No One's Glory -もうひとりの物語-

はっくまん2XL

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第3章

9 不穏の種

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 アルタイルは、自由都市連合との境界でもあるためか、文化の影響が強い。特に詰襟の丈の長い衣服は独特で眼を惹いたが、一見してどちらのコミュニティの所属だかは判らない。どちらも似たような衣装だからである。
 マーケットは非常に雑多で、行き過ぎる人々の足も、どこか忙しない。
 ペルセウスの姿を見て眉を顰めるものも散見するが、テセウスを憚ってか、距離を置いて関りを避けていた。
 何も知らぬ者は何事かと足を止めるが、近くの者に耳打ちされて納得すると、やはり遠巻きにして二、三の言葉を交わして去って行くのであった。
 不穏な空気は感じないが、平時ではないと感じている雰囲気があった。
 やはり商人、時流の変化には敏いらしい。
 見れば物価も、前回訪れた時に比して若干の上乗せがされており、何かを感じ取っていることが窺い知れた。マーケットに溢れる声も、値切りよりは在庫の確認が多く、大量の買つけに走っていることが明らかである。
 行政府の誰かから、情報が一部漏れたか———。
 決して致命的ではないが、よろしくない状況であった。
 火花ひとつで着火するほどではないが、着実に悪化している。
 「ネレウスも、これでは気が休まらんな……」
 「そうですね……。荒事の気配を感じている雰囲気が支配しています」
 気にしなければならないのは、武器弾薬の行方であった。こうしてマーケットを見るに、明らかに品薄になっている。流通を止めたか、買い占めたか……。おそらくは後者と見られるが、いずれにせよ、その在処が不明なのである。事が起きた時、素早く配布出来、そして目立たない箇所———。そんな都合のいい場所があるであろうか?軍が一部、統制を離れていることも考慮しなければならないかもしれない。
 「我々が行政府に接触するのも、ちょっと時期が悪そうですね。明らかに両者に壁を感じます。誰がそれを煽っているか———、ちょっと気になりますね」
 「それにテセウス、貴様を見る眼が気になる。どちらかというと、アレは期待の視線だぞ。この騒ぎの中心には、貴様が据えられている可能性が高い」
 「うんざりするような見解をどうも」
 「昵懇だと噂されていた管理局を、先に当たりますか?」
 「それもなぁ……。完全にヤツらの味方と思われるのも拙い。そもそも、絵を描いているのが《戯曲家》だとしても、動かされている本人は気がついてないのがこれまでの定説だが、その駒になっている中心人物さえ、今回は見えていない」
 ここが、不気味なのであった。
 敵対者が不在のままに、状況ばかりが悪くなっていく。集落を巡って自ら誤解を解いたことに意義を見出したいが、メインディッシュがアルタイルであると想定するのであれば、周辺集落については予備作戦程度である可能性も否めない。
 尤も、すべてを台無しにしてやる方法が無くもないのだが、その場合、テセウスもある程度、腹を括らなければならない。それが思い切れないまま、ここに来ている時点で、最大の足枷は自分自身なのだと、テセウスは自嘲するのであった。
 ただ、その台無しにする方法そのものが《戯曲家》の狙いである可能性も否めないので、慎重に慎重を重ねる必要があった。
 「そうだな、イオを使ってネレウスに迎えに出させよう。要は、オレに配慮している姿があれば沈静化することでもあるからな」
 「面倒事が付帯してきますよ」
 「それをしないことを、今回の件に関わる条件にするさ」
 テセウスはイオに連絡を取り、ネレウスの許に赴いて貰うことにした。
 褒章がどうのと言い出した時点で降りると告げた上で、辺境に広がっている信賞必罰に反した行いと見られているテセウスの扱いがテセウス自らの希望であると解りやすく示すように、ネレウスに準備を求めた。
 丸投げではあるが、変にテセウスの作為が働いて嘘くさくなるよりはいい。
 民衆の蜂起を抑えるには、理由を無効化するのが最も効果的であることは事実である。
 だが、悪政を敷いていた訳でもないのにここまで悪感情が育つには、テセウスらが知らない何か重要なピースがあるように思えてならなかった。



 その者たちは、山間部の隘路をアルタイルに向かって進んでいた。目立たぬように距離を置いているが、キャリア16艇の大規模キャラバンであった。通常は連なって規模を見せつけ襲撃を避けるものだが、それをしないのは後ろ暗いことをしていると言っているようなものであった。
 事実、彼らの目的は不穏なものであり、意図を探られる訳にはいかないのであった。
 彼らには目的地が無かった。ただ、事が起こるまでアルタイル周辺を目立たないように周回するだけであり、その際のカバーストーリーとなるように、商いも行っている。
 しかし、ここ数日、周辺集落に寄った際の反応の変化に戸惑っていた。
 かつては歓迎されていたことが嘘のように、冷淡な対応を受けたのである。
 状況の変化を悟ったリーダーは、周回コースを自由都市連合方面に一時的に変更することを検討した。Xデイに間に合わない可能性があるが、露見するよりは傷は浅い。
 スタッフを何名か選抜し、無関係の人物に扮して、周辺集落に何が起きたのかを探らせることにし、周回コースを自由都市連合側に少しずらすことにした。失敗を察知したら、即座に行方不明を装わなければならない。
 何が計算外だったのか———。
 リーダーの悩みの種は、既にアルタイルに入っていた。



 いつもの通り、駐屯地の片隅に駐機すると、外が騒がしくなった。
 外部のモニターをキャビンのデスクに投影すると、ネレウスと管理局の幹部が口論しながらやって来ていた。食い下がっている管理局幹部は、テセウスも見覚えが無い。
 外周の監視に置いていたペルセウスが、困り顔で外部カメラに向かって苦笑を浮かべていた。音声を取ってもいいが、録音は気の利くイオがしていそうなので、何も知らない振りをして外に出ることにした。作為を感じさせない方が囀ってくれそうである。
 珍しくタラップから降りたテセウスであるが、そこに近づこうとしたネレウスに割り込んで管理局幹部が先に言葉を発した。
 「採掘師は管理局所掌の筈だ。何故行政府の施設に寄宿し、先に挨拶に訪れる。テセウス卿、君は管理局を蔑ろにする気かね」
 「おや、知らない顔だな。偉そうに囀っているが、管理局に阿らねば採掘師が出来ないとは、生憎とこれまで聞いたことがない。何を根拠にそのような言になるのかを説明して貰おうか」
 ———小物だな。
 説明して貰おうと言いながらも彼を無視してネレウスに近づくと、周囲に判るようにあからさまな親愛を示した。つまり、ハグをしたのである。
 「久しいな、テセウス。活躍は聞いておるぞ。と言うか、少しは褒章や役職も受けてくれんかの……。金銭だけでは市民には伝わらんのだ」
 「定住の意思が無いのでな。済まんが厄介事は任せた」
 テセウスの返事に苦笑し、それでもハグしたまま親愛を込めて肩を叩いた。
 「まぁ、今のところは放蕩も許してやろう、バカ息子め」
 ペルセウスに目配せすると、彼はそのまま姿を隠し、管理局方面に消えた。
 前任者が何処に消えたか、何故テセウスを囲い込もうとしているのかを探らなければならない。そしてまた、何故か強気に上段からの物言いについても———。
 管理局は遺跡の管理が所掌範囲であり、採掘師について権限を持たないのである。採掘師が管理局を尊重するのは、遺跡への立ち入り制限をされない為であった。これについても、主要な依頼主となる行政府や評議会からの監査を受け、恣意的に制限を掛けていないか指導を受ける。外向けの業務には、意外と力の無い組織なのだ。
 行政府、評議会に対して、管理局は遺跡の利用効率、出土品の利用権の分配で優位を持ち、それぞれが監視し合う構造となっているのだが、採掘師と顧客である評議会との間に割り込むことが招く事態を懸念しないのであれば、何か隠し玉を持っている可能性がある。
 「ネレウス、そこの御仁は初対面だが、いつ管理局は人事刷新したンだ?前任者はかなり優秀だったと記憶しているが」
 「———不明じゃ。いつの間にかこの男が、アルタイル担当となっておった。着任の挨拶も無かったのぉ」
 「不自然だな……」
 管理局はその組織の性格から、各コミュニティ内でも本部の所在地を明らかにしていない。これは評議会や各都市の行政府代表であっても例外ではない。人類存続の切り札である遺跡出土品や大規模施設を恣意的に扱われないために、秘匿しているのである。
 ———イオに頼むか。
 テセウスは当面、ペルセウスとイオを調査に回し、自分たちが的役になることを決めた。
 今回の件については、テセウスは目立ち過ぎるので裏には回れない。寄ってくる関係者の探りを入れることに専念することとした。
 実力的に、ペルセウスとイオならば懸念はない。
 この辺境に広がった薄雲のような形にならない不穏な空気を打ち払う為に、一行は決意を新たにしなければならなかった。アルタイルでも先手を打たれていると信じるに値する事件が起きていたからである。
 居住区の差別的な区画割り当てである。
 これがそもそもの、行政府への市民の不信感の根であったのだ。
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