No One's Glory -もうひとりの物語-

はっくまん2XL

文字の大きさ
上 下
44 / 68
第3章

3 王者の魂

しおりを挟む
 ———サボるなよ。
 そうは言われても、テセウスに出来ることは少なかった。連合でも顔と名が売れており、諜報は不可能、行政府の業務も、これまでの経緯が判らないので邪魔にしかならない。強いて言うなら練兵であるが、これをテセウスがやると、目立ちすぎて連合を刺激する。———とどのつまり、遺跡に潜るしか、選択肢がないのである。
 アルタイル周辺は、開拓がこれからということもあり、枯れてない遺跡は豊富である。だが、連合との間に位置する物も多く、慎重な立ち回りを求められた。
 「枯れてない中で、一番ガードが激烈なのは———、此処にするか。イオ、来られるか?」
 「いいよ。と言うか、独りだと、アクセスしながらガーディアン・ドールは相手できないよ」
 イオの言う通りだった。それなると本格的な殲滅戦になり、遺跡の生産能力を超えるまで、防衛機能の停止等、対処をしている暇が無くなるのである。
 手強いガーディアンが居て進めない階層には、重要なものが眠っている可能性が高い。どうせ時間拘束されるのであれば、実益を兼ねようというつもりであった。
    ヘリントスが無い今、宿代なども自給しなければならないのである。行政府の宿舎を勧められたが、それは丁重にお断りした。
 選択肢がある。ガードのシステムが見えやすい夜に向かうか、ガードや侵食獣が非活性の昼間に向かうか———。
 イオが居るのであれば、と、今回は夜間を選択した。
 短期間決戦である。
 開門するだけの予定なので、キャリアは借りなかった。
 独り占めしてもやっかみを生むだけなので、解放時には管理局を通じて、街に居る採掘師諸氏に、情報を共有する予定である。
 のんびりとヴィークルを駆りながら、テセウスは今後の展望について思いを巡らせていた。《戯曲家》の尻尾を掴むにはどうしたらいいか———。
 ヤツは表に出て来ない。なら、どうにかして、興味を持たれている自分が餌になるしかないのではないか……。
 砂礫に塗れた遺跡に着く頃には、すっかり疲弊していた。
 
 
 
 由紀子の退院が決まった。
 義母からのその報を受けて、加藤は走り出していた。
 自家用車は処分済み、タクシーを呼ぶ手間ももどかしく、車道に飛び出した。
 そして視界を覆う車体の影を見た際に、加藤は何処からか声を聴いた気がした。細胞そのものが反応しているような、染み入るような声であった。

 ———王たれ。導きとなれ。
 
 幸い轢死は免れたが、路上で加藤は呆然としていた。
 そうだったのか……。自分こそがテセウスであったのだ。概念世界の王を喪い、世界がテセウスにテセウスたることを求めたのだ。その結果、相似が発生し、テセウスと運命の交叉路は自分を結んだ。
 思念を用いて相似による接続を行った場合、量子は時空を超える。初めから、気づかなければならなかった。自分はテセウスやイオと通信していたではないか———。
 自分はネイティブなこの世界の住民ではない。何らかのきっかけで、荒野の世界から零れ落ちた、あの世界の魂だ———。
 自分は、あの震災の街で、運命の収束による集合知から産まれた、イオの同種である。
 《戯曲家》に最後の一刺しが出来るのは、おそらく自分であろう。
 世界を観測していようと、確率を操ろうと、その世界の外側にある存在からの干渉は防げまい。
 そして信じた。
 自分は、《戯曲家》のような者たちから逃がされたのだ、と。
 
 
 
 遺跡の開錠は難航を極めた。
 イオが音を上げたのである。
 無論、戦力的に厳しかったのではない、むしろ逆で、退屈に耐えられなくなった。
 「ねぇ、テセウス。もういいから、そこの扉を切り裂くか蹴破ってしまおうよ」
 瞳の動きが物騒である。
 「ま、まて、イオ……。増幅器の件があるからな、いま再びの破壊は拙い」
 「数は多くて鬱陶しいけどさぁ、別に私たちでなくても突破できるよねぇ……」
 「……そうだな、それはその通り」
 結局、この遺跡に来たのも暇潰しでしかなく、テセウスも退屈していたのであった。
 このドールの数からすると生産施設の可能性があるので、行政府や管理局は大喜びだろうが、刺激に欠ける。動きたいのに主体的に動けないことが、メンタル面での負担となっているのを感じるのだ。
 終わることなく感じるドールの群れ、単純に積層と暗号長で難易度を増した捻りのない防壁……。
 ふたりがうんざりしながら「作業」を進めていると、ドールの排出数が落ち着いてきた。
 「資材が払底して来たか?あと少しみたいだな」
 「———テセウス、それはちょっと楽観的過ぎる」
 テセウスが胸を撫で下ろしていると、イオから即座に否定が入る。
    ちょうどその時、腹に直接響くような振動が足下から伝わってきた。定期的に、大きな太鼓を叩いたように連続した音が周囲を満たす。
 「———え?」
 格納庫のような入り口の大きい施設の扉がスライドされ、その入り口の擦切りいっぱいに巨大な構造物が顔を見せた。ドール何体分の質量であろうか———。
 「聞いてないよ……。早く帰って眠りてぇ———」
 悪夢のような敵対者に、テセウスは現実逃避をしそうになった。
 大質量と、それを稼働させるトルクとパワーだけでもおつりがくるのに、全身には物騒な装備が沢山、搭載されているようであった。
 「軍事施設だったか……。悪夢だ……」
 悲壮な覚悟で、テセウスとイオは巨人に向かっていった。
 縮尺を誤ったかのような対峙に、観客は居なかった。
 あるのはただ、降り始めた雨の音と駆動音———。
 緊張はいや増した。
 
 
 
 入院当初の報道の騒がしさも興味を失い、由紀子の退院は静かに行われた。
 義母と加藤のみの出迎えで、会計を終えるとすぐに、義母の自家用車で、自宅に移動することとなった。
 車内は静寂に満ちていた。誰も言葉を発せず、ただ、フロントガラスを打ちつける雨粒の音とワイパーの駆動音が響いた。
 「———私は何か、人数分の飲み物でも買ってくるわ。しばらく掛かるから、ふたりで話でもしていて頂戴。電話は持っていくわね」
 そう言って、義母は本当に買い物に出て行った。煮え切らない加藤への支援射撃であろう。あのハッキリした性格の女傑に、まだ嫌われてはいないようなのが非常に有難かった。呆れてはいるであろうが、やはり彼女にとって、加藤も出来の悪い息子ではあるのだろう。愛情深い女性であった。
 「———智行、ごめんなさい」
 はらりと涙を零しながら、由紀子が頭を下げた。
 加藤は狼狽した。それは自分の台詞の筈……。
 「貴方には隠し事ばかりで……。こんなことになるなんて思いもしなかった」
 「いや、謝らなければならないのは僕の方で———」
 真剣に、由紀子の瞳を覗き込む。
 義母のくれた機会、逃す訳にはいかなかった。
 荒野の世界との接続がどうなるのか不確定だったが、先の仮定が正しいのであれば、テセウスとの相似は、考えていたよりも近しく、縁は深い筈であった。
 「由紀子、出来れば、今後の僕たちの関係について再考してほしい」
 「関係?再考?」
 「そうだ。こんな言葉しか選べない、ムードの欠片もない僕だが、もう一度やり直して欲しい。僕には、君しか要らない」
 緊張を共有し、喉が酷く乾くのを感じた。
 加藤は由紀子の肩を抱き寄せ、首筋に顔を埋めた。こんな大胆なことが出来るとは思っていなかった。
 「———碌にお風呂も入っていないから、匂い嗅がないでね」
 「この状況で、気にするのがそこかい?」
 この後、呼び戻すのが遅いと義母に叱られた。
 少し狭まったふたりの距離に気がついたようで、意地の悪い笑みを投げると、
 「智行さん、二度はないよ」
 と釘を刺してきた。無論、その覚悟である。
 大きく頷くと、ルームミラーの向こう側の表情は懐かしくも優しかった。
 よく出来ました、と言うように頷かれた。
 ———面映ゆかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

シーフードミックス

黒はんぺん
SF
ある日あたしはロブスターそっくりの宇宙人と出会いました。出会ったその日にハンバーガーショップで話し込んでしまいました。 以前からあたしに憑依する何者かがいたけれど、それは宇宙人さんとは無関係らしい。でも、その何者かさんはあたしに警告するために、とうとうあたしの内宇宙に乗り込んできたの。 ちょっとびっくりだけど、あたしの内宇宙には天の川銀河やアンドロメダ銀河があります。よかったら見物してってね。 内なる宇宙にもあたしの住むご町内にも、未知の生命体があふれてる。遭遇の日々ですね。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

【BIO DEFENSE】 ~終わった世界に作られる都市~

こばん
SF
世界は唐突に終わりを告げる。それはある日突然現れて、平和な日常を過ごす人々に襲い掛かった。それは醜悪な様相に異臭を放ちながら、かつての日常に我が物顔で居座った。 人から人に感染し、感染した人はまだ感染していない人に襲い掛かり、恐るべき加速度で被害は広がって行く。 それに対抗する術は、今は無い。 平和な日常があっという間に非日常の世界に変わり、残った人々は集い、四国でいくつかの都市を形成して反攻の糸口と感染のルーツを探る。 しかしそれに対してか感染者も進化して困難な状況に拍車をかけてくる。 さらにそんな状態のなかでも、権益を求め人の足元をすくうため画策する者、理性をなくし欲望のままに動く者、この状況を利用すらして己の利益のみを求めて動く者らが牙をむき出しにしていきパニックは混迷を極める。 普通の高校生であったカナタもパニックに巻き込まれ、都市の一つに避難した。その都市の守備隊に仲間達と共に入り、第十一番隊として活動していく。様々な人と出会い、別れを繰り返しながら、感染者や都市外の略奪者などと戦い、都市同士の思惑に巻き込まれたりしながら日々を過ごしていた。 そして、やがて一つの真実に辿り着く。 それは大きな選択を迫られるものだった。 bio defence ※物語に出て来るすべての人名及び地名などの固有名詞はすべてフィクションです。作者の頭の中だけに存在するものであり、特定の人物や場所に対して何らかの意味合いを持たせたものではありません。

【本格ハードSF】人類は孤独ではなかった――タイタン探査が明らかにした新たな知性との邂逅

シャーロット
SF
土星の謎めいた衛星タイタン。その氷と液体メタンに覆われた湖の底で、独自の知性体「エリディアン」が進化を遂げていた。透き通った体を持つ彼らは、精緻な振動を通じてコミュニケーションを取り、環境を形作ることで「共鳴」という文化を育んできた。しかし、その平穏な世界に、人類の探査機が到着したことで大きな転機が訪れる。 探査機が発するリズミカルな振動はエリディアンたちの関心を引き、慎重なやり取りが始まる。これが、異なる文明同士の架け橋となる最初の一歩だった。「エンデュランスII号」の探査チームはエリディアンの振動信号を解読し、応答を送り返すことで対話を試みる。エリディアンたちは興味を抱きつつも警戒を続けながら、人類との画期的な知識交換を進める。 その後、人類は振動を光のパターンに変換できる「光の道具」をエリディアンに提供する。この装置は、彼らのコミュニケーション方法を再定義し、文化の可能性を飛躍的に拡大させるものだった。エリディアンたちはこの道具を受け入れ、新たな形でネットワークを調和させながら、光と振動の新しい次元を発見していく。 エリディアンがこうした革新を適応し、統合していく中で、人類はその変化を見守り、知識の共有がもたらす可能性の大きさに驚嘆する。同時に、彼らが自然現象を調和させる能力、たとえばタイタン地震を振動によって抑える力は、人類の理解を超えた生物学的・文化的な深みを示している。 この「ファーストコンタクト」の物語は、共存や進化、そして異なる知性体がもたらす無限の可能性を探るものだ。光と振動の共鳴が、2つの文明が未知へ挑む新たな時代の幕開けを象徴し、互いの好奇心と尊敬、希望に満ちた未来を切り開いていく。 -- プロモーション用の動画を作成しました。 オリジナルの画像をオリジナルの音楽で紹介しています。 https://www.youtube.com/watch?v=G_FW_nUXZiQ

入れ替わった恋人

廣瀬純一
ファンタジー
大学生の恋人同士の入れ替わりの話

タイムワープ艦隊2024

山本 双六
SF
太平洋を横断する日本機動部隊。この日本があるのは、大東亜(太平洋)戦争に勝利したことである。そんな日本が勝った理由は、ある機動部隊が来たことであるらしい。人呼んで「神の機動部隊」である。 この世界では、太平洋戦争で日本が勝った世界戦で書いています。(毎回、太平洋戦争系が日本ばかり勝っ世界線ですいません)逆ファイナルカウントダウンと考えてもらえればいいかと思います。只今、続編も同時並行で書いています!お楽しみに!

体内内蔵スマホ

廣瀬純一
SF
体に内蔵されたスマホのチップのバグで男女の体が入れ替わる話

処理中です...