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第3章
16 破門
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数日の後、アルタイルにヘルメスが到着した。
人目を憚るようにヘリントスに乗り込み、食堂を目指した。
「お初にお目に掛かります、夜の王。これなるはヘルメス。ヨナス市の新参の代表にございます」
と、優雅に腰を折った。
イオは面白そうに、
「君、私のことが嫌いだったのではないかい?私はこのようになれるのでね、少し前までは、テセウスについて、君らの会話を聞かせて貰っていたのだよ」
肘から先を霧化させてみせた。
「おい、そんなこと聞いてないぞ、イオ」
ムッとしてテセウスが詰るが、
「訊かれなかったからね」
イオは涼しい顔である。逆に、ヘルメスの表情は次第に悪くなり、堪え切れなかったかのように、今度は真摯に腰を折り曲げた。額から、床に雫が落ちる。
「その節は申し訳ございませんでした。まだ、貴方の為人を存じなかったもので……。数々の危機にご助力いただき、誠にありがとうございます」
「もう、テセウスに八つ当たりしちゃ、ダメだよ?」
子に諭すように、イオがそう告げると、ヘルメスは機械人形のように頷きを繰り返した。流石に哀れに思い、テセウスは、
「そこまでにしてやれ、イオ。コイツがそういつヤツだと知っていて付き合っているし、過重な仕事以外には、実際の迷惑もそうは無い。それよりも、何より、このままでは話が進まない」
と結んだ。ヘルメスは、
「助け船は、泥船ではいけないと思うんだ……」
それこそ哀れな声でそう言い、その場に居た者の表情に苦笑を加えた。
ヘルメスを呼び出したのは、警告の為である。《戯曲家》が《テセウス》という存在の在り様そのものに興味を持っている節があること、その関係者が、何らかの形で嵌められて、狙われる可能性があること、そしてそれが未来予知に匹敵する程に精度が高いことなどを説明していく。
「ヘルメス、オマエは幼少期の最初の存在の揺らぎで、《テセウス》と認識されたことがあっただろう。それで注意喚起しておこうということと、教会の動向が知りたくてな。隣のコミュニティでも教会がおかしなことになっているようだ」
「オレも狙われる可能性があるのか……。目的は判明しているのかい?」
「まだ不明だな。ただ、オレのアバターに他の《役割:ロール》が隠れているらしく、それを表出させることを狙っていることは、状況から判明している。これを刺激するのに、教会の一派が利用されていた」
「そうだね、テセウスの説明のような感じだ。だが、良く解らないのが、どうやって教会の上層部に食い込んでいるのかなんだよね」
と、イオが補強をした。確かにそこは気に掛かる個所ではある。
「教会については、こちらでも調べてみよう———。生憎と、その教会に精鋭部隊を始末されてしまったので、現状、眼と耳を失ったような状態ではあるが、それなりに動くことは可能だと思う」
ヘルメスは腕組みしながら答え、何かを考えている。
纏まるまで待とうと、テセウスは、ペルセウスに顔を向けた。
「ペルセウス、オマエもだからな。狙われる可能性があるのは」
「ヘルメスさんと自分ですか……。難易度が高いと思うのですけどね」
飄々として、ペルセウスはどこ吹く風である。
「それはまあ、そうなんだが———」
「イオ、実際にテセウスさんがその、隠れている《役割》に変貌したとして、起こり得ることは想定出来ているのですか?」
歯切れの悪いテセウスを放置し、ペルセウスはイオに質問を投げた。
「人類の関心を一度、テセウスに集めたいって思惑は見えているのだけど、そうしてから何を狙っているのかまでは、流石に判らないね」
腕組みを解いて、ヘルメスは、
「———実際の脅威は、教会の暴発だな。前提で話して貰ったこれまでの経緯を考察するに、《戯曲家》とやらは、ひどく確実性の低いプランを複数、地雷原のように仕掛けるのが傾向のようだ。となると、不要になった駒、つまり教会の各派は、今後独自の行動を採る可能性が高い。そしてそれは、概ね目的に沿っていない可能性が高い」
と、持論を述べた。
「そうだね。そうなる未来が見えるようだよ。《戯曲家》が与えた情報について、彼らが現在もどれだけ信を置いているかによって結果が異なるから、始末に負えないね」
やれやれと、イオが肩を竦めた。
「それならば、予め教会勢力を叩いておけばよいではないか。上層部などどこを切っても腐っているのだし、遠慮は要らん」
アストライアが言い切った。
あんまりな発言に、隣でニュクス師が肩を落としている。
「アストライア、それを宗教弾圧と言うンだと、学ばなかったのか?大半の民衆を敵に回すぞ」
疲れ切って発言できなくなったニュクス師に成り代わり、テセウスが指摘した。
「いや、テセウスが行うなら、民衆の支持はこちらのものだろう」
胸を張って、どことなく誇らしげに、アストライアが言った。もちろん、そんな言葉を通す訳にはいかない。
「疲れが見えますね、アストライア。水でも被って、大人しく床に入っていなさい。大人の話は、大人だけですることにします」
ヘスティアが口を挟み、アストライアがそれにむくれた。
「私は大人だぞ、陰険導師!!」
「大人はもう少し、考えて発言するものです。現状、《戯曲家》がテセウス様に担って貰いたい役割は何でしたか?軽い頭でも理解できていますね?」
ヘスティアもなかなか容赦がない。
「あ……」
「理解できたならよろしい。無駄に議論を空転させないで下さい。《戯曲家》が厭らしいのは、このように対応策を事前に策か意図によって潰してくることにあるのですよ」
アストライアは見えるように消沈した。隣でニュクス師が、小さな声で悪態を吐いていた。弟子の不出来を嘆いたのであろう。
「ヘスティアの指摘の通り、テセウスが動くのは如何にも拙いね。となると、やはり私がやるしかないか。身を護りながら攻めるのは難しいな。これまでは隠れていたから何とでもなったが、表で都市代表などになってしまうとね。———これも《戯曲家》の仕込みに思えてくるね」
ヘルメスが、そう引き取った。
「多分、大きくは外れていないように思う。《戯曲家》は、プランが失敗しても、必ず何某かのポイントは奪っていくンだ」
溜息も出ようものだった。結果として、不用品である教会の腐敗した上層部の始末まで押しつけられている。こちらは対応するリソースに事欠くと言うのに、である。
「で、訊ねたいんだが、テセウスの隠れている《役割》の当たりはついているのかい?それによっては、今後の動きも異なるだろう」
「それは私から。テセウスは多分だけど、太陽神の系譜だね。ひとりか、複数か、与えられた《役割》の範囲は定かではないけどね」
「それはよろしくないな……。連合では、《救い手》は太陽神であり、彼らの王として立つとされている。事が露見すると、連合と連盟の合併論が力を増すぞ———」
ヘルメスが思わずと零すと、全員が沈黙した。
———つまりは、そういうことなのである。
ケリュケイオンは、デスクでイオの置き土産を閲覧し、現状の打破に利する情報は無いかを探っていた。事象というものは一面で判断出来ることではないので、思いも寄らぬ、別のアプローチが解を導くこともあるのである。ケリュケイオンはそうしたことを識る賢者でもあった。
彼はこれまで、自分の主ではなく、テセウスに跪きたくなるのを必死で堪えながら日々を過ごして来ていた。どれだけ韜晦しようとも、首を垂れたくなる風格があることを否定はしないが、それでも如何にも不自然であった。
主の良き友人であって欲しいと願ったこともあったが、近年では逆に、適切な距離を置いて欲しいと思うに至っていた。隔意がある訳ではない。むしろその好意から、離れるべきであると本能が告げていたのであった。
ケリュケイオンは、そう簡単に他者に傾倒するタイプではない。常に理知を優先し、好悪は利害と縁のないところで感じるようにしていた。だが、テセウスに関しては、問答無用に尊崇を植えつけられるのである。逃れようのない、呪いのようなそれに抗うことは、彼の神経を大いに疲弊させた。実は、夜の王と面会するよりも、テセウスの前に在る方が緊張する程なのである。
「———テセウス様が太陽神の系譜とな」
ヘルメスより届いた一報は、彼の知的好奇心を満たすに充分であったが、不審も増幅させてしまった。
「あの方が太陽神であることに異論はない。むしろ、一介の英雄であるという方が、違和感がある。だが、何故、それらは発現しないのであろうか。彼の果たした事柄は、質、量共に他の追従を許さない。通常であれば、もう既に改名は為されていたであろう……」
その点が気に掛かるのであった。何か、テセウスに戒めが与えられている気がする。当然、秘しているので、ケリュケイオンは加藤の存在を認識していない。制限が生じている理由の最大のものについて、欠けたピースとなっているのであった。
「大変ですぜ、副長の旦那!!」
「何事ですか、喧しい。緊急時こそ落ち着きなさいと、常から指導しているでしょう」
ケリュケイオンがそう述べると、闖入者であるアウグストゥスは顔を首筋まで紅くして、反論した。
「予言しますよ、旦那。これを聞いたら、誰よりも旦那が始末に負えないくらいに怒り出すってね!!」
「……もういいから、早く報告なさい」
眉間を指先で揉みながら、ケリュケイオンは報告を待った。
いずれ碌な内容ではないだろうが、それでも冷静でいられると、その時点までは思っていたのであった。
「報告!!方舟教会の複数名の司祭が、《導き手》《救い手》であるテセウスの旦那を害したとして、ヘルメス様を《異端》と弾劾。これにより、当ギルドは、教会から破門されました!!いつの間に集めたのか、テセウスの旦那との取引に用意していたネタなど、相当数の証拠を、行政府前広場で公開しています!!」
崩れ落ちなかったのは奇跡と言っていい。或いは最後の意地か———。いずれにせよ、ケリュケイオンは耐えた。素早く指示を書きつけると、アウグストゥスに渡す。
「これより、ヘルメス様とテセウス様に通信を行います。誰も通さないように。そこにも記してありますが、第一級戦闘配備をそれぞれに行いなさい。私の機動殻と槍、剣も忘れないように。ヴィークルはテュポーンを用います」
そう言い、滞ることなく着衣を着替えていく。
「出入りですかい?」
「先日の反乱では、処分を甘くし過ぎたようです。今後、ヨナス市は教会の存在しない都市となることでしょう」
「ほら、旦那が一番熱くなった!!」
「喧しい!!そんなことではありません。イモータル、ヘルメス様、テセウス様の予告通り、お膝元が狙われたのです。我々が敗けることは、今後の跳梁を許す、最初の一歩になり得ると知りなさい!!」
頸を竦め、アウグストゥスは愚痴を垂れた。
———だから、伝令は引き受けたくなかったんだ。
「へい、合点承知であります!!教会を更地にして、資料・証拠の確保ですな」
「よろしい。その通りに動きなさい。先発隊はアウグストゥス、貴方に預けます。疾風のように、すべてを平らげるのです。《アモネイ》を怒らせた意味、存分に思い知らせてやりなさい」
口数の多いアウグストゥスが黙して敬礼すると、ケリュケイオンは手を払って退席を許した。しなければならないことは、幾らでもある。
何よりも、派手に動くその裏で、尻尾を出した相手の捕捉を行い、今後の状況を好転させねばならない。
だが、アウグストゥスの言う通り、少しケリュケイオンも熱くなり過ぎているかもしれなかった。
———愛用のデスクの天板が、拳の形に窪んでいた。
人目を憚るようにヘリントスに乗り込み、食堂を目指した。
「お初にお目に掛かります、夜の王。これなるはヘルメス。ヨナス市の新参の代表にございます」
と、優雅に腰を折った。
イオは面白そうに、
「君、私のことが嫌いだったのではないかい?私はこのようになれるのでね、少し前までは、テセウスについて、君らの会話を聞かせて貰っていたのだよ」
肘から先を霧化させてみせた。
「おい、そんなこと聞いてないぞ、イオ」
ムッとしてテセウスが詰るが、
「訊かれなかったからね」
イオは涼しい顔である。逆に、ヘルメスの表情は次第に悪くなり、堪え切れなかったかのように、今度は真摯に腰を折り曲げた。額から、床に雫が落ちる。
「その節は申し訳ございませんでした。まだ、貴方の為人を存じなかったもので……。数々の危機にご助力いただき、誠にありがとうございます」
「もう、テセウスに八つ当たりしちゃ、ダメだよ?」
子に諭すように、イオがそう告げると、ヘルメスは機械人形のように頷きを繰り返した。流石に哀れに思い、テセウスは、
「そこまでにしてやれ、イオ。コイツがそういつヤツだと知っていて付き合っているし、過重な仕事以外には、実際の迷惑もそうは無い。それよりも、何より、このままでは話が進まない」
と結んだ。ヘルメスは、
「助け船は、泥船ではいけないと思うんだ……」
それこそ哀れな声でそう言い、その場に居た者の表情に苦笑を加えた。
ヘルメスを呼び出したのは、警告の為である。《戯曲家》が《テセウス》という存在の在り様そのものに興味を持っている節があること、その関係者が、何らかの形で嵌められて、狙われる可能性があること、そしてそれが未来予知に匹敵する程に精度が高いことなどを説明していく。
「ヘルメス、オマエは幼少期の最初の存在の揺らぎで、《テセウス》と認識されたことがあっただろう。それで注意喚起しておこうということと、教会の動向が知りたくてな。隣のコミュニティでも教会がおかしなことになっているようだ」
「オレも狙われる可能性があるのか……。目的は判明しているのかい?」
「まだ不明だな。ただ、オレのアバターに他の《役割:ロール》が隠れているらしく、それを表出させることを狙っていることは、状況から判明している。これを刺激するのに、教会の一派が利用されていた」
「そうだね、テセウスの説明のような感じだ。だが、良く解らないのが、どうやって教会の上層部に食い込んでいるのかなんだよね」
と、イオが補強をした。確かにそこは気に掛かる個所ではある。
「教会については、こちらでも調べてみよう———。生憎と、その教会に精鋭部隊を始末されてしまったので、現状、眼と耳を失ったような状態ではあるが、それなりに動くことは可能だと思う」
ヘルメスは腕組みしながら答え、何かを考えている。
纏まるまで待とうと、テセウスは、ペルセウスに顔を向けた。
「ペルセウス、オマエもだからな。狙われる可能性があるのは」
「ヘルメスさんと自分ですか……。難易度が高いと思うのですけどね」
飄々として、ペルセウスはどこ吹く風である。
「それはまあ、そうなんだが———」
「イオ、実際にテセウスさんがその、隠れている《役割》に変貌したとして、起こり得ることは想定出来ているのですか?」
歯切れの悪いテセウスを放置し、ペルセウスはイオに質問を投げた。
「人類の関心を一度、テセウスに集めたいって思惑は見えているのだけど、そうしてから何を狙っているのかまでは、流石に判らないね」
腕組みを解いて、ヘルメスは、
「———実際の脅威は、教会の暴発だな。前提で話して貰ったこれまでの経緯を考察するに、《戯曲家》とやらは、ひどく確実性の低いプランを複数、地雷原のように仕掛けるのが傾向のようだ。となると、不要になった駒、つまり教会の各派は、今後独自の行動を採る可能性が高い。そしてそれは、概ね目的に沿っていない可能性が高い」
と、持論を述べた。
「そうだね。そうなる未来が見えるようだよ。《戯曲家》が与えた情報について、彼らが現在もどれだけ信を置いているかによって結果が異なるから、始末に負えないね」
やれやれと、イオが肩を竦めた。
「それならば、予め教会勢力を叩いておけばよいではないか。上層部などどこを切っても腐っているのだし、遠慮は要らん」
アストライアが言い切った。
あんまりな発言に、隣でニュクス師が肩を落としている。
「アストライア、それを宗教弾圧と言うンだと、学ばなかったのか?大半の民衆を敵に回すぞ」
疲れ切って発言できなくなったニュクス師に成り代わり、テセウスが指摘した。
「いや、テセウスが行うなら、民衆の支持はこちらのものだろう」
胸を張って、どことなく誇らしげに、アストライアが言った。もちろん、そんな言葉を通す訳にはいかない。
「疲れが見えますね、アストライア。水でも被って、大人しく床に入っていなさい。大人の話は、大人だけですることにします」
ヘスティアが口を挟み、アストライアがそれにむくれた。
「私は大人だぞ、陰険導師!!」
「大人はもう少し、考えて発言するものです。現状、《戯曲家》がテセウス様に担って貰いたい役割は何でしたか?軽い頭でも理解できていますね?」
ヘスティアもなかなか容赦がない。
「あ……」
「理解できたならよろしい。無駄に議論を空転させないで下さい。《戯曲家》が厭らしいのは、このように対応策を事前に策か意図によって潰してくることにあるのですよ」
アストライアは見えるように消沈した。隣でニュクス師が、小さな声で悪態を吐いていた。弟子の不出来を嘆いたのであろう。
「ヘスティアの指摘の通り、テセウスが動くのは如何にも拙いね。となると、やはり私がやるしかないか。身を護りながら攻めるのは難しいな。これまでは隠れていたから何とでもなったが、表で都市代表などになってしまうとね。———これも《戯曲家》の仕込みに思えてくるね」
ヘルメスが、そう引き取った。
「多分、大きくは外れていないように思う。《戯曲家》は、プランが失敗しても、必ず何某かのポイントは奪っていくンだ」
溜息も出ようものだった。結果として、不用品である教会の腐敗した上層部の始末まで押しつけられている。こちらは対応するリソースに事欠くと言うのに、である。
「で、訊ねたいんだが、テセウスの隠れている《役割》の当たりはついているのかい?それによっては、今後の動きも異なるだろう」
「それは私から。テセウスは多分だけど、太陽神の系譜だね。ひとりか、複数か、与えられた《役割》の範囲は定かではないけどね」
「それはよろしくないな……。連合では、《救い手》は太陽神であり、彼らの王として立つとされている。事が露見すると、連合と連盟の合併論が力を増すぞ———」
ヘルメスが思わずと零すと、全員が沈黙した。
———つまりは、そういうことなのである。
ケリュケイオンは、デスクでイオの置き土産を閲覧し、現状の打破に利する情報は無いかを探っていた。事象というものは一面で判断出来ることではないので、思いも寄らぬ、別のアプローチが解を導くこともあるのである。ケリュケイオンはそうしたことを識る賢者でもあった。
彼はこれまで、自分の主ではなく、テセウスに跪きたくなるのを必死で堪えながら日々を過ごして来ていた。どれだけ韜晦しようとも、首を垂れたくなる風格があることを否定はしないが、それでも如何にも不自然であった。
主の良き友人であって欲しいと願ったこともあったが、近年では逆に、適切な距離を置いて欲しいと思うに至っていた。隔意がある訳ではない。むしろその好意から、離れるべきであると本能が告げていたのであった。
ケリュケイオンは、そう簡単に他者に傾倒するタイプではない。常に理知を優先し、好悪は利害と縁のないところで感じるようにしていた。だが、テセウスに関しては、問答無用に尊崇を植えつけられるのである。逃れようのない、呪いのようなそれに抗うことは、彼の神経を大いに疲弊させた。実は、夜の王と面会するよりも、テセウスの前に在る方が緊張する程なのである。
「———テセウス様が太陽神の系譜とな」
ヘルメスより届いた一報は、彼の知的好奇心を満たすに充分であったが、不審も増幅させてしまった。
「あの方が太陽神であることに異論はない。むしろ、一介の英雄であるという方が、違和感がある。だが、何故、それらは発現しないのであろうか。彼の果たした事柄は、質、量共に他の追従を許さない。通常であれば、もう既に改名は為されていたであろう……」
その点が気に掛かるのであった。何か、テセウスに戒めが与えられている気がする。当然、秘しているので、ケリュケイオンは加藤の存在を認識していない。制限が生じている理由の最大のものについて、欠けたピースとなっているのであった。
「大変ですぜ、副長の旦那!!」
「何事ですか、喧しい。緊急時こそ落ち着きなさいと、常から指導しているでしょう」
ケリュケイオンがそう述べると、闖入者であるアウグストゥスは顔を首筋まで紅くして、反論した。
「予言しますよ、旦那。これを聞いたら、誰よりも旦那が始末に負えないくらいに怒り出すってね!!」
「……もういいから、早く報告なさい」
眉間を指先で揉みながら、ケリュケイオンは報告を待った。
いずれ碌な内容ではないだろうが、それでも冷静でいられると、その時点までは思っていたのであった。
「報告!!方舟教会の複数名の司祭が、《導き手》《救い手》であるテセウスの旦那を害したとして、ヘルメス様を《異端》と弾劾。これにより、当ギルドは、教会から破門されました!!いつの間に集めたのか、テセウスの旦那との取引に用意していたネタなど、相当数の証拠を、行政府前広場で公開しています!!」
崩れ落ちなかったのは奇跡と言っていい。或いは最後の意地か———。いずれにせよ、ケリュケイオンは耐えた。素早く指示を書きつけると、アウグストゥスに渡す。
「これより、ヘルメス様とテセウス様に通信を行います。誰も通さないように。そこにも記してありますが、第一級戦闘配備をそれぞれに行いなさい。私の機動殻と槍、剣も忘れないように。ヴィークルはテュポーンを用います」
そう言い、滞ることなく着衣を着替えていく。
「出入りですかい?」
「先日の反乱では、処分を甘くし過ぎたようです。今後、ヨナス市は教会の存在しない都市となることでしょう」
「ほら、旦那が一番熱くなった!!」
「喧しい!!そんなことではありません。イモータル、ヘルメス様、テセウス様の予告通り、お膝元が狙われたのです。我々が敗けることは、今後の跳梁を許す、最初の一歩になり得ると知りなさい!!」
頸を竦め、アウグストゥスは愚痴を垂れた。
———だから、伝令は引き受けたくなかったんだ。
「へい、合点承知であります!!教会を更地にして、資料・証拠の確保ですな」
「よろしい。その通りに動きなさい。先発隊はアウグストゥス、貴方に預けます。疾風のように、すべてを平らげるのです。《アモネイ》を怒らせた意味、存分に思い知らせてやりなさい」
口数の多いアウグストゥスが黙して敬礼すると、ケリュケイオンは手を払って退席を許した。しなければならないことは、幾らでもある。
何よりも、派手に動くその裏で、尻尾を出した相手の捕捉を行い、今後の状況を好転させねばならない。
だが、アウグストゥスの言う通り、少しケリュケイオンも熱くなり過ぎているかもしれなかった。
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