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第3章
12 刻まれた魂
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作戦行動を終えて帰陣したテセウス一行を待っていたのは、死屍累々の辺境移民区であった。路面は殆どを地に濡らし、かつて人間であった部品が散らばっていた。
ネレウスの増援の到着は予定よりも早かった。都市内の戦闘が激化した為、部隊が外に出られなくなる可能性があったためである。高速移動の出来るイオを現地に残し、ペルセウスとふたりでアルタイルに向かった。
街壁至近でも戦闘が行われており、最早、隠す気もないようだった。
ペルセウスに外来の部隊の牽制を依頼し、テセウスはそのままアルタイルに入った。ヘリントスは預けたままである。ヴィークルに跨り、最も激しい戦闘音が響く区画を目指した。つまり、辺境移民区である。
経緯はアストライアから聞いた。
ヘスティアの無事を願いながら、辺境移民区に急いだ。
硝煙や木材、岩の灼ける匂いを嗅ぎながら、非難に混雑する街路を縫って、テセウスは進んだ。厭な予感が付き纏うのだった。
アーテナイの滅びの日の数年前、デネブ側にもそれと知られたコミュニティが存在していた頃。かの街は、大規模な野盗の襲撃を受けている。規模は戦争に近かった。崩壊したコミュニティの喰い詰めた人々が蝗のように、デネブに対し襲い掛かったのである。
技術都市の他に、軍事都市としての性格を強く持っていたアーテナイであるが、この時にはかなりの苦戦を強いられた。裏切りが相次いだためである。
予めデネブやアーテナイに婚姻移民していた者たちや、商人に扮した偵察などが、都市の各所で暴動を起こしたのである。街の防護壁には、内部からの蚕食についての備えは無かった。いくつかの重要拠点を墜とされた行政府は、事態の収拾に、打撃力過多の為に見送っていたテセウスの両親の部隊の派遣を決断した。そしてそこには、アルテミスというテセウスより二歳年嵩の少女も所属していた。
数日の掃討戦の後に都市は解放されたが、両親とアルテミスは、この上なく無残な姿で、帰らぬ人となった。
死してなお、略奪に遭ったのである。
テセウスは、裸体で転がされた家族の亡骸に、涙を枯れさせた。
事情は、彼が大人になるのを待たなかったのであった。その日、彼は大人に、英雄になることを運命づけられた。
———喪くしてばかりの人生だな。
敵兵と思しき暴漢をショックカノンで吹き飛ばしつつ、テセウスは思った。
ヴィークルのリアクターが悲鳴を上げるが、構わず急加速と減速を繰り返し、辺境移民区へと急いだ。ヘスティアが兵を率いて向かっているらしい。脳裏に、アーテナイ襲撃の記憶が瞬いた。
アルテミスは、死体を犯されているところを、テセウス自身が敵兵を討ち、家へと連れて帰った。両親も、市民の遺体の中から裸体で発見され、その損傷たるや、筆舌に絶する凄まじい様子であった。遺体を何度も刺したと思われる痕跡が見受けられたのであった。
酷い戦いであった。
その状況に、現在のアルタイルは酷似していた。
斬り落した首をトロフィーのように掲げる男を蹴り飛ばし、喉に剣を突き立てた。
———手遅れ、一瞬、そんな思いが過った。
辺境移民区は全滅に近い。住民が少しでも逃げていてくれることを望む。
ここまでに憎しみをぶつける程には、両者には摩擦の原因がなかったはずだ。だが、現実として、虐殺は発生し、夥しい血が流れてしまった。
事が治まったとて、今度は自由都市連合への非難を行わなければ、市民が納得するまい。だが、その自由都市連合に政変の気配がある現在、悪手となる可能性があり、首脳陣を悩ませることであろう。
テセウスはヴィークルを自動追尾モードに切り替え、徒歩で中心地へと向かった。
その時である。
ヘスティアの胸に、血の華が咲いた。
モノクロームの風景に、ヘスティアの胸に咲いた華だけが紅く、テセウスの視線を奪い、絡め取った。
瞬き程の間、硬直したテセウスに忍び寄った影は、振り返らせることも出来ずに、機械的に屠られた。
眼の前で崩れ落ちるヘスティアの元へと走り、その衣服を剝ぎ取ろうとしていた男の首と下半身を薙いだ。傷ついたヘスティアに対し隆起させたそれを、いつまでも見ている気にはなれなかったのである。
危ない状況であった。
猶予がない。
———イオ!!ここに跳んでくれ!!ヘスティアがこのままでは死ぬ!!
視界が陽炎に歪むのを見ながら、束の間の安心を覚え、そしてヘスティアまでも喪うかもしれない恐怖に怯えた。
死を退けるために止血を施している両手は、すっかり血に染まっていた。
ヘスティアは、先天性の《硬化》の異能を持っていた筈……。銃創と思われるその傷跡に、テセウスは混乱していた。
如何にして貫いたのか———。
だが、事態はそんなことを思っている余裕もなく推移し、ヘスティアはテセウスの腕の中で冷たくなりつつあった。
「イオ、治療は可能か?!!オレはコイツまで喪う訳にはいかないンだ!!」
イオは周囲の残党を掃討しつつ、こともなげに応えた。
「ん?テセウスが彼女の概念を固定すれば、すぐに治るよ。ヘスティアも、ちょっと特殊な子だし」
「———概念を固定?前に水で見せてくれたあれか」
「よく覚えていたね!!そう、それだよ。《生きているヘスティア》の概念を押しつけて、歪めてやればいいのさ」
「イオが施術する訳には———」
イオは首を振り、
「そこまで影響を及ぼせるほど、ヘスティアに関わっていないからね。適役は君だ、テセウス」
近寄って来て、子供にするように頭を撫でる。
「君になら出来るよ、テセウス。《ヘスティアたる魂、アルテミスたる魂、死を忌いて汝が在るべき者の元へ疾く還り来ん》、さぁ、続けて」
「《ヘスティアたる魂、アルテミスたる魂、死を忌いて汝が在るべき者の元へ疾く還り来ん》、戻って来い、ヘスティア!!」
疑問は後回しにして、テセウスはイオの指示に従い、生よ、在れと願った。
特別なことは何もない。巻き戻るように胸の傷が小さくなり、やがて、消えた。これこそが奇跡か———。
痕跡は、衣服に穿たれた銃痕だけである。ヘスティアは眠ったままであるが、その頬は生気を取り戻していた。
「なぁ、イオ……。なんで《アルテミス》なんだ?」
「うん、不思議なんだけどさ、ヘスティアの魂に《アルテミス》って刻まれている。そんなに深くも濃くもないけどね」
不思議に思ったが、考えてみれば、アルテミスはニュクスの実子である。つまり、ヘスティアとは義理の姉妹だ。そんなこともあるだろう———。
「ついでに言うとね、アストライアにも《アルテミス》って刻まれている」
「なんで?!!」
「私に訊かれたって、知らないよ!!」
仕事は終わったとばかりに、さっさと陽炎に隠れ、何処かに行ってしまった。
肩を竦めてヘスティアの身体をヴィークルに積載すると、テセウスは知覚を拡散させた。彼の異能である。周囲の状況が雪崩のように押し寄せ翻弄するが、彼は自我を保ったままそれに耐えた。そして、目当ての物を、瓦礫の下に発見し、そこまで歩いた。
イオの働きで、周囲には残敵は居なかった。時折、遠くで剣戟や発砲音が聴こえるが、それよりも発見した物を確認する方が先であった。
それは杖のような形状の銃器であったが、特徴は外観ではなく、銃弾と、それに接続する何某かのデバイスであった。その知覚した際の感触は、ヘパイストスとオカベが開発したテセウスたちの装備に酷似していた。異能を貫通したカラクリはこれか———。
銃器型のデバイスを回収し、ヘスティアを落とさないように気をつけながら行政府へと向かった。安堵が脱力を呼ぶが、まだ崩れる訳にはいかない。
主塔に到着する頃にはすっかり疲弊していたが、復路の掃討も忘れずに行った。
アストライアの部隊に収容された時には、テセウスも意識がなかった。
こうして、アルタイルの乱は治まった。
ネレウスの増援の到着は予定よりも早かった。都市内の戦闘が激化した為、部隊が外に出られなくなる可能性があったためである。高速移動の出来るイオを現地に残し、ペルセウスとふたりでアルタイルに向かった。
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硝煙や木材、岩の灼ける匂いを嗅ぎながら、非難に混雑する街路を縫って、テセウスは進んだ。厭な予感が付き纏うのだった。
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技術都市の他に、軍事都市としての性格を強く持っていたアーテナイであるが、この時にはかなりの苦戦を強いられた。裏切りが相次いだためである。
予めデネブやアーテナイに婚姻移民していた者たちや、商人に扮した偵察などが、都市の各所で暴動を起こしたのである。街の防護壁には、内部からの蚕食についての備えは無かった。いくつかの重要拠点を墜とされた行政府は、事態の収拾に、打撃力過多の為に見送っていたテセウスの両親の部隊の派遣を決断した。そしてそこには、アルテミスというテセウスより二歳年嵩の少女も所属していた。
数日の掃討戦の後に都市は解放されたが、両親とアルテミスは、この上なく無残な姿で、帰らぬ人となった。
死してなお、略奪に遭ったのである。
テセウスは、裸体で転がされた家族の亡骸に、涙を枯れさせた。
事情は、彼が大人になるのを待たなかったのであった。その日、彼は大人に、英雄になることを運命づけられた。
———喪くしてばかりの人生だな。
敵兵と思しき暴漢をショックカノンで吹き飛ばしつつ、テセウスは思った。
ヴィークルのリアクターが悲鳴を上げるが、構わず急加速と減速を繰り返し、辺境移民区へと急いだ。ヘスティアが兵を率いて向かっているらしい。脳裏に、アーテナイ襲撃の記憶が瞬いた。
アルテミスは、死体を犯されているところを、テセウス自身が敵兵を討ち、家へと連れて帰った。両親も、市民の遺体の中から裸体で発見され、その損傷たるや、筆舌に絶する凄まじい様子であった。遺体を何度も刺したと思われる痕跡が見受けられたのであった。
酷い戦いであった。
その状況に、現在のアルタイルは酷似していた。
斬り落した首をトロフィーのように掲げる男を蹴り飛ばし、喉に剣を突き立てた。
———手遅れ、一瞬、そんな思いが過った。
辺境移民区は全滅に近い。住民が少しでも逃げていてくれることを望む。
ここまでに憎しみをぶつける程には、両者には摩擦の原因がなかったはずだ。だが、現実として、虐殺は発生し、夥しい血が流れてしまった。
事が治まったとて、今度は自由都市連合への非難を行わなければ、市民が納得するまい。だが、その自由都市連合に政変の気配がある現在、悪手となる可能性があり、首脳陣を悩ませることであろう。
テセウスはヴィークルを自動追尾モードに切り替え、徒歩で中心地へと向かった。
その時である。
ヘスティアの胸に、血の華が咲いた。
モノクロームの風景に、ヘスティアの胸に咲いた華だけが紅く、テセウスの視線を奪い、絡め取った。
瞬き程の間、硬直したテセウスに忍び寄った影は、振り返らせることも出来ずに、機械的に屠られた。
眼の前で崩れ落ちるヘスティアの元へと走り、その衣服を剝ぎ取ろうとしていた男の首と下半身を薙いだ。傷ついたヘスティアに対し隆起させたそれを、いつまでも見ている気にはなれなかったのである。
危ない状況であった。
猶予がない。
———イオ!!ここに跳んでくれ!!ヘスティアがこのままでは死ぬ!!
視界が陽炎に歪むのを見ながら、束の間の安心を覚え、そしてヘスティアまでも喪うかもしれない恐怖に怯えた。
死を退けるために止血を施している両手は、すっかり血に染まっていた。
ヘスティアは、先天性の《硬化》の異能を持っていた筈……。銃創と思われるその傷跡に、テセウスは混乱していた。
如何にして貫いたのか———。
だが、事態はそんなことを思っている余裕もなく推移し、ヘスティアはテセウスの腕の中で冷たくなりつつあった。
「イオ、治療は可能か?!!オレはコイツまで喪う訳にはいかないンだ!!」
イオは周囲の残党を掃討しつつ、こともなげに応えた。
「ん?テセウスが彼女の概念を固定すれば、すぐに治るよ。ヘスティアも、ちょっと特殊な子だし」
「———概念を固定?前に水で見せてくれたあれか」
「よく覚えていたね!!そう、それだよ。《生きているヘスティア》の概念を押しつけて、歪めてやればいいのさ」
「イオが施術する訳には———」
イオは首を振り、
「そこまで影響を及ぼせるほど、ヘスティアに関わっていないからね。適役は君だ、テセウス」
近寄って来て、子供にするように頭を撫でる。
「君になら出来るよ、テセウス。《ヘスティアたる魂、アルテミスたる魂、死を忌いて汝が在るべき者の元へ疾く還り来ん》、さぁ、続けて」
「《ヘスティアたる魂、アルテミスたる魂、死を忌いて汝が在るべき者の元へ疾く還り来ん》、戻って来い、ヘスティア!!」
疑問は後回しにして、テセウスはイオの指示に従い、生よ、在れと願った。
特別なことは何もない。巻き戻るように胸の傷が小さくなり、やがて、消えた。これこそが奇跡か———。
痕跡は、衣服に穿たれた銃痕だけである。ヘスティアは眠ったままであるが、その頬は生気を取り戻していた。
「なぁ、イオ……。なんで《アルテミス》なんだ?」
「うん、不思議なんだけどさ、ヘスティアの魂に《アルテミス》って刻まれている。そんなに深くも濃くもないけどね」
不思議に思ったが、考えてみれば、アルテミスはニュクスの実子である。つまり、ヘスティアとは義理の姉妹だ。そんなこともあるだろう———。
「ついでに言うとね、アストライアにも《アルテミス》って刻まれている」
「なんで?!!」
「私に訊かれたって、知らないよ!!」
仕事は終わったとばかりに、さっさと陽炎に隠れ、何処かに行ってしまった。
肩を竦めてヘスティアの身体をヴィークルに積載すると、テセウスは知覚を拡散させた。彼の異能である。周囲の状況が雪崩のように押し寄せ翻弄するが、彼は自我を保ったままそれに耐えた。そして、目当ての物を、瓦礫の下に発見し、そこまで歩いた。
イオの働きで、周囲には残敵は居なかった。時折、遠くで剣戟や発砲音が聴こえるが、それよりも発見した物を確認する方が先であった。
それは杖のような形状の銃器であったが、特徴は外観ではなく、銃弾と、それに接続する何某かのデバイスであった。その知覚した際の感触は、ヘパイストスとオカベが開発したテセウスたちの装備に酷似していた。異能を貫通したカラクリはこれか———。
銃器型のデバイスを回収し、ヘスティアを落とさないように気をつけながら行政府へと向かった。安堵が脱力を呼ぶが、まだ崩れる訳にはいかない。
主塔に到着する頃にはすっかり疲弊していたが、復路の掃討も忘れずに行った。
アストライアの部隊に収容された時には、テセウスも意識がなかった。
こうして、アルタイルの乱は治まった。
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