No One's Glory -もうひとりの物語-

はっくまん2XL

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第3章

4 内乱

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 瓦礫の山に立ち、テセウスは一息吐いた。
 そして、その場に無造作に腰を投げると、大の字になって寝転んだ。
 今頃、イオは扉の向こう側を漁り、いわゆる「危ない技術」がないかチェックしている。往々にして、軍事施設には民間転用が危ない技術が眠っているものなのである。
 先行して独占は申し訳ないが、もとより早い者勝ちの世界である。
 この一帯の侵食獣も片付けたので、今夜は簡単な結界のみで大丈夫であろう。
 星空を見上げながら、テセウスは今後の展開について思いを馳せた。
 警戒している通り、連合が戦闘を仕掛けてくる可能性は高いが、全面戦争になるかはまた別の話である。突発的な遭遇戦を装う可能性が高いと踏んでいた。
 帝国主義的な侵略を繰り返し、自ら滅びを選んだコミュニティの教訓もある。民衆は支持しないであろう。それを敢えて為そうというのであるから、何らかの説得材料か、支持を得るに足る同盟側の瑕疵を突きつけてくることだろう。
 憂鬱なことであった。
 と、カトウからコンタクトがあった。判然とはしないが、他に漏れないようにイオと対話を試みたいらしい。
 「イオ!!ちょっと来てくれ!!」
 呼びつけて、自分は巨人の成れの果てから降りる。
 この資材の解体だけでもひと財産である。パーンが喜ぶことだろう。
 「どうしたんだい、テセウス」
 「秘匿空間を展開できるか?飛び切りのヤツ」
 「《戯曲家》から隠れたいんだね。いいよ」
 最近では女声に固定されつつある声で、イオが了承した。あの意味不明の高いテンションも、テセウス相手には落ち着いた気がする。
 イオはいつもの陽炎を少し念入りに展開し、ふたりを包み込んだ。
 「カトウから連絡だ」
 「———何か掴んだかな?」
 「多分な。で、どうしたらカトウと替われる?」
 「そのままで大丈夫。メモを用意したから。カトウ、ここにメッセージをお願いね」
 と、クリップボードにメモを挟んだものを寄越した。
 納得してペンを握る。以前の再現をしようと言うのだろう。
 そして……。
 ———本当のテセウスは僕で、テセウスは僕の代わりにテセウスにされた。
 ———きっと、《戯曲家》は僕の魂を探している。
 ———きっと僕が君たちの切り札になるから、存在が露見しないようにして欲しい。
 と、そのように書いて、終了の合図を記した。
 「カトウがテセウスで、オレはテセウスの代わり?訳が判らん。ならオレは、本当は何者なンだ」
 「———そう言うことか。それならこちらで探しても見つからないし、テセウスと相似で縁があるのも納得だね」
 「これでカトウの記憶がなかったら、まったく理解不能だな。そうか、カトウは本来、こちらの魂だったか」
 「そのようだね。辻褄も合う。盲点だったよ。もっと早く気づいても良かった」
 「しかし、カトウは《戯曲家》が探しているって言っているけど、《テセウス》の魂なんかを探して、何を狙っているンだ?」
 「推測に過ぎないけど、《テセウス》って魂の形が邪魔か、逆に目的に有用なんだと思う。碌な用事ではなさそうだけど」
 肩を竦めてイオが言った。妙に人間臭くなったイオである。
 それに、今は戦闘衣だから、身体の線が明らかで、視線の置き場に困る。
 「———お気に召した?この身体」
 視線を読み取り、イオが揶揄う。
 「綺麗過ぎて、ちょっと怖いな。邪なことを考えてしまいそうだ」
 赤面し、イオがテセウスの胸を叩いた。イオは自分の腕力を良く知った方がいいと思う。痛みにテセウスは呻いた。
 「テセウス、そういうところだよ、君が悪いのは!!」
 呆気にとられるテセウスを置いて、行ってしまった。作業を続けるのであろう。テセウスも鹵獲品にテセウスのマーキングをして、権利を主張した。
 その後の食事でも、イオはテセウスと視線が合うと赤面し、黙り込んだ。
 テセウスは、本当に女性化したのではないかと疑った。
 
 
 
 新たな遺跡鉱山の開発に、アルタイル市は大いに沸いた。
 大規模な軍用生産施設とあって、資源、情報共に優秀であったのである。
 テセウスたちは、更に深層の探索を依頼され、採掘を行っている面々に迷惑にならない区画で作業をしていた。
 思ったよりも早く、自由都市連合の動きがあった。
 抗議して来たのである。遺跡鉱山の独占への異議として———。
 もとより遺跡の位置は、両コミュニティのちょうど中間に位置し、微妙な関係ではあった。だが、探索に成功した採掘師の所属するコミュニティクラスタが所有権を得ることは暗黙の了解であり、これを侵すことは厳に戒められてきた。先人の愚を繰り返さぬためである。武力衝突は、それだけの禁忌として市民には受け止められていた。
 だが、自由都市連合は、横暴にもその権利を主張したのである。自らの、地理的意義のみを以てして———。
    評議会は紛糾した。禁を侵した者の主張を聞くべきでないという者が圧倒的多数であったが、一部に、強硬に融和を主張する集団がいたのである。方舟教会に地盤を持つ一派であった。
    彼らは別に、邪に主張しているのではなかった。むしろその逆であり、それが議会を混乱に陥れたのである。即ち、これを機会に、クラスタを合併すべきであると———。
 コミュニティが幾つか結合し、クラスタを形成する。生存権の確保の為に汲々としている現状では、相互のインフラの接続が難しく、緩やかな同盟関係を結んでいるのが一般的であった。
    都市連盟はその内で中堅のコミュニティに当たり、ただ、方舟教会の発祥の地として、他のコミュニティからの尊崇を受けていた。
    そして、その性格もあり、自由都市連合のようなクラスタを形成するには至っていなかったのである。
 ここで、持ち物の所有権を巡って争うのであれば、そもそも、所有者が同じになってしまう、つまり合併してしまえばいいという極論になったのだそうだ。
 「あちらの導師様方にも、内諾は得ているのです」
 「何を勝手なことを!!誰の承認を以て情報を漏洩した!!警備兵、この者を牢へ繋げ!!抵抗する者も拘束して構わん。それとアーケイディアのニュクス師に連絡を!!これは方舟教会によるクーデターである」
 ネレウスによる対処は苛烈であった。関係していたと思われる者を、家族を含めすべて捕らえ、その中には自由都市連合の導師も含まれていた。
 緊張が増す中、合併派は諦めずに粘り強く交渉に臨み、一歩も引かなかった。
 「で、ネレウス、パーン代表、何のご用事ですか?オレはしがない採掘師なんで、政治向きのことは知りませんよ」
 「そう角を立てるな。テセウス、アーケイディアに戻って、ニュクス師を護衛してきて欲しい。これは、対処を間違えるとコミュニティが滅ぶ」
 「ご自身で、信用できる者をご用意なさればよろしい。ネレウス、オレはアンタに借りは既に返したと認識しているが?」
 「この通りだ、頼む」
 ネレウスが枯れ木のような身体を屈め、テセウスに頼む。
 ———これじゃ、オレが悪者じゃないか!!
 内心憤りながら、テセウスは席に着いて話を聞く姿勢を示した。
 「で、爺ぃ、オレに何をさせたい」
 「クラン《アルゴ》の結集———」
 「……他を当たりな。オレはあそこを棄てて来た者だ。どの面下げて顔を出せと?」
 そこに、イオが割り込んだ。
 テセウスの肩に手をやり、前のめりになっていた身体を背凭れに押し戻す。
 「戦争になるんだね、ネレウス。しかも内乱だ」
 「内乱?!!どういうことだ、イオ!!」
 取り乱して、テセウスが振り返る。てっきり、自由都市連合の侵攻に備えてだと思っていた。厳しいながらも、市民は飢えず、弾圧もなく暮らしているのである。
    内乱に繋がる要素が見当たらなかった。
 「今回の騒動、踊らされている評議員や行政府職員たちは本気で合併を考えているけど、生活圏拡大構想に不満を持っていた者たちを誘導した結果に過ぎないんだよ。この手口、君は良く知っているだろう?」
 「《戯曲家》か……」
 「そう、アイツだね。そして、合併が狙いではないのは、元から揉め事としてことを起こしたことで明らかだ。外交交渉で、連盟だけでは対処が難しいだろうから、この際、合併しようと持ち掛けた方が、効率がいい。なのに、敢えてクレームから交渉をスタートした。これは明らかな誘導だ」
 「そんなあからさまな穴に、なんで合併派は気がつかない」
 「詐欺にはね、猜疑心が強い方が引っ掛かるのさ、意外とね」
    なるほど、裏を読み過ぎているということか。そんなあからさまな手を採るわけがないと———。哀れなことだ。
 「ネレウス、内乱が起こるとした理由は」
 「裏切り者の捕縛で、一部の信徒が集合しはじめている。弾圧だと……」
 「パーン代表も同じお考えで?」
 「概ね同じだが、決定的に違うことがある。内乱は自然発生でなく、調略によって為されるだろう。辺境は婚姻などによる人的交流も多い。世代を超えて仕込まれた楔があるものと想定している。内乱はある」
 パーンは断言した。
 度胸のある男だ。自身のお膝元に諜報を何世代も埋伏され、その存在を知りながら、動向を探るのみで放置したのである。並の者に出来る所業ではなかった。
 「泳がせていた理由は?」
 「自由都市連合を懐かしんで話題にすることを、咎めることは出来んよ」
 と笑い、テセウスの肩を強く叩いた。
 「いまは抑止力と、ことが起きた際の殲滅力が欲しい。《アルゴ》を集めてくれ。彼らは君の言うことしか聞かないだろう?」
 アーケイディアを出てからずっと考えていたように、平静を欠いて、色々と無駄に回り道をしている気はしていた。忌避感の原因が潰される度に意固地にもなっている。
 ここは自分が折れるべきであると認識し、重々しく頷いた。
 「……承知した。微力を尽くそう」
 ———そう言うことになった。
 翌日早朝、テセウスは、イオをもしもの為の抑えに残し、旅立った。
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