No One's Glory -もうひとりの物語-

はっくまん2XL

文字の大きさ
上 下
61 / 68
第4章

0 別観点の事象の地平面

しおりを挟む
 刻一刻と緊張の高まる前線に、シグルドは満足の表情を浮かべていた。
 「《ロキ》のヤツが、もう少し戦場を用意してくれれば、こんなに焦れることもないのだが……」
 野盗の討伐などは飽きた。
 その点、先日の闘いは、心躍るものであった。
 英雄の名を冠するに値する、見事な腕前であった。それでも、更に強者が溢れているという———。
面白い。
 《竜殺し》の名を戴きながら、その討伐すべき《竜》が不在という間の抜けた状況の中で、シグルドは己の存在意義について疑念を抱いていた。———果たしてこれで、自分はシグルドであると誇れるのであろうか、と。
 名に縛られる世にあって、その名の体を為せないことは不幸であった。
 であるから、《ロキ》の勧めに従い、敵の最大戦力を《竜》と定めることとした。今回の遠征は、であるからして、《竜》討伐なのである。
 ———テセウスとかいう《竜》は、オレが討ち取る。
 戦の準備の進む偽装キャラバンを背景に、彼は滾るものを感じて、身震いした。



 ヘルメスは方針を決めかねていた。
 抵抗勢力を除くことはいい。その際に、イオの戦力に依存することについても、心中の折り合いはつけた。問題は、その後、である。単純に人数が足りないのである。
 戦って勝つまでは良いが、制圧する人員に不足しているのであった。
 後手に回っていると、改めて告げられた気になった。
 テセウスかネレウスに助力を頼むのが距離的には早いが、あちらが最前線である。余計な人員の抽出は避けたい。
 仕方ない……、と、ヘルメスはアロイスに連絡を取ることとした。

 ———アロイス卿、ヘルメスです。お耳を頂戴したく。
 ———急ぎのご様子ですな。して、何事かな?
 ———ベガ市の様子が望ましくありません。抵抗勢力を除くまでは我々で可能なのですが、その後の正常化までの人員に事欠きまして……。
 若干の恥じらいとともに告げる。こうした時に、ふと、自分は既に、中央ではなくヨナスのヘルメスなのだと自覚するのだ。
 借りをあまり作るのは望ましくないと、つい考えてしまう。
 ———承知した。予定とは異なるが、ニュクス師に汗を掻いて貰おう。デュキスを人員とともに送る。街道が最も森に近づく付近に一里塚があっただろう。あの近辺での待ち合わせで頼む。待機させるので、そちらから声掛け願いたい。急がせるが、人員の抽出と「清掃」、それに物資の確保に若干の時間が必要だ。なにせ、こちらはまだ、アーケイディアに到着もしていないからな。
 と、アロイスは笑った。
 心理的負担を軽くするのに長けた方だ……。ヘルメスはそう感じ入りながら、
 ———助かります。それでは。
 と、短く返した。
 しかし……。ヘルメスは忸怩たるものを感じた。———初手からイオに助力を頼むことになるか。
 潜入は得意とするところであるが、万一があってはならない状況で、冒険をする性格ではなかった。まして、自分よりも遥かに潜入特化の人材が居るのである。
 ———少し怖いが、次のイオの願いは、断らずに聞いてやろう。
 そう思い、アストライアと戯れるイオに向かって、歩を進めた。
 夜の王、イモータルと呼ばれるイオとて、無敵ではないことを、ヘルメスは忘れていた。そのことがどのような影響を及ぼすかは、今後のヘルメスの思考能力と察知能力に委ねられていた。
 アストライアが気づき、イオが迎える。
 それが当たり前の光景になりつつあることに、ヘルメスは妙な気恥ずかしさを覚えていた。思えば、友人と呼べるのはこれまで、面倒くさい確執が挟まった、テセウスだけだったのである。



 自分の生を信じられなくなりそうな光景であった。
 辺りには鱗粉のような光が飛び交い、仄かに夜の帳を明るくした。
 ———幻想的であった。
 恍惚としながらそれらに取り巻かれていると、不意に寂しくなった。
 このような景色は、親しき仲の者と共有したかった、と……。親しき仲とはどこまでを示すのかと心中を探ると、テセウスを中心に、思いの外広くになっていたことに気づき、驚かされた。
 義父のみで完結していた幼少期とは、何もかもが違う。
 「———これは素晴らしいな。いったい何なのだろう、この光は」
 「ああ、アロイス卿、お疲れ様です。私にも不明なのですが、湖畔に足を踏み入れたら、このようなことになって驚いておりました」
 ヘスティアは慎重に言葉を選んで回答した。
 警戒からではない、誤解を避けるための話術であった。
 「ヘスティア師が中心のようだな。美女には嵌り過ぎて、少し怖いくらいだ」
 「そのようなことを仰るアロイス卿の奥方様は、美の化身ではありませんか。恐れ多くて恐縮してしまいます」
 口にゆったりとした袖を当てて苦笑すると、
 「いや、本当に美しかったのだ。何やら、別世界に連れて行かれそうでもあった」
 しみじみと語り、アロイスはゆっくりとヘスティアに近寄った。光の群れを散らしてしまうのが惜しいと、その行動が示していた。
 「ヘスティア師には、このようなことがなくとも、特別な何かを感じてしまうな。年齢にしては超然とされている」
 「そんなことはありませんよ。年齢通りの、ただの小娘です」
 と、微笑みを返す。
 「いや、失礼であったなら答えずともよいが、持って生まれた異能の強さから、インプラント施術を受けなかったというのは本当かね?」
 気まずそうな表情で、アロイスが問うた。
 確かに、おいそれと他人に話すような内容ではない。
 「ええ、概ねその通りです。正確には、異能の強さと、その能力、両面で施術を諦めました。私の力は、本来、個人が持っていていいものではありません」
 と、間を置き、
 「私は《共感》と呼ばれることになった能力を所持しています。発現の記録は、現在のところなく、———私のみになっています」
 少し驚いた表情でアロイスは、
 「それは答えにくいことを……」
 「いえ、いいのです。我々は、本人が望まずとも、テセウス様を中心に寄り集まった、運命共同体です。本来、このような危険な能力を、皆様に秘していること自体が裏切りなのです……」
 少し俯きながら、ヘスティアは言った。
 「《共感》とは、よくある異能である《読心》とは異なり、表層だけではなく、深層まで心理の片鱗を読み取ります。多用すると非常に疲れますし、意識の境界が曖昧になるので、私自身、コントロール可能に訓練したのちは、発動したことがありません」
 「———なんと!!」
 アロイスは、大きく驚いた。
 ある一定の条件下では、その能力は万能に近い。
 「このような能力は表に出てはいけませんし、必要な状況になど追い込まれたくありませんので……。ですから、能力が必然と強化される可能性が高いインプラント施術は避けたのです」
 アロイスは深々と腰を折り、ヘスティアに詫びた。
 「答えにくいことを、よくもここまで……。本当に、申し訳ないことをした」
 「回答したのは私の意志です。気に病むことはございません。それに、こんな夜ですから、不思議のひとつもあったほうが、それらしいでしょう」
 と、周囲をまだ漂っている光の群れに手を差し伸べ、ヘスティアは頷いた。
 「それはそうと、アロイス卿は、何かご用事ですか?」
 と、アロイスは表情を改め、
 「———そうであった。思念でヘルメス卿から連絡があってな、少し旅程を早めねばならなくなった。そのつもりでお願いしたい。差し当たっては、今夜はここで投宿の予定であったが、出発となった」
 「随分と急ぎなのですね」
 「ベガの様子が良くないらしい。アーケイディアから人員を送ることとなった」
 アロイスは頷き、そう続けた。
 名残惜しく光の群れを振り返ってから、ヘスティアはアロイスに従い、キャリアへと戻った。
 夜中の強行軍は疲れを呼ぶが、さりとて、後日に事態の収拾に苦労をするくらいであるならば、現在、多少を割引いて、前払いで苦労を背負うことなど、物の数ではなかった。
 彼女らの去った後、光の群れが湖畔に凝って、何らかの形を象ろうとしていた。
 結果としては失敗したが、光たちは、それが可能なのだと知った。
 ならば、可能になる《場》があれば良いと、それぞれに散った。
 群体であるので、離れていても、意思の疎通に影響はなかった。

 ———彼らが向かったのはアルタイル、テセウスの許と、ベガ、イオの許であった。



 加藤の興味は、「魂の理論」を置いて、荒野の世界の成り立ちというか、概念の影響力に移っていた。
 魔法めいた異能についても興味深く、それが世界と連結した事象であることまでは答えに至っていた。無論、研究者としては忸怩たることに、実証は不可能であるが———。
 調査の結果、サンプルに問題があったとしても、聖痕と荒野の世界の運命確率の汚染は別物であることが理解出来た。思念・概念が強く現実に影響し、物理的に作用するところまでは共通であるが、主観と客観の違いがそこにはあった。
 つまり、自らが何らかの形、例えば信仰などで感じる、思い込むことによって発生する聖痕とは異なり、荒野の世界では、他の意識の集合や、世界そのものから存在を既定される点が異なるのである。
 これは恐ろしいことである。
 例として極端ではあるが、冤罪で捕らえられた人物のことを、マスメディアの論調などで世論が犯人と断じた場合、その人物が犯人と既定されてしまうのである。
 だが、利用法次第によっては、夢の到来でもあった。
 「在れ」と願う力が強ければ、例えば魔法のように、指先に火を灯すことも可能となるであろう。その影響力、存在力とも呼べるものが大きいのが多分、テセウスのような、あの世界での強者であるのだ。

 加藤はまったく気がついていなかった。
 由紀子が不安げな表情で、背中を見つめていることに———。
 イオが警告したことを破っても、思考研究を止めない異常さにも———。
 この現世でも、概念が事象に影響を及ぼせる事態が訪れた時、ふたつの世界がさながら地続きのようになってしまうことにも———。
 加藤は忘れていた。
 テセウスの影響が加藤に届かない、乗っ取られたりしないのは、思念が物理に影響出来ない、この世界の構造によって護られているのだと———。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

シーフードミックス

黒はんぺん
SF
ある日あたしはロブスターそっくりの宇宙人と出会いました。出会ったその日にハンバーガーショップで話し込んでしまいました。 以前からあたしに憑依する何者かがいたけれど、それは宇宙人さんとは無関係らしい。でも、その何者かさんはあたしに警告するために、とうとうあたしの内宇宙に乗り込んできたの。 ちょっとびっくりだけど、あたしの内宇宙には天の川銀河やアンドロメダ銀河があります。よかったら見物してってね。 内なる宇宙にもあたしの住むご町内にも、未知の生命体があふれてる。遭遇の日々ですね。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

【BIO DEFENSE】 ~終わった世界に作られる都市~

こばん
SF
世界は唐突に終わりを告げる。それはある日突然現れて、平和な日常を過ごす人々に襲い掛かった。それは醜悪な様相に異臭を放ちながら、かつての日常に我が物顔で居座った。 人から人に感染し、感染した人はまだ感染していない人に襲い掛かり、恐るべき加速度で被害は広がって行く。 それに対抗する術は、今は無い。 平和な日常があっという間に非日常の世界に変わり、残った人々は集い、四国でいくつかの都市を形成して反攻の糸口と感染のルーツを探る。 しかしそれに対してか感染者も進化して困難な状況に拍車をかけてくる。 さらにそんな状態のなかでも、権益を求め人の足元をすくうため画策する者、理性をなくし欲望のままに動く者、この状況を利用すらして己の利益のみを求めて動く者らが牙をむき出しにしていきパニックは混迷を極める。 普通の高校生であったカナタもパニックに巻き込まれ、都市の一つに避難した。その都市の守備隊に仲間達と共に入り、第十一番隊として活動していく。様々な人と出会い、別れを繰り返しながら、感染者や都市外の略奪者などと戦い、都市同士の思惑に巻き込まれたりしながら日々を過ごしていた。 そして、やがて一つの真実に辿り着く。 それは大きな選択を迫られるものだった。 bio defence ※物語に出て来るすべての人名及び地名などの固有名詞はすべてフィクションです。作者の頭の中だけに存在するものであり、特定の人物や場所に対して何らかの意味合いを持たせたものではありません。

【本格ハードSF】人類は孤独ではなかった――タイタン探査が明らかにした新たな知性との邂逅

シャーロット
SF
土星の謎めいた衛星タイタン。その氷と液体メタンに覆われた湖の底で、独自の知性体「エリディアン」が進化を遂げていた。透き通った体を持つ彼らは、精緻な振動を通じてコミュニケーションを取り、環境を形作ることで「共鳴」という文化を育んできた。しかし、その平穏な世界に、人類の探査機が到着したことで大きな転機が訪れる。 探査機が発するリズミカルな振動はエリディアンたちの関心を引き、慎重なやり取りが始まる。これが、異なる文明同士の架け橋となる最初の一歩だった。「エンデュランスII号」の探査チームはエリディアンの振動信号を解読し、応答を送り返すことで対話を試みる。エリディアンたちは興味を抱きつつも警戒を続けながら、人類との画期的な知識交換を進める。 その後、人類は振動を光のパターンに変換できる「光の道具」をエリディアンに提供する。この装置は、彼らのコミュニケーション方法を再定義し、文化の可能性を飛躍的に拡大させるものだった。エリディアンたちはこの道具を受け入れ、新たな形でネットワークを調和させながら、光と振動の新しい次元を発見していく。 エリディアンがこうした革新を適応し、統合していく中で、人類はその変化を見守り、知識の共有がもたらす可能性の大きさに驚嘆する。同時に、彼らが自然現象を調和させる能力、たとえばタイタン地震を振動によって抑える力は、人類の理解を超えた生物学的・文化的な深みを示している。 この「ファーストコンタクト」の物語は、共存や進化、そして異なる知性体がもたらす無限の可能性を探るものだ。光と振動の共鳴が、2つの文明が未知へ挑む新たな時代の幕開けを象徴し、互いの好奇心と尊敬、希望に満ちた未来を切り開いていく。 -- プロモーション用の動画を作成しました。 オリジナルの画像をオリジナルの音楽で紹介しています。 https://www.youtube.com/watch?v=G_FW_nUXZiQ

入れ替わった恋人

廣瀬純一
ファンタジー
大学生の恋人同士の入れ替わりの話

タイムワープ艦隊2024

山本 双六
SF
太平洋を横断する日本機動部隊。この日本があるのは、大東亜(太平洋)戦争に勝利したことである。そんな日本が勝った理由は、ある機動部隊が来たことであるらしい。人呼んで「神の機動部隊」である。 この世界では、太平洋戦争で日本が勝った世界戦で書いています。(毎回、太平洋戦争系が日本ばかり勝っ世界線ですいません)逆ファイナルカウントダウンと考えてもらえればいいかと思います。只今、続編も同時並行で書いています!お楽しみに!

体内内蔵スマホ

廣瀬純一
SF
体に内蔵されたスマホのチップのバグで男女の体が入れ替わる話

処理中です...