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第2章

14 量子通信増幅設備の破壊

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 通り過ぎていく夜は、硝煙と血の臭いがした。
 新しく購入した、コンパクトな音響閃光ボムを盛大にばら撒く。実戦に耐え得るか、試しておこうじゃないか……。
 途中にフラッシュバンも混ぜ、縦横に飛び回りながら、プロキシ・ドールにフォアコネクタを通じて指示を送る。防壁もあと二枚———。悪くはない進捗だった。
 テセウスがこの遺跡に来たのは、本来は発掘の為ではない。
 自身に何の役割を押しつけられようとしているのか、それに伴い、発動した異能はないのかのチェックである。ところが、枯れたはずの遺跡には、新たに埋伏地雷がしかけられ、浮遊機雷だらけになっていた。
 ———これは独りではキツイな。
 くい、と後ろ手に合図すると、離れた安全地帯から、戦況を窺っていたペルセウスが参戦する。
 彼は森が焼けない範囲にクラスターランチャーを叩き込み、後続を一時断った。流石の手際である。その炎の壁に焼夷弾を手で放り込み、一時的な壁として運用する。これで二方向に攻撃が限定される。
 「すまんな。付き合わせて」
 「それはいいですけど、ここって枯れたって言ってませんでしたっけ?」
 「———そうなんだよなぁ」
 ペルセウスの参戦で優勢になったことから、ゆとりを持ってプロキシにコマンドをマクロ送信した。
 「また方舟関連ですかね」
 「ま、そうでない方がおかしいな」
 ふたりで苦笑を投げ合うと、背を合わせて迎撃態勢を強固にする。
 これまでの紛い物とは違い、ここの侵食獣は硬い。メタサイフォスと名付けた新型の刀剣が無ければ、散らすだけでも厳しい。何をここまで強固に護っているのかに興味が湧き、現在、虎の子のプロキシまで持ち出して解析中である。
 と、森側の間隙から、大型の犬が飛びかかって来た。
 爪はそれほど脅威ではないので、専ら顎と牙に注意していればいいお得意様なのだが、如何せん数が多い。辟易とした気分でテセウスは、破砕榴弾をランチャー発射した。一瞬の閃光の後、ズタズタに切り裂かれた肌を舐めながら、犬たちが迫って来た。やはり、火器では足止めにしかならない。
 「テセウスさん、ここは僕が切り込みましょう。効率が悪いです。アクセスに集中してください」
 先に言われてしまい、テセウスはやれやれとプロキシの傍まで寄って、並行作業を行った。現在は、プロキシはマクロで動作している。可愛らしい少女の姿をしたドールが、まったく可愛らしくない速度で遺跡を丸裸にしようとしている。綺麗な顔貌をしているだけに不気味である。オカベは男のロマンだと嘯くが、正直、テセウスにはまったく理解出来ない。
 今回は枯れている筈の遺跡が活性化して襲って来ていること、人為の匂いがすることなどから、アタックには改造鍵を用いている。外部から可変パラメータを入力できる優れものだが、成功率は非常に低い。
 ペルセウスは、フラッシュバンを巧みに使いながら攻撃方向を限定し、踊るように戦っていた。
 「手堅いな……」
 テセウスが見ても見事な立ち回りであり、自分よりもひと回りも年下であること考慮すると、空恐ろしい才能であった。肝煎りでインプラント施術の権利を勝ち取っただけはある。出力も高く、持続力もある。メタサイフォスの使い方も、慣れて来たのか実に堂に入っていた。
 「マスター、カイジョウサレマシタ」
 プロキシが告げる。気づくと、ゲート脇の通用口が薄く開いていた。時折炸裂するフラッシュバンの閃光で、濃い影を作っていた。
 「マキナ、ヘリントスへ戻っていていい。開錠に用いた鍵とパラメータをこちらに」
 従順に指示の通りに鍵とパラメータを渡し、戦場を淑女のようにしずしずとプロキシは歩んでいった。何故、ドレスを着ているのかも理解できない。———何着もの、着替えまで渡されている。オカベは、腕は良いのだが、趣味に走り過ぎる。
 
 ———イオ、開いたぞ。
 
 すかさずイオを呼び、遺跡探索である。これだけの物資が出現したのである。どこかの未探索区画が稼働している可能性が高い。トレジャーハントよりも、自身の出自の調査に意識が行っている辺り、実はテセウスの採掘師適正は、あまり高くないのかもしれない。
 
 
 
 遺跡は、入り口から地下に潜って行く構造になっていた。珍しい。地上施設には、別の進入路がある可能性が高くなってきた。
 先頭にテセウス、殿にペルセウスを置き、イオには自由に動いてもらう布陣である。テセウスのパフォーマンスチェックでもあるために、最強のイオを先頭にしてしまうと、他の出る幕が無いのであった。
 階段を降りることしばし、30mほどの深さに到達すると、そこは広いホールのような空間だった。そして放射状に通路が伸びているのか、八方向に扉が設置されており、その内のひとつだけ、開いていた。天邪鬼なもので、開いている扉には行きたくない。テセウスはその右隣にある扉を選び、先程の開錠鍵を用いた。
 通路の奥は幅広の奥行きのある通路となっていて、それぞれの壁面に、また扉がある。
 ———虱潰しか……。
 少しうんざりしながら、全員に開錠鍵のパラメータを渡す。人海戦術が適正である。価値のある物を発見してから集合すればいいのだ。
 すべての方角の通路を総当たりし、収穫は最初から扉の開いていた、通路の先の管理端末のみであった。歴史的資料は豊富に見つかり、イオが片端からコピーしていたが……。
 勘が外れたことを面白くなく思いながら、端末にアクセスする。念のため、例の鍵は使用せず、真新からクラックを行った。
 常ならば非常に難航する作業であるが、三人にとってはこの程度、児戯も同然であった。内容を確認する時間も惜しい。そのまま外部ストレージにすべてコピーを行い、管理端末の機能を用いて、スーパーバイザーのアカウントを幾つか作成する。そして、気になっていた地上施設のマップを呼び出した。
 地上施設は、量子通信の増幅設備であった。
 イオが顔色を青褪めさせる。
 「テセウス、良く聞いてくれ。地上の施設は残していては、この世界が危ない。徹底的な破壊を推奨する」
 「と言ってもなぁ、勝手に破壊すると、後が面倒くさいぞ」
 「そんなことを言っていられる問題ではないんだ。あれが稼働しているなら、この周辺一帯のアバター社会が侵食獣化するぞ。それに……、世界の概念化が進む———」
 そうか———。通信の増幅設備ということは、念を強化して照射し続けるのと同じ効果があるわけか……。それにしても、《世界の概念化》とは……。
 もう、迷いは無かった。
 地上に戻ると、ヘリントスの積載する火器のすべてを以て、地上設備を破壊した。イオがバンカーバスターを持ち出したのには驚かされた。憎しみを込めるように施設上空に弾頭を跳ばすと、何らかの力場を発生し、叩きつけるように爆破した。更地になるまでには、差して時間を要さなかった。
 
 
 
 計画の内容は窺い知れた。要は、量子通信の力場を一帯に展開し、侵食獣の増殖を目指したのであろう。だが、過激派一党が蠢動しはじめた当初からの疑問であるが、侵食獣を生成して、何を目指しているのであろうか。単純なマッチポンプを行うためにしては、資金と人材が動き過ぎている。その必死さに、何かに抗っている雰囲気を感じるのである。
 街に戻ると、真っ先にアロイスに理由も含めて、遺跡破壊の詳細を伝えた。
 アロイスは長々とした溜息の後に、今度から先に相談してくれと頼んだ。一気に疲れ切った表情になった彼は、行政府と評議会、管理局のそれぞれの責任者を呼び出し、会議体を設営した。
 会議は紛糾し、管理局はテセウス一行の出頭を請求したらしいが、黙殺した。
 そんなことよりも、消耗した弾薬の方が、頭が痛かった。
 面制圧系の弾薬が底を尽き、そしてそれらは非常に高価なのであった。
    まぁ、採掘師なんて、そんなもんさ……。
 
 
 
 次の日の午前中は、出土した情報の棚卸しを行った。
 販売できるものをアーカイブしてデータキューブに納め、それぞれ販売用のケースに収納する。今回の手痛い出費の穴埋めになってくれと祈りながら、ポーチに並べていき、概算を取る。……赤字だ。
 少ししょぼくれながら、キャビンに向かった。
 珍しいことに、イオが居た。
 「……赤字だった。何か売れるものを出せ」
 「強盗じゃないんだからさ、流石にそれはないんじゃないの?」
 困ったように笑いながら、イオが言う。まったくもってその通りだが、このままアーケイディアに足止めは避けたい。
 「アルタイルで、何か動いているような気がする。いまの都市連盟は、ネレウスが倒れたら終わりだ」
 「お爺ちゃんに、そこまでの責任を負わせるのは酷だよ」
 「後継者を育てなかった、アイツが悪い」
 きょとんとして、イオが笑う。そして指でテセウスを指し、
 「———後継者なら育てたでしょ?」
 途端に苦い顔になって、テセウスはしばらく茶に集中した。イオは全く堪えていない。諦めて、テセウスから話を振った。
 「ところで、オレはどこまでヒトに当たるンだ?いつまでなら誤魔化せる?」
 「言ったでしょ、君はキチンとヒトだよ。心配なら、私が特別に呪で上書きしてあげるけど?」
 「どういうことだ?オレは侵食獣の成り欠けだし、いまではおまえの方に近いンだろ」
 「概念的にはね」
 「この間から、何かと言うと概念だな……」
 「切り離せないのさ、この世界が概念に強く影響を受けているから」
 テセウスは背凭れに全身を預け、天井を仰いだ。幾つかの会話の記憶を復習するように辿り直す。
 「だからね、気にしないで結婚してもいいんだよ。奥さんの腕を食べちゃったのは流石に内緒だけど、それだって、意識が無い概念に呑まれていたのだから君自身ではないんだ」
 「そうは言ってもなぁ……」
 いつ起爆するかわからない爆弾の様な自分が、人里に住んでいてもいいのかとさえ思うのである。人生を共にさせる覚悟は無かった。それと、人里に定住することへの、別件での忌避が強くあった。パッシブな異能に関連するので、自発的な制御も不可能である。
 「相談なんだけどね、過激派の気持ち悪いヤツら、何をしていると見てる?」
 「オレも訝っている。行動に一貫性が無い。教典関連に何か記述はないのか?」
 ふたり揃って疑問形で話している時点で結果はお察しである。
 二杯目の茶を淹れて落ち着くとイオが、気がついたように顔を上げた。何か思いついたようである。
 「そうか、彼らが考える必要はないんだ」
 まるで周囲に気が回っていない。ヘスティアたちが入ってきたが、お構いなしだ。
 「———吹き込めばいいのか、適当なデータと理屈をつけて」
 うろうろと徘徊し、
 「《戯曲家》だ!!なんで私は気づかなかったんだ。名付けは呪の基礎だぞ。自分たちの為のシナリオに、脇役を登場させるのなんて当然のことじゃないか!!」
 と、ケーレスを見つけて腕を引き、そのままキャビンから出て行ってしまった。
 唖然としたまま、機械的に茶を淹れ、現実逃避にそれを啜った。
 機械的に淹れたのが拙かったか、酷く苦かった。
 騒ぎに集まってきた全員で目を見合わせ、首を横に振るのだった。
 イオの思考回路はトレース不可能である。
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