No One's Glory -もうひとりの物語-

はっくまん2XL

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第2章

4 ふたつの特異点

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 行政府の周辺は流石に兵が多く配置されており、両陣営で睨み合いになっていた。
アストライアは、その両陣営の中央を緩衝地帯と認識し、大胆に武装を手にしないまま歩み寄った。そして行政府陣営に近寄ると、容赦なくヘルメスに拳を放った。
 「何をしている、ヘルメス!!貴様、市民の安全の前に、膿の絞り出しを優先したな」
    決めつけて、躱された拳を戻し際に裏拳としてヘルメスに叩き込み、今度は成功した。行政府陣営の兵が色めき立つが、ヘルメスが手で制止を示し、事なきを得た。
 「ねぇ、アストライア、君は味方しに来てくれたんじゃないの?ひょっとして、最強の刺客なのかな———」
 ヘルメスがぼやくが、アストライアは相手にしていない。
 そのまま教会陣営に切り込み、当たるを幸いと、殴り飛ばしていった。斬ってしまえば楽なのだが、それでは背景が見えない。この際、中央都市群の膿を抜き切りたいのは、実はアストライアも同様であった。ヘルメスに怒りを覚えたのは、優先順位を故意に間違えたからである。
 「我こそはと思うものは前に出よ!!遠慮は要らん!!この階層潜行師、アストライアがお相手仕るッ!!」
    大音声で一喝すると、向かってくるどころか、教会陣営の勢いは眼に見えて衰えた。誰もが一度は耳にしたことのある、高名な階層潜行師の名が出たことで、不利を悟ったのである。一騎当千と対峙できるほどの勇者はここには居なかった。
 「だらしがない……。その怯懦、この私が叩き直してくれよう」
 高速で移動する竜巻のように兵を巻き込み、アストライアは駆けた。
 算を乱した教会の高位導師たちは、兵を盾に逃げようとしたが、赦されなかった。
 偉そうにふんぞり返る者を中心に狙ったので、結果として、相手方の幹部を多く捕らえられたようだ。
 粗方の教会陣営の兵が退く中、ヘルメスが都市の閉鎖を指示する。
 負傷者は居なかった。本格的な衝突には至っていなかったらしい。末端の兵士たちにしてみれば、同僚に切っ先を向ける行為である。心に逆らうものがあったのだろう。引け腰と言われても衝突を避けていたのだそうだ。
 味方の隊長が、相手方の隊長格を数名召喚し、命令ではなく、真に思想から同調していた者を、兵士レベルも含み抽出し、隔離する。職務で同行していただけのものは、厳重注意の上で原隊復帰させ、治安維持に貢献させた。
 街中に侵食獣を引き込んだ馬鹿者が居たことを知った際には騒然としたが、テセウスが猛烈な殲滅戦を見せるに当たり、沈静化していった。ただし、その首謀者の扱いは確実に悪くなり、憎しみを一身に受けることとなった。
 当初、ヘルメスはこの功を以て、テセウスのアーテナイ元首への推薦を行うつもりであったが、現れたのがアストライアであったこと、侵食獣の駆逐というおつりがくるほどの戦果であったこと、クランの立ち上げと、思惑を外されたことに苛立ちを見せた。
 「テセウスはさぁ、僕のことをきっと嫌いなんだと思うよ、ホントに……。どうしてこう、思い通りに動いてくれないかなぁ」
 「好かれているとでも思っていたのか?お目出たいな」
 「アストライア、君、はっきり言い過ぎじゃないかな?」
 ヘルメスはずかずかと行政府の奥に戻り、アストライアは残された。現在では無理矢理従わされていた面々も治安維持に貢献している為、行政府の周辺は平穏になっている。
 潮時と見て、アストライアは、ヘルメスのクランホームへと移動を開始した。
 防御に優れたペルセウスが居るので、心配はしていないが、子供たちの顔を確認しないと落ち着かなかった。
 テセウスの取り零しを討伐しながら、ホームへの道を辿ると、ちらほらと住民が顔を出しはじめた。
 「アストライア様、ヘルメス様はご無事でしたか?」
 「侵食獣が徘徊ついていましたが、もう外に出ても大丈夫でしょうか……。息子をヘルメス様のクランに預けているのです」
 口々に状況を訊ねてくるので、代表を選出させ、連れて行くことにした。
 クランホームには大勢の子供たちが集められ、いつになく賑やかであった。
 「レナト、状況の説明を」
 「いや、副クラン長が戻っていますので、執務室へどうぞ。ケリュケイオンが皆様をお待ちしています。多分、ペルセウスも其方かと」
 案内されるままに、アストライアは執務室を目指した。
 彼女がここまで入るのは久し振りであるが、意外と憶えているものだ。
 ケリュケイオンが待つ執務室までの道程には、テセウスやペルセウスとの記憶が残っていた。アストライアは、逆風の中でも、変わらないものはあると信じたかった。
 
 
 
 「デイモス、して、其方の計画の進捗はいかがか」
 「タナトス、さて、其方の計画の進捗はいかがか」
 双子のように重なる声質に、聖堂の静謐が破られた。
 ベガの教会は、他の辺境三都市よりも、建造物としての規模が小さい。だが、信徒が熱狂的なことで有名である。それもそうであろう、ベガは初代教主が教えに辿り着いた場所とされているからである。巡礼の最終目的地でもある。
 「デイモス、アレスが滅ぼされた。やはりアレは侵食獣の紛い物であり、真なる人類ではなかった。おそらくは《特異点》こそが、我々が求める《真人類》であろう」
 「タナトス、真なる人類の進化過程が判明しない。アレス、ケーレスのレベルの者さえ、新たには見出だせていない。《特異点》がそうだと言うのであれば、まずはアレを調べなければ、我らは至れない」
 預言書を手に、デイモスが述べた。だが、彼もそれが現実的でないことは承知していた。護衛はイモータル、つまりもう一人の《特異点》である。ふたり纏めて無力化できる方法でも考えないことには、実現出来ない。
 「自由都市連合のシグルドはなんと言っておるのだ?」
 「彼方での実験は失敗に終わっている。魂を削りすぎて廃人と化したそうだ」
 「そうか———。都合のいい絶望を植えつけるのは、意外と難しいでな」
 恐ろしげなことを口にしながら、ふたりは敬虔そのものの姿勢で祈りを捧げる。会話の聴こえていない信徒たちは、流石とばかりに尊崇の念を新たにするが、次の言葉がすべてを裏切る。
 「では、また《戯曲家》の世話になるか」
 「アレのシナリオはなかなかどうして、結果が良い」
 「まずは何人か聖別しなくてはな。次なる《特異点》を産み落とすために———」
 ケーレスはまだベガに辿り着かない。
 
 
 
 テセウスが南東区の教会に辿り着くと、常にはなくヘスティアは迎えに出ていなかった。事態が事態なので当然ではあるが、若干の寂しさを感じ、すぐさまそれを禁じた。
 当たりをつけて真っすぐに聖堂へ向かうと、やはりそこにヘスティアは居り、真摯に祈っていた。
 「ヘスティア、ただいま帰った」
 「お帰りなさいませ、テセウス様」
 少しふらついたヘスティアを支え、テセウスは礼を言った。痩せたか?テセウスはそう感じ、不在の間の激務を思った。
 「導師、色々とご勘案下さり、ありがとうございました」
 姿勢と言葉を正して礼を言う。
 「いえ、私はやるべきことをしたまでです。民を導く立場にあるものが、民を食い物にするなど———」
 眼光鋭く、行政府の尖塔を睨みつける。
 そして、ふたりは俄かに変わった周辺の気配に、背を合わせた。
 「三下ではないな……。教会め、こんな者まで飼っていたか……」
 「———申し訳ありません」
 「ヘスティアの責任ではない。本分を忘れた愚か者のしたことだ。それよりも、導師からは本来の方舟教会の教えを、一度ご指導いただきたく……」
 中途半端に畏まって教えを乞うと、
 「珍しいですね、あんなに毛嫌いしていたのに」
 「他人には言えない事情がありまして、ねッ!!」
 吶喊して来た男を撫で切りにし、ふたりは個々に対応した。
 アストライアの、「口惜しいが、アレは私より数段強い」との言を信じたのだが、想像以上であった。
 どこにでも紛れ込めそうな風体の男たちが、十重二十重に向かって来るが、ヘスティアはものともしていなかった。流れる水のように淀みなく、時折急流となって相手を翻弄し、倒していた。その姿は舞を舞っているようで、戦闘というよりはやはり、いつもの彼女の説法なのだった。
 いずれも真っ当な素性の者ではあるまい。
 山と現れた殺人者をあしらっていると、北からレナトとペルセウスが増援に現れた。
 「もう、終わったぞ。レナトは何故?戦闘要員ではないだろう」
 「結界を張りに来たんだよ」
 「そういうことか、納得した」
 ペルセウスは手早く男たちを拘束し、ヘルメスに伝令を走らせた。その横でレナトは電磁結界発生装置を地面に等間隔に打ち込んでいる。
 テセウスはヘスティアを連れ、ヘルメスのクランホームに徒歩で移動した。
 隔絶された、ゆっくりとした時間が流れていた。
 安心には手に触れられる形があると知った。
 ヘスティアの手は、温かかった。
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