No One's Glory -もうひとりの物語-

はっくまん2XL

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第2章

10 メデューサ討伐

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 ペルセウスが飛び起きると、アストライアが強烈な一撃を加え、もう一度、気絶の危機に陥った。
 「アストライア、酷くはありませんか?僕が何をしました」
 「何もしていないのが問題だ、阿呆」
 はっ、としてペルセウスは俯き、そして見回すと、テセウスに問いかけるような視線を向けた。
 「テセウスさんを引き渡すならば、メーダを解放してくれるそうです」
 「それで、儀式を受けた彼女が、元に戻るとでも?」
 イオに問われて、ペルセウスは黙った。
 「いいだろう、ペルセウス。オレを引き渡せ。だが、それで彼女が戻ってこなかった時に、何が出来るかを考えることを諦めるなよ」
 ペルセウスの頬が、羞恥に紅潮した。
 「イオ、ペルセウスのことを、タイミングを見て隠してくれ。第二倉庫に、アーテナイ市所蔵だった放出型の異能を反射する盾がある。それを預けておくから、石化だけは避けろ。ネレウスからは殺しても構わんと、許可を受けている」
 大筋は決まった。
 「とにかく、様子がおかしい時は躊躇わずに首を斬り落せ。あれらの異能は、死んでも発動する。死体袋を忘れるなよ」
 そう言うことになった。
 
 
 
 「連れてきたぞ、ゴルゴン。その娘を放せ」
 ペルセウスが要求するが、三姉妹は動かない。
 「決裂ということでいいのか?」
 すると、三姉妹の内のひとりがテセウスの装備を確認し、丸腰であると認めた。そして手足に拘束具を嵌めると、ほくそ笑んだ。
 「愚かよのぉ、小僧。娘はもう、手遅れじゃて」
 後ろからも、その言葉を追う。
 「切り札を自ら差し出すとは……。脆い友情よな」
 「———姉者たちは、悪趣味……」
 ペルセウスにも状態異常と結界を掛けようとした瞬間、ペルセウスの姿が消え、状態異常の異能が反射された。
 毒素を受けた女の首が、地面に転がった。血の海に沈むその表情は驚きに満ちていた。反撃を疑ってもみなかったのであろう。
 「姉者が……」
 「おのれ、小僧はどこぞ!!」
 うろたえつつ、姉妹はペルセウスを探す。その間に、テセウスは拘束具を焼き切り、アンドロメダを拘束から逃した。よろめくその身体をイオが回収し、診察する。
 「大丈夫、まだ無事」
 姿を隠したままのペルセウスが、安心した気配が伝わる。
 安心がそのまま気迫へと変わり、また、首がこてん、と地に落ちた。
 残る首はあとひとつ———。
 「約束は守るものだな、メデューサ」
 言葉を発するとともに妹、メデューサの首を薙ぎ斬り、首が転がった。
 この一件が収束を見せた瞬間だった。
 
 
 
 結局、我々は、二大拠点の当座の護りを剥がされてしまった。デネブの護り、デュキス、ヨナスの護り、三姉妹、加えてヨナスからはアストライアの実父、アロイスの移動も招いた。一向に、エラトスが口を割らなかったのである。
 もやもやしたまま、こうして事態は収束した。
 戦闘に参加した兵の思想チェックが行われたが、特に問題は見つからなかった。行政府からの正式な命令であったからである。不穏な空気は感じていたが、正規のルートで出た命令とあって逆らうことも出来ず、渋々、開戦したとのことだ。
 アンドロメダは意識を取り戻したが、彼女からの情報も混迷を極めた。三姉妹からの試しであったというのである。ペルセウスの覚悟と実力を確かめるための試みであると説明され、自ら磔になったという。長年、街を護って来た三姉妹からの依頼であったので、疑いなく引き受けたと———。
 異能の制御の問題で三姉妹は殺すよりなく、彼女らの証言を得られないことも難しさを加速した。エラトスの指示ではなかったのである。
 行政府の長は、アロイスが代行することとなった。
 
 
 
 加藤は待合スペースで憔悴していた。
 幸いなことに急所は避けていたが、通報の遅延のため出血量が多く、危険な状態を脱したのは翌朝であった。一報を受けて安心するように寝入り、荒野の世界での一連の出来事を体験した。
 ケーレスが語った、《真人類》生成計画の内容は非常に興味深かった。
 結局、死神の力で隠れ、ペルセウスがメデューサを討伐した神話との相似性にも、思考は惹かれた。
 だが、すべては由紀子が無事にあってこそなのだと、改めて加藤は感じるのであった。
 他方、こうして由紀子に依存している空虚さが、テセウスと強く魂を繋げてしまった相似なのだと理解できてしまった。流産とその後の離婚、その際に、加藤は彼らの理論で言うところの内殻を破壊し、魂を摺り減らしたのだ。家族と愛への期待が大きく、依存度が深いが故に……。自分はその点で、病的なのだと解らされた。
 藤堂は自らの証言から、数年前の転落事故について故意であったと認め、実刑は免れなくなった。大学の名前が露出したことで、問い合わせが相次いでいるらしい。それも含め、煩わしいことが続きそうであった。
 ———ただ、由紀子の心配をしていたいのに。
 由紀子の意識が覚醒したら、顔を見てから研究に戻ることになる。
 それを不義理に感じつつ、研究の方針転換を、早いうちに仕切らなければならないことを思い出して、ひどく憂鬱になった。
 魂の理論抜きで、本当に自分の求めるところへ向かえるのであろうか……。
 加藤はふらりとICU方面へ足を向け、ガラス越しに由紀子の姿を見詰めた。
 ———どれだけの我慢を、これまで強いていたのだろうか……。
 眦から流れるものを拭いもせず、しばらくそこに佇んでいた。
 それがいま、自分には必要なことだと思ったのである。
 
 
 
 アロイスが到着するまでは身動きが取れず、細々とした仕事を受注したり、戦闘で目減りした弾薬、資材を補充するなどして過ごした。一行は完全にアーケイディアに慣れてしまい、特に中央区の高層建築群の間を、ヴィークルで、高高度設定で飛ぶことが、ちょっとした娯楽となっていた。いい休暇であったと言える。
 特に馴染んだのが、イオとメーダであった。ふたりはペルセウスがやきもきする程に仲が良くなり、ここのところ一日の大半をふたりで研究に費やしていた。カトウの粗方の知識を継承したテセウスが混じることもあった。
 問題となったのはアストライアで、救出劇での扱いが甚くお気に召さなかったようで、ことある毎に嫌味と拳が飛んだ。ヘスティア曰く、お姫様扱いを受けたかったらしい。
 
 ———嘘だろう?!!
 
 そう零してしまい、聴きつけたアストライアに半日責められたのには、本格的に参ってしまい。ご機嫌伺いに、マーケットでの買い物に引き摺り回された。
 アーケイディアは中核都市だけはあり、非常に活況であった。先日の事件はしばらく人々を騒がせたが、現在では元の落ち着きを取り戻している。ただ、その陰にテセウス、ペルセウスの姿があることが噂になってしまい、マーケットでは若干、歩行に困る有様となっていた。釈然としないのが、アストライアへの愛の為に、行政府の主塔に単身挑んだという下りで、事実と違うので否定すると、クランの女性陣から責められることだった。
 「オヤジ、音響系の投擲武器でいいのは出ていないか?」
 「あぁ、旦那、これなんてどうです?音量は出ませんが、軽量コンパクトで量が持てます。閃光効果もあるので、咄嗟の足止めにはいいですよ」
 「それは試してみたいな。在庫すべて、駐屯地のヘリントスってキャリアに運んでくれ。すべて購入する」
 購入量には驚いた商人であるが、慌てて在庫を確認すると、キリがいい価格に調整してくれた。大口の顧客は掴んでおくべきものなのである。
 「旦那のことは有名ですから、キャリアは間違いませんよ」
 「それならいい。頼んだ」
 このように、この街の商人とのつなぎを強めて、クランのスタートアップに弾みをつける予定である。アロイスが来たならば書類が通ることを確信してのことである。
 クランは民警の意味合いもあり、滅多やたらと許可は下りない。だが、アロイスであれば、ヘルメスの依頼を黙々と熟していた実績が活きてくる。心配は、メンバーに実娘が所属することであろう。
 またひとつ外堀が埋まったようで、テセウスは身震いした。
 もう、冬の訪れは近い。
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