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第4章
5 ベガ戦の終結
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テセウスの打ち立てた作戦は、至極シンプルで、それが故に穴が無かった。
ただ、これまで封印していた、テセウスの能力を最大で発動するだけである。つまり、発火能力に付随する熱操作で、銃弾を溶解可能な温度に周囲の空気を熱してしまうのである。全周に展開してしまうと、内部の者は、テセウス以外は生存できなくなってしまう。慎重に展開角度を調整し、盾と成して一行は偽装キャラバンへと近寄った。
熱波に歪められて、周囲の音声は明瞭に聴こえなくなっているが、時折、水面に小さなものを落としたような音が鳴っている。これがおそらくは銃弾の接触音であろう。
「問題ないようだな」
頷きながら、テセウスは他のメンバーの表情を窺った。
まだ表情が硬いのは、イオが殺されそうになったという、強い衝撃からであろう。連盟の者にとって、イモータルとはそのような存在だったのである。
「あの杖のような銃は、どのような構造で異能の壁を超えるのだろうか……」
「おそらくは、我々のメタサイフォスと同じような設計思想だろうな。下手すると、あの装備の設計が漏れた可能性もある」
メタサイフォスは、インパクトの瞬間にジャマーを発する。想像でしかないが、あの銃は、本体ではなく、銃弾にギミックを組み込んでいるのだろう。着弾の瞬間に発動するのであれば、平仄に合う。常時発動では、小さな銃弾には、必要なエネルギーを内包出来ないと思われる。
「ここから、オレたちが眼を惹きつけて囮になるので、イオが全員沈めてくれ」
「了解だよ!!」
「アストライアは右翼、オレが左翼、ヘルメスは総指揮で中央後方から、全体の様子の共有を頼む」
ヘルメスは頷き、少し後方に退いた。
アストライアは、丁度テセウスの盾の範囲に収まる位置で止まり、ハンドサインを送って来た。頷きを返し、ハンドサインで前進を促した。
そこからの展開は非常に速かった。
隠密性を取り戻したイオは、安心して偽装兵を眠らせ、アストライアが非常に乱暴に、目抜き通りに向かってそれらを放り投げた。積み上がっていくその山にはヘルメスが取りつき、今度は装備品ごと剝がしていく。何を隠し持っているか判らないからである。他にも、連盟が察知していない兵装を所持している可能性は捨てられない。
その間、テセウスはアストライアが範囲外にならないように気を遣いながら、イオの支援に注力した。
結果、15分程度で全員を処理し終え、作戦は次の段階へと進むこととなった。
連合への協力者の炙り出しである。
アルタイルでは、その頃、ちょっとした騒ぎとなっていた。
守衛も気づかぬ内に、テセウスの姿が消えたのである。特にネレウスが慌てふためき、ペルセウスに指示を乞うた。ペルセウスは内心、立場が逆だろうと思ったが、冷静に状況を説明し、解決策を提示した。
「すぐに動く必要はありません。こうして室内に装備品の大半を残しているということは、ネレウス様の心配している、計画しての出奔ではないでしょう。となると緊急事態なので、すぐに思念を繋ぐのはお勧め出来ません。状況が厳しいところに通信するのは、却って邪魔になる可能性があります」
ネレウスは落ち着きを取り戻し、パーンもそれに準じた。
「大丈夫、状況が落ち着いたら連絡が来ますよ」
ネレウスの肩を優しく叩き、ペルセウスはそのまま寝床に向かった。テセウスが緊急事態に巻き込まれたということは、この後、自分自身もその収拾に動かなければならない可能性を否定出来ないからである。
と、寝室に入ったところで、イオから思念が届いた。
———ごめんね、そっちは騒ぎになっているでしょ。テセウスは無事だから安心してって伝えておいて
———承知しました。ベガに向かった、と言うか、跳んだのですね。
———そうみたい。では、後始末があるから。
通信が切れると、わざわざ呼び出すまでもないと、警備員に伝言を頼み、そのままペルセウスはゆっくりと休むことにした。
テセウスは戻らず、そのまま臨機応変に動くだろう。そうなると、アルタイルの前線を防衛するのは、ペルセウス独りでということになるのである。
激務を思うとうんざりするが、それでも年長組の狼狽える姿を見るよりもマシと割り切ることにした。
夜明けは近い。
寝坊は許されるだろうかと思いつつ、ペルセウスは床に入った。
早くから、老人たちに叩き起こされるに決まっているからである。
その群体は、気持ちの良い《場》を提供してくれていた宿主を、一瞬見失った。だがすぐに、離れたところに居る同族の許に現れたのでホッとした。
彼らは、未成熟な思考で相談をし、仮宿を決めることにした。
彼らは強い《場》が近くにないと、自然に溶けてしまうからである。
折角芽生えた自我を捨てるのは、いかにも惜しかった。そこで、宿主と似た波動を持つ、ペルセウスに眼をつけたのであった。
群体は、こっそりと寝入っているペルセウスに近づき、そしてその身体に溶け込んだ。物理的な性質を持たない彼らには、容易いことであった。彼らはその宿に適しているかを調べる為に過去の記憶などを探り、適任者と認めた。存外に居心地が良かったので、何割かは株分けをすることにしたのである。
彼らには、自身も自覚していない、特殊な能力があった。
それはまだ発現していないが、いずれ、イオ、テセウス、ペルセウスに影響を与えるはずであった。
安穏とした眠りの中で、自身が変貌していっているとは、ペルセウスには知りようのないことであった。
警備員はネレウスの指示でペルセウスを呼びに来たのだが、彼の全身が燐光に包まれているのを見て、これは人知を超える出来事だと判断し、起こすのを控えた。
また、ネレウスらに伝えるかを悩んだが、これも却下した。
余計なことを言って、祟られるのが怖かったのである。
ベガでは、森の中で捕縛した偽装兵の引き渡しが行われていた。
戦力を無力化したので、連盟側の偽装キャラバンを呼び寄せ、その身柄を渡したのである。今後の調査は、デュキスを筆頭とした行政関係者が行うことになる。
作戦は次のステージへと移行するが、実は先程の掃討戦で、凡その準備は整っていた。連合協力者の所在は、霧化したイオが、的確に掴んでいたのである。あとはその拠点を叩くだけであった。
「イオ、地図に判明した協力者の所在地を記入して貰えるか。それを元に、何チームかで一気に捕縛を行おうと思う」
「横の連絡を阻害して、逃がさない為だね」
イオが理解を示す。
「それもあるが、証拠の隠滅を避けたい」
と、テセウスは追加した。
デュキス、アストライア、行政職員などは、それらの会話に静かに頷き、各々の役割を確認した。
曙光の差し込むのと同時に敢行である。
全員それぞれに、改めて気を引き締めていた。
渓谷をニュクスが走る。
しつこく追って来る襲撃者は、本来、前後を挟み撃ちにする算段であったようだ。だが、ニュクスが事前に前方の伏兵を察知していたことで、プランは総崩れとなった。
「懲りんヤツらだ……。もう少し捻った攻め方は出来んのか!!そんな惰弱な技を教えた憶えはないぞ!!」
言いながら、元の教え子と思しき男の横面を、杖で張り飛ばす。
「教会の総意に従おうとしない、老師には言われたくありませんッ!!」
黙って攻め手となっていた男が、堪え切れずに声を上げた。これで、襲撃者の正体は確定である。———馬鹿め。
「上の意向に唯々諾々と従うだけが信仰ではないわ!!初代様の思し召しを曲解した、現在の上層部の腐敗に、何も思わんのか」
どうでもいいことを言い返し、その反応を見る。
AIドールのような機械ではなく、人だからこそ漏れてしまう情報があるのである。ニュクスはそれらを引き出し、利用する術に長けていた。非主流でも、意見を求められるくらいに、各方面から重視された所以であった。
先程の発言者はハンドサインで仲間の手を止め、ニュクスに問うた。
「老師、テセウス卿を便利に使い回すのは罪です。彼は聖典に謳われた《救い手》なのですよ?しかも、老師は巧みにヘスティア師を近付け、婚姻によって傀儡にしようとまでしていらっしゃる。これが罪ではなくて何だと?」
あまりの解釈に、ニュクスは茫然とし掛かって、慌てて気を取り直した。
どこまで曲解すれば、このようなストーリーが産まれるのか、吹き込んだ輩に聞いてみたいと思った。
「どうやってあんな頑固者をコントロール出来ると言うのか……」
嘆きながら、杖を突き、ニュクスは立ち止った。ここでの闘いはこれで終わりの流れになりそうである。
「それで、まだ続けるかの?」
そう言い、座り込んだ。戦闘継続の意思を放棄した姿勢が、襲撃者の躊躇いを生んだ。自然と間が空き、彼らも手にした装備を下した。
辟易としていたことが、その様から伝わってくる。無為に仲間を喪っていくことにも疲れたのであろう。
「老師、思い直しては頂けませんか?我らにも損害はありましたが、それは戦場の常。それよりも、貴方の知見を活かして頂きたく」
先程の男が、この部隊のリーダーであったらしい。
「———そもそもの開始点が違うのだ。貴様らは誰にそのような情報を吹き込まれた。テセウスの為人を知っておるか?アレは、他人の思惑で左右できる程に、素直な性格はしておらんぞ」
と、言い切る。
「……娘の件にしても、反対の立場だしの」
付け加えて渋面を曝す。そこについては、隠すのも馬鹿らしく思っており、ヘスティアが望むから、あのロクデナシでも認めてやろうと諦めているだけなのである。
「タナトス師とデイモス師が、偽りを申していると?あの方々は、他のお歴々と違い、清貧を貫き、身綺麗な生活をなさられておりますよ」
「それが間違いなのだ。贅沢をしていないからと、正しい行いをしているとは限らない。判断は、一面からのみではいかん。思考を止めては、よいように使われてしまうぞ」
「現在の我らがそうだと?」
「言葉でなく、暴力で事を為そうとしている時点で、何処に理がある」
男は黙ってしまった。やはり、疑いは拭えなかったのだろう。ならば、事が明瞭になるまで自ら調査をし、立場を明確にしなければならないと、ニュクスは思うのだ。
「———それは」
「しかも、自らの行動の根拠を他人に委ねて何とする!!己の信念において行動せんか、馬鹿者ッ!!」
一喝した。
男は瘧のように肩を震わせると、俯いてしまった。
ふと、ニュクスは思いついて、襲撃者を集めて事情とその根拠を示しはじめた。
男たちは証拠の提示に驚き、そして、タナトスら、原理派導師の悍ましき実験、アーテナイの滅びについて関与していた事実を伝えるに至っては、怒りに身が破裂しそうな程に憤っていた。
———これで、情報源と今後の手足が手に入る。
まんまと人手不足を解消したのであった。
提示した証拠とは、ケーレスが保身の為の保険として、密かに入手していた書簡の書き損じであった。燃えてしまっているが、タナトスのサインは明瞭に残っていた。
こんなこともあろうかと、ケーレスから借り受けていたのであった。
ただ、これまで封印していた、テセウスの能力を最大で発動するだけである。つまり、発火能力に付随する熱操作で、銃弾を溶解可能な温度に周囲の空気を熱してしまうのである。全周に展開してしまうと、内部の者は、テセウス以外は生存できなくなってしまう。慎重に展開角度を調整し、盾と成して一行は偽装キャラバンへと近寄った。
熱波に歪められて、周囲の音声は明瞭に聴こえなくなっているが、時折、水面に小さなものを落としたような音が鳴っている。これがおそらくは銃弾の接触音であろう。
「問題ないようだな」
頷きながら、テセウスは他のメンバーの表情を窺った。
まだ表情が硬いのは、イオが殺されそうになったという、強い衝撃からであろう。連盟の者にとって、イモータルとはそのような存在だったのである。
「あの杖のような銃は、どのような構造で異能の壁を超えるのだろうか……」
「おそらくは、我々のメタサイフォスと同じような設計思想だろうな。下手すると、あの装備の設計が漏れた可能性もある」
メタサイフォスは、インパクトの瞬間にジャマーを発する。想像でしかないが、あの銃は、本体ではなく、銃弾にギミックを組み込んでいるのだろう。着弾の瞬間に発動するのであれば、平仄に合う。常時発動では、小さな銃弾には、必要なエネルギーを内包出来ないと思われる。
「ここから、オレたちが眼を惹きつけて囮になるので、イオが全員沈めてくれ」
「了解だよ!!」
「アストライアは右翼、オレが左翼、ヘルメスは総指揮で中央後方から、全体の様子の共有を頼む」
ヘルメスは頷き、少し後方に退いた。
アストライアは、丁度テセウスの盾の範囲に収まる位置で止まり、ハンドサインを送って来た。頷きを返し、ハンドサインで前進を促した。
そこからの展開は非常に速かった。
隠密性を取り戻したイオは、安心して偽装兵を眠らせ、アストライアが非常に乱暴に、目抜き通りに向かってそれらを放り投げた。積み上がっていくその山にはヘルメスが取りつき、今度は装備品ごと剝がしていく。何を隠し持っているか判らないからである。他にも、連盟が察知していない兵装を所持している可能性は捨てられない。
その間、テセウスはアストライアが範囲外にならないように気を遣いながら、イオの支援に注力した。
結果、15分程度で全員を処理し終え、作戦は次の段階へと進むこととなった。
連合への協力者の炙り出しである。
アルタイルでは、その頃、ちょっとした騒ぎとなっていた。
守衛も気づかぬ内に、テセウスの姿が消えたのである。特にネレウスが慌てふためき、ペルセウスに指示を乞うた。ペルセウスは内心、立場が逆だろうと思ったが、冷静に状況を説明し、解決策を提示した。
「すぐに動く必要はありません。こうして室内に装備品の大半を残しているということは、ネレウス様の心配している、計画しての出奔ではないでしょう。となると緊急事態なので、すぐに思念を繋ぐのはお勧め出来ません。状況が厳しいところに通信するのは、却って邪魔になる可能性があります」
ネレウスは落ち着きを取り戻し、パーンもそれに準じた。
「大丈夫、状況が落ち着いたら連絡が来ますよ」
ネレウスの肩を優しく叩き、ペルセウスはそのまま寝床に向かった。テセウスが緊急事態に巻き込まれたということは、この後、自分自身もその収拾に動かなければならない可能性を否定出来ないからである。
と、寝室に入ったところで、イオから思念が届いた。
———ごめんね、そっちは騒ぎになっているでしょ。テセウスは無事だから安心してって伝えておいて
———承知しました。ベガに向かった、と言うか、跳んだのですね。
———そうみたい。では、後始末があるから。
通信が切れると、わざわざ呼び出すまでもないと、警備員に伝言を頼み、そのままペルセウスはゆっくりと休むことにした。
テセウスは戻らず、そのまま臨機応変に動くだろう。そうなると、アルタイルの前線を防衛するのは、ペルセウス独りでということになるのである。
激務を思うとうんざりするが、それでも年長組の狼狽える姿を見るよりもマシと割り切ることにした。
夜明けは近い。
寝坊は許されるだろうかと思いつつ、ペルセウスは床に入った。
早くから、老人たちに叩き起こされるに決まっているからである。
その群体は、気持ちの良い《場》を提供してくれていた宿主を、一瞬見失った。だがすぐに、離れたところに居る同族の許に現れたのでホッとした。
彼らは、未成熟な思考で相談をし、仮宿を決めることにした。
彼らは強い《場》が近くにないと、自然に溶けてしまうからである。
折角芽生えた自我を捨てるのは、いかにも惜しかった。そこで、宿主と似た波動を持つ、ペルセウスに眼をつけたのであった。
群体は、こっそりと寝入っているペルセウスに近づき、そしてその身体に溶け込んだ。物理的な性質を持たない彼らには、容易いことであった。彼らはその宿に適しているかを調べる為に過去の記憶などを探り、適任者と認めた。存外に居心地が良かったので、何割かは株分けをすることにしたのである。
彼らには、自身も自覚していない、特殊な能力があった。
それはまだ発現していないが、いずれ、イオ、テセウス、ペルセウスに影響を与えるはずであった。
安穏とした眠りの中で、自身が変貌していっているとは、ペルセウスには知りようのないことであった。
警備員はネレウスの指示でペルセウスを呼びに来たのだが、彼の全身が燐光に包まれているのを見て、これは人知を超える出来事だと判断し、起こすのを控えた。
また、ネレウスらに伝えるかを悩んだが、これも却下した。
余計なことを言って、祟られるのが怖かったのである。
ベガでは、森の中で捕縛した偽装兵の引き渡しが行われていた。
戦力を無力化したので、連盟側の偽装キャラバンを呼び寄せ、その身柄を渡したのである。今後の調査は、デュキスを筆頭とした行政関係者が行うことになる。
作戦は次のステージへと移行するが、実は先程の掃討戦で、凡その準備は整っていた。連合協力者の所在は、霧化したイオが、的確に掴んでいたのである。あとはその拠点を叩くだけであった。
「イオ、地図に判明した協力者の所在地を記入して貰えるか。それを元に、何チームかで一気に捕縛を行おうと思う」
「横の連絡を阻害して、逃がさない為だね」
イオが理解を示す。
「それもあるが、証拠の隠滅を避けたい」
と、テセウスは追加した。
デュキス、アストライア、行政職員などは、それらの会話に静かに頷き、各々の役割を確認した。
曙光の差し込むのと同時に敢行である。
全員それぞれに、改めて気を引き締めていた。
渓谷をニュクスが走る。
しつこく追って来る襲撃者は、本来、前後を挟み撃ちにする算段であったようだ。だが、ニュクスが事前に前方の伏兵を察知していたことで、プランは総崩れとなった。
「懲りんヤツらだ……。もう少し捻った攻め方は出来んのか!!そんな惰弱な技を教えた憶えはないぞ!!」
言いながら、元の教え子と思しき男の横面を、杖で張り飛ばす。
「教会の総意に従おうとしない、老師には言われたくありませんッ!!」
黙って攻め手となっていた男が、堪え切れずに声を上げた。これで、襲撃者の正体は確定である。———馬鹿め。
「上の意向に唯々諾々と従うだけが信仰ではないわ!!初代様の思し召しを曲解した、現在の上層部の腐敗に、何も思わんのか」
どうでもいいことを言い返し、その反応を見る。
AIドールのような機械ではなく、人だからこそ漏れてしまう情報があるのである。ニュクスはそれらを引き出し、利用する術に長けていた。非主流でも、意見を求められるくらいに、各方面から重視された所以であった。
先程の発言者はハンドサインで仲間の手を止め、ニュクスに問うた。
「老師、テセウス卿を便利に使い回すのは罪です。彼は聖典に謳われた《救い手》なのですよ?しかも、老師は巧みにヘスティア師を近付け、婚姻によって傀儡にしようとまでしていらっしゃる。これが罪ではなくて何だと?」
あまりの解釈に、ニュクスは茫然とし掛かって、慌てて気を取り直した。
どこまで曲解すれば、このようなストーリーが産まれるのか、吹き込んだ輩に聞いてみたいと思った。
「どうやってあんな頑固者をコントロール出来ると言うのか……」
嘆きながら、杖を突き、ニュクスは立ち止った。ここでの闘いはこれで終わりの流れになりそうである。
「それで、まだ続けるかの?」
そう言い、座り込んだ。戦闘継続の意思を放棄した姿勢が、襲撃者の躊躇いを生んだ。自然と間が空き、彼らも手にした装備を下した。
辟易としていたことが、その様から伝わってくる。無為に仲間を喪っていくことにも疲れたのであろう。
「老師、思い直しては頂けませんか?我らにも損害はありましたが、それは戦場の常。それよりも、貴方の知見を活かして頂きたく」
先程の男が、この部隊のリーダーであったらしい。
「———そもそもの開始点が違うのだ。貴様らは誰にそのような情報を吹き込まれた。テセウスの為人を知っておるか?アレは、他人の思惑で左右できる程に、素直な性格はしておらんぞ」
と、言い切る。
「……娘の件にしても、反対の立場だしの」
付け加えて渋面を曝す。そこについては、隠すのも馬鹿らしく思っており、ヘスティアが望むから、あのロクデナシでも認めてやろうと諦めているだけなのである。
「タナトス師とデイモス師が、偽りを申していると?あの方々は、他のお歴々と違い、清貧を貫き、身綺麗な生活をなさられておりますよ」
「それが間違いなのだ。贅沢をしていないからと、正しい行いをしているとは限らない。判断は、一面からのみではいかん。思考を止めては、よいように使われてしまうぞ」
「現在の我らがそうだと?」
「言葉でなく、暴力で事を為そうとしている時点で、何処に理がある」
男は黙ってしまった。やはり、疑いは拭えなかったのだろう。ならば、事が明瞭になるまで自ら調査をし、立場を明確にしなければならないと、ニュクスは思うのだ。
「———それは」
「しかも、自らの行動の根拠を他人に委ねて何とする!!己の信念において行動せんか、馬鹿者ッ!!」
一喝した。
男は瘧のように肩を震わせると、俯いてしまった。
ふと、ニュクスは思いついて、襲撃者を集めて事情とその根拠を示しはじめた。
男たちは証拠の提示に驚き、そして、タナトスら、原理派導師の悍ましき実験、アーテナイの滅びについて関与していた事実を伝えるに至っては、怒りに身が破裂しそうな程に憤っていた。
———これで、情報源と今後の手足が手に入る。
まんまと人手不足を解消したのであった。
提示した証拠とは、ケーレスが保身の為の保険として、密かに入手していた書簡の書き損じであった。燃えてしまっているが、タナトスのサインは明瞭に残っていた。
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