち悪いし、対策も打てない。だから、こうして連合に探りに行く訳」
 「理由か……。鬱陶しいヤツだとは思っていたけど、動機については考慮外だった……。と言うか、心当たりでもあるのか?」
 質問するが、首を振るばかりである。
 その後は、ポツリ、ポツリと近況について話すだけで、床に入った。



 《戯曲家》は焦っていた。
 何ひとつとして上手くいかない。
 癇癪を起して、叩くように床を踏み締めたいが、それをしたならば、《幻想図書館》に追い出されてしまう。単体では、《戯曲家》は非常に弱いので、それは最も避けなければならない行動であった。
 「アイツばかりがいい目を見て、のうのうと暮らしていられる社会なんて、根こそぎ壊してやる!!そうとも!!」
 叫ぶと、「うるさい」と思念が飛んできた。
 仕方なく黙る《戯曲家》は、自分の不甲斐なさに消えてしまいたかった。
 だが、立ち止まっては、本当にテセウスに負けてしまう。それだけは許し難かった。テセウスが表なら、《戯曲家》は裏である。その関係性は変わらない。そのように作られたからである。《戯曲家》は、かつての幸せだった暮らしを思い出し、喪われた名前を思った。《戯曲家》というのも偽名に過ぎないが、それらが本名を上書きしてしまったことが、途方もなく哀しく思えるのであった。
 哀れ、それに尽きた。
 まずはこの、腐った平穏を作り出した《世界》を揺り起こして、思い知らせなければならない。どれだけ非道なことを、人類に強いてきたのか———。
 ただ《世界》が安穏と眠りたいが為に、自分は犠牲にされたのである。
 《アイオーン》は静観の様子だが、どうして赦せるのであろう?
 あの《ヒューペリオン》であり《アポロン》に、酷い目に遭って貰わなければ———。そうでなければ、この身を作り変えられ、こそこそと企てを繰り返す惨めな生き物になった甲斐が無いというものであった。
 《世界》に楔を打ち、《荒野の世界》をただの一地方に貶めるためには、まだまだやらなければならないことが山積しており、身を粉にする必要があった。
 儀式めいた手順で計画書を綴ると、その順に沿って《幻想図書館》の書を象った記憶媒体が移動をはじめた。当初は心躍ったその光景も、馴染んだただの日常であった。妄執とも言うべき復讐心は、修正できないほどに《戯曲家》、《ロキ》を蝕んでいた。

 ———楽しみは、他人の悲劇あってこそだろう?

 そう自らの動機を忘れて嘯き、《戯曲家》は策のネットワークを緻密に編みはじめた。そこには、《戯曲家》本人ですら知らない要素が書き込まれ、集積していった。
 その情報には、《真のテセウス》、カトウの存在があった。
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