No One's Glory -もうひとりの物語-

はっくまん2XL

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第2章

6 ケーレスという少女

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 ケーレスがベガの隠し聖堂に辿り着くと、タナトスは眉間に皺を寄せ、いつもの鉄面皮を崩した。
    ケーレスを見る眼は、やけに冷たい。
 「ケーレス、其方には《特異点》を追えと指示していた筈だが?」
 常なら異能で闇から語り掛けるケーレスも、今回ばかりは直言した。
 「タナトス様、あれはいけません。今すぐにでも始末しないと、タナトス様、御身に危険です。アレは、あのアレスを子供としてすら、相手をしていませんでした」
 伝わっている感触が無い———。ケーレスは絶望を覚えながら、尚も言い募った。
 「突然、そう突然気配が濃くなったと思ったら、その後は、アレスは近寄ることすら出来なくなっていました。我々の異能を斬ることが可能な装備といい、最早、易々と手を出せる相手ではないのです!!」
 息を切らしながら伝えようと言を尽くすが、タナトスは別のところに視線を向けていた。
 デイモスである。
 「こ、これはデイモス師。失礼いたしました」
 すぐさま闇を纏い消えようとするが、それはデイモス本人から止められた。
 「訊きたいことが出来るかもしれない。しばらくそのまま立っていろ」
 「では、やはり———」
 「うむ、間違いないだろう。《特異点》は至った」
 ふたりの男は頷きあい、幾つもの不穏な計画を、ケーレスの耳目を無視して語り続ける。そのいずれもが、誰か見込みのある者を破滅させる企てであった。ケーレスは恐ろしくなった。テセウスに感じたような畏れ、ではない。タナトスとデイモス、ふたりからは、人格が破綻している気配が濃厚に漂っていた。
 ———本当にこの方たちを信じていて良いのだろうか。
 今更ながらに感じるが、さりとて他の生き方を知っている訳ではない。
 悪魔の集いに置き去りにされたような心細さで、ケーレスは意識を保つのですら必死であった。と同時に、心の片隅で、存在を気取られてはならない、と感じ、気配を薄くした。闇を纏わなくとも、この程度なら出来る。
 ケーレスは、自分が、彼らふたりから用済みになりつつあることを、確信していた。
 
 
 
 ヨナス市からアーケイディア市に向かって街道を向かうと、中途に大小、幾つかの集落が形成されている。これらは遺跡技術ではなく、人的交流による運営が為されており、生活圏拡大案のテストケースとなっていた。
 テセウスたち一行は、その内の最大規模であるベータに寄宿することとなった。商人たちの宿場でもあるこの町には、小規模ながらマーケットも存在し、なかなかに栄えている。
    建設技術の限界から、それほど高層ではないが、狭い敷地に集積されたような形状となっており、渓谷を削って建設した景観は独特のものであった。
 ヨナス市では方舟教会の過激派は失脚したが、他の拠点ではその限りではない。そうした意味で、アーケイディア迄の経路が一度収束するこの町は、ヘスティアを襲撃するには格好のロケーションなのだった。
 「テセウスさん、実際のところ、暗殺者の腕の方はどの程度だったんですか?僕では手間取りますか?」
 ペルセウスが訊いてきた。
 自分が参考になるのだろうか……。
 デネブ市でのアレスとの闘いから、自らの身体能力が在り得ないほど向上していることを感じていた。筋力のみならず、耐久性や感覚も上がっており、イオの言う通りであることが身に染みてきていた。
 「オレの感覚では、ペルセウスであれば問題はないだろうと思うがな。だが、不意を突かれると危ない程度の腕前ではあった」
 「それならば、テセウスさん以外の三人は、固まって動いた方が良さそうですね」
 納得し、アストライアと打ち合わせに離れていった。
 ヘスティアは、微笑を浮かべたまま、テセウスの少し後ろを歩いている。
 この町の規模では、キャリア、ヘリントスのサイズでは車両レーンを走行できないのである。ヴィークルを出すことも考えたが、宿に置いてきた。この町には東と西に門が設けられており、その距離はそれほどでもない。ヴィークルで移動するまでもないのである。逆に、人混みに紛れられる徒歩の方が、都合が良かった。
 「ヘスティア、疲れてはいないか」
 「大丈夫ですよ、テセウス様」
 マーケットには、簡易通信機を求めに来ていた。
 ヘスティアのみ、インプラントを施術されておらず、いざという時の量子通信が頼れないのである。
 「そうそう、テセウス様。私にも素敵なブローチをプレゼントして下さいね。このままでは不公平ですよ」
 真っすぐな瞳で、テセウスに強請る。
 結局、テセウスに選択肢はなく、女性に弱いのだという事実のみが残された。
 
 
 
 ケーレスは走っていた。
 とにかく早く、アーケイディアに着かなければならなかった。
 告げなければならない。いや、隠れなければならない。確かめなければならない。いや、任務を遂げなければならない。
 千々に乱れた心で、ケーレスは走った。
 聞いてはならないことを聞いてしまった。識ってはならないことを識ってしまった。
 ケーレスは作られた能力者であった。
 テセウスという成功例を得るための、プロトタイプであった。
 ケーレスは、使い捨ての人形であった。
 テセウスという成功例を創るための、ただのモンキーモデルであった。
 胸を叩く鼓動を感じ、ケーレスは走った。
 夜の街道は不穏であったが、気にならなかった。
    手足に木々の枝で引っ掻き傷が出来るが、流れる血にも構わず走った。
 いつもは守ってくれる闇が、怖くてならなかった。
 ケーレスは、偽物なのだ。
 
 
 
 マーケットで仕入れた通信機は、思いの外、高性能であった。
    気を良くしたテセウスは強請られるままにヘスティアにブローチを購入し、アストライアとの間に小さな戦争を勃発させた。
 大いに飲み食いをし、リラックスして夜を過ごした。
 ここ最近、自分のコントロールを離れた事件が続いたので、皆も疲労が溜まっていたのかもしれない。ヘリントスの周囲に電磁結界を張ると、順を数えるでなく、全員寝入っていた。
 夜半、テセウスは胸騒ぎを覚えて飛び起きた。
 小さな気配がひとつ、その後ろに夥しい数の禍々しい気配が追っていた。小さい気配は弱々しく、探るようにヘリントスの結界に侵入しようとした。テセウスは瞬間、結界を解き、そして後続が侵入する前に張り直した。
 艇内に警報が鳴る。
 テセウスは急いで艇外に出ると、結界内の気配を辿り、その女を発見した。
    女は逆手に持った匕首をテセウスに向け、必死に威嚇したが、身体的な損傷が無理を許さず、崩れ落ちた。
    数人の追跡者が、結界内に入り込んだのを感じた。
 警告音に起こされた、アストライアとペルセウスが、追って現れる。
 配置として、ヘスティアには艇内の保安を任せてある。ハードポイントに設置した武装のコントロールも彼女の担当である。
 アストライアはテセウスを見ると、状況の確認をした。
 「どういうことなの?その女は……」
 「多分、デネブ迄の移動で後をつけていた者だと思う。来訪理由を訊ねようとしたら威嚇して来たので、この状態だ」
 と、女に向けて手で示し、崩れ落ちたままの女の匕首を取り上げた。
 
 ———ヘスティア、この女の保護を頼む。オレたちはお客さんの相手をする。
 
 昇降階段の近くに女の身体を移し、テセウスは二刀を抜いた。
 深夜の濃い闇に、刃は月の明かりを映した。
 「アストライア、武器の破壊から身柄確保!!出来る限り死なせるな。ヘスティアを狙わないということは、コイツらは別口だ。情報を得る必要がある」
    と、剣の腹で相手をふたり殴り飛ばし、
 「ペルセウス、ヘスティアが艇内に戻るまで、なんとしても護れ!!間に合わないならば斬って構わん」
 向かってくるひとりを蹴り砕く。膝を割られた男はそのまま地に転がり、その頭をテセウスに蹴り上げられた。
 テセウスの剣がぬらりと輝きのつやを増し、眼光は周囲を睥睨して、隙が無かった。
 人数は20数名———。このメンバーなら敗北はない。ミスだけ気をつければ、問題ないのだが、ヘスティアに任せた女が、何故、ヘリントスを目指したのかが不明で、若干の不安がある。
 ヘスティアが艇内に戻ったのを確認したペルセウスが、防衛に加わった。
 
 ———その女だが、念の為に拘束しておいてくれ。自死の可能性がある。
 
 方舟教会の勢力に、もうひとつ、原理派が居ることを忘れてはいなかった。そして、それがイオを警戒させる相手であることも……。
 彼らは明らかに、イオとテセウスに興味を抱いていた。アレスもその一派であると考えている。
    アレスの能力を思い出すと、人工的な匂いを感じた。先程の女にしてもそうである。
    類推するに材料は少ないが、能力の開発にこそ、原理派の目的がありそうな気配がするのである。そして、そういった集団が不要になった持ち物を廃棄する手段を持っていない訳がない。テセウスは自死暗示を疑っていた。
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