No One's Glory -もうひとりの物語-

はっくまん2XL

文字の大きさ
上 下
25 / 68
第2章

3 ヨナス市の反乱

しおりを挟む
 ヘパイストスはテセウスに、クランの設立を「中立に」行いたいのであれば、アーケイディアで手続することを勧めた。デネブ、ヨナスでは、テセウスの交友関係の色が強すぎるとのことである。それならばヨナス市でヘルメスのクランに加入する方がメリットは大きい。そうでないのであれば、石頭たちを説得して来いということである。
 間の悪いことに、ネレウスはアルタイルに既に移動を始めている頃であった。
 一行は選択を迫られた。
 アルタイルでネレウスに合意を得てアーケイディアに向かう段取りと、アーケイディアに向かい、副議長に手続きを依頼して、最後のサインだけアルタイルでネレウスに頼む段取りである。
 当初はアーケイディア行きを優先しようとしたテセウスであったが、これにはデュキスが反対した。護衛戦力の薄い状態で、ネレウスを辺境に放置するのは拙いとのことである。辺境への刺激を避けるために、ネレウスは最低限の兵力のみで向かうだろうとのこと。選択の余地はなかった。
 初めにまず、テセウスはアーケイディアにイオを派遣し、情報収集とネレウスの護衛を依頼した。道中に襲われては、一行がアルタイルで合流しようとしても遅い。
 「そう言えば爺ぃ、実際のところ、ヨナス市の代表はどっち側なンだ?」
 「こちら側なら、ヘルメスやおまえを置かんよ」
 その一言ですべてを物語っていた。元来、武装都市でもないのに、ヨナス市は戦力過多なのである。相当に元首は癖が強いのであろう。
 「貴様、それも知らんで、ヨナスをうろついていたのか……」
 アストライアに呆れられた。それには、テセウスとしては、少し傷つこうものだ。だが、それを表出させず、
 「政治や宗教からは距離を置いていたからな」
 平然と応え、テセウスはデュキスと今後の打ち合わせを行った。デネブからアルタイルへ向かうには、一度ヨナス市の近郊を通る。そこでヘルメスと打ち合わせを持って欲しいとのことである。また、デネブ認可の仮登録証を出すので、南東区教会の保護を急げとのことであった。
 ヘパイストスとデュキス曰く、ヘスティア導師は、政治家としても一流になれたであろうセンスで、ヨナス市及び教区導師上層部の腐敗を、見事に単独で暴いていたらしい。ヘルメスからは、その関係で数日、扱き使われるだろうから覚悟しろとのことである。どのような大掃除が行われるのか楽しみでもあるが、意外の方が勝った。
 「あの女が底意地悪いことは、自明ではないか」
 アストライアは言う。例によってペルセウスは苦笑である。
 イオがこの場に居ないことを少し寂しく思いながら、一行は、ヘパイストスの執務室を辞した。
 
 
 
 ヨナス市に向かうには、一か所険しい渓谷がある。往路でも侵食獣の熊と鹿の群れに遭遇した地点である。そこにヘルメスの伝令が待っていた。
 「アウグストゥス、なんでお前が来る……」
 酒を飲んで出来上がっている伝令を前に、テセウスは頭を抱え、アストライアは蹴りを繰り出した。
 「寒い中待ってりゃ、そりゃ、酒くらい飲むだろうよ!!蹴ることはないだろ、蹴るこたぁ!!」
 夕刻も近い。侵食獣の時間である。
 仕方なくという体で彼を艇内に招き入れた。
 「で、ヘルメスはなんて?」
 「いんや、別に何も」
 「アウグストゥス、ここに居るアストライアは、それはもう冗談が嫌いだ。真面目に話せ」
 彼は急激に素面に戻り、大きな身振りで否定した。
 「いや、アストライアを嗾けるのは反則だろう!!何もない、本当に伝言は無いんだ」
 アストライアが首筋に刃を立てる。
 「慎重に答えろよ?私の手が滑ってしまうかもしれない……」
 「だ、か、ら!!オレが来ること自体が伝言なんだって!!」
 つまりは、ヘルメスがテセウスに伝言を出したという事実だけが、この際、必要だったということか———。
 「なんだ、おまえしか暇人が居なかったのか」
 納得を見せると、アウグストゥスが顔面を紅潮させ、
 「暇な訳あるかいッ!!」
 怒るアウグストゥスの世話をペルセウスに任せ、テセウスとアストライアが状況を相談する。
 「事態は急ではない。伝言がないことが証左だ」
 「となると、威嚇だな」
 「私もそう思う……。性格の悪い女が動いたか———」
 これはヘスティア導師のことだろう。
 「あの女、さては代表を蹴落としたな」
 「穏やかじゃないな……」
 「ヘスティアが穏やかなのは、テセウスの前だけだ。眼が曇るにも程があるぞ」
 そう言い、ペルセウスが宥めていたアウグストゥスの首根っこを掴んだ。そしてそのまま持ち上げる。重量級の彼を持ち上げるとは———。
 「ヘスティアが動いたんだな?アパテーの婆ぁは失脚したか」
 「あ、あぁ、都市代表はヘルメスの御大将になった。前代表は、侵食獣の繁殖に資金を出していたことが明らかになって、収監されている。残りの取り巻きも同様だ」
 「その状況で、なんで貴様がここに来てまで、威嚇する必要がある」
 「知らねぇよ、そんなこたぁ!!」
 腕組みして、テセウスは長考した。森から侵食獣の気配がするが気にも留めない。ただひたすらにヘルメスの思考に潜って、求めている行動をトレースする。
 瞼が開き、皆が注目した。
 「正門から入れないようだな。おそらく警備兵団の一部かすべてが造反している。南東区は閉鎖、クランホームのある北東区についても、制圧されていると見た。ヘルメスは、オレたちが街に入れなくされているから、アウグストゥスを出したンだ」
 「して、それならどうする?」
 夜は更けてゆき、飢えた侵食獣の唸りが周囲を満たしはじめた。
 一行は、話し合いを中断すると、対処に時間を費やすことになった。
 街道沿いでも最も森に近いとは言え、毎回出現するのは明らかに異常である。
 まずはこの先にある、方舟教会の過激派の拠点を潰すことにして、今後のことは後回しとなった。
 
 
 
 ヘスティアはテセウスを待っていた。
 今後の心配を振り切るように、聖堂で祈っていた。
 ヨナス市にはいま、嵐が吹き荒れている。その原因は自分の告発文である。教会喜捨の隠匿と着服、市政への不当な干渉、そこに来て今回の侵食獣の繁殖実験である。それらをすべて、ヘスティアは導師ならば閲覧可能な一般会計情報から少しずつ暴いていった。
 ヘスティアは歳若いが、教会運営の中で議決権を所持している。また、そこには査察権も含まれる。彼女はそれを利用して多数派工作と証跡集めを行い、着実に地場を固めていった。金銭の流れはヒトの流れである。誰が侵食獣の研究に積極的に関与しているかは明らかであった。
 嵐になったのは、現職の都市代表が関わっていたことによる。
 代表で会ったアパテーは、商人を掌握するために教会の財力と情報を求めた。その対価として、教会は目溢しを要求し、それを認めた。その痕跡が帳簿と議事録上に、僅かながら、残されていたのである。
 ヘスティアはまず、ヘルメスのクランホームにテセウスとペルセウスの縁を辿って、子供たちを逃がした。そして、教区の信徒らに事情を説き、教会上層部の眼から、自身と関係者を隠した。
 そしていま、本人は教会に自浄能力の証明の為に戻って来た。
 これから、教会が教会で在り続けるために。
 人々の救いの場であるために———。
 いつかの、傷ついた戦士のような。
 
 
 
 侵食獣の討伐が終わると、集合して計画を検討した。
 進入路は西側の、農耕区の通用口を選択した。キャリアを通せる通路が、他には方角毎の門しか存在しない。ヘリントスのサイズからして、農耕区に隠すしかなかった。
 テセウスはハッチを開き、ヴィークルを搬出した。
 装備は非殺傷。軽装で出る。
 地下水路を辿り市街に侵入すると、街の灯が常よりも少ないことに気づく。
 一行は二手に分かれ、アストライアが行政府に向かうこととなった。その間、テセウスとペルセウスが中央広場から南のエリアを制圧する。その後はテセウスが南東区教会の安全確保を行い、ペルセウスが北東区のクランホームを後方拠点として抑える。
 最大戦力のイオは不在だが、このメンバーで敗北は想像できず、テセウスは散歩にでも行くような気分で南東区へ向かった。
 
 ———ヤツら、開き直ったか。
 
 街路には侵食獣の姿も散見された。制御が可能になったとは考えられないので、市民を恫喝するために、ただ放ったのだ……。
 テセウスは可能な限り目立つように振る舞い、そして侵食獣の眼を惹くと、それらを各個撃破していった。既に新装備のタイミングは掴んでいることから、殲滅速度は圧倒的であった。
路面に転がった侵食獣の亡骸を蹴り飛ばして、路肩に集めながら、テセウスは冷たく今後の展開を読もうとしていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

シーフードミックス

黒はんぺん
SF
ある日あたしはロブスターそっくりの宇宙人と出会いました。出会ったその日にハンバーガーショップで話し込んでしまいました。 以前からあたしに憑依する何者かがいたけれど、それは宇宙人さんとは無関係らしい。でも、その何者かさんはあたしに警告するために、とうとうあたしの内宇宙に乗り込んできたの。 ちょっとびっくりだけど、あたしの内宇宙には天の川銀河やアンドロメダ銀河があります。よかったら見物してってね。 内なる宇宙にもあたしの住むご町内にも、未知の生命体があふれてる。遭遇の日々ですね。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

【BIO DEFENSE】 ~終わった世界に作られる都市~

こばん
SF
世界は唐突に終わりを告げる。それはある日突然現れて、平和な日常を過ごす人々に襲い掛かった。それは醜悪な様相に異臭を放ちながら、かつての日常に我が物顔で居座った。 人から人に感染し、感染した人はまだ感染していない人に襲い掛かり、恐るべき加速度で被害は広がって行く。 それに対抗する術は、今は無い。 平和な日常があっという間に非日常の世界に変わり、残った人々は集い、四国でいくつかの都市を形成して反攻の糸口と感染のルーツを探る。 しかしそれに対してか感染者も進化して困難な状況に拍車をかけてくる。 さらにそんな状態のなかでも、権益を求め人の足元をすくうため画策する者、理性をなくし欲望のままに動く者、この状況を利用すらして己の利益のみを求めて動く者らが牙をむき出しにしていきパニックは混迷を極める。 普通の高校生であったカナタもパニックに巻き込まれ、都市の一つに避難した。その都市の守備隊に仲間達と共に入り、第十一番隊として活動していく。様々な人と出会い、別れを繰り返しながら、感染者や都市外の略奪者などと戦い、都市同士の思惑に巻き込まれたりしながら日々を過ごしていた。 そして、やがて一つの真実に辿り着く。 それは大きな選択を迫られるものだった。 bio defence ※物語に出て来るすべての人名及び地名などの固有名詞はすべてフィクションです。作者の頭の中だけに存在するものであり、特定の人物や場所に対して何らかの意味合いを持たせたものではありません。

【本格ハードSF】人類は孤独ではなかった――タイタン探査が明らかにした新たな知性との邂逅

シャーロット
SF
土星の謎めいた衛星タイタン。その氷と液体メタンに覆われた湖の底で、独自の知性体「エリディアン」が進化を遂げていた。透き通った体を持つ彼らは、精緻な振動を通じてコミュニケーションを取り、環境を形作ることで「共鳴」という文化を育んできた。しかし、その平穏な世界に、人類の探査機が到着したことで大きな転機が訪れる。 探査機が発するリズミカルな振動はエリディアンたちの関心を引き、慎重なやり取りが始まる。これが、異なる文明同士の架け橋となる最初の一歩だった。「エンデュランスII号」の探査チームはエリディアンの振動信号を解読し、応答を送り返すことで対話を試みる。エリディアンたちは興味を抱きつつも警戒を続けながら、人類との画期的な知識交換を進める。 その後、人類は振動を光のパターンに変換できる「光の道具」をエリディアンに提供する。この装置は、彼らのコミュニケーション方法を再定義し、文化の可能性を飛躍的に拡大させるものだった。エリディアンたちはこの道具を受け入れ、新たな形でネットワークを調和させながら、光と振動の新しい次元を発見していく。 エリディアンがこうした革新を適応し、統合していく中で、人類はその変化を見守り、知識の共有がもたらす可能性の大きさに驚嘆する。同時に、彼らが自然現象を調和させる能力、たとえばタイタン地震を振動によって抑える力は、人類の理解を超えた生物学的・文化的な深みを示している。 この「ファーストコンタクト」の物語は、共存や進化、そして異なる知性体がもたらす無限の可能性を探るものだ。光と振動の共鳴が、2つの文明が未知へ挑む新たな時代の幕開けを象徴し、互いの好奇心と尊敬、希望に満ちた未来を切り開いていく。 -- プロモーション用の動画を作成しました。 オリジナルの画像をオリジナルの音楽で紹介しています。 https://www.youtube.com/watch?v=G_FW_nUXZiQ

入れ替わった恋人

廣瀬純一
ファンタジー
大学生の恋人同士の入れ替わりの話

タイムワープ艦隊2024

山本 双六
SF
太平洋を横断する日本機動部隊。この日本があるのは、大東亜(太平洋)戦争に勝利したことである。そんな日本が勝った理由は、ある機動部隊が来たことであるらしい。人呼んで「神の機動部隊」である。 この世界では、太平洋戦争で日本が勝った世界戦で書いています。(毎回、太平洋戦争系が日本ばかり勝っ世界線ですいません)逆ファイナルカウントダウンと考えてもらえればいいかと思います。只今、続編も同時並行で書いています!お楽しみに!

体内内蔵スマホ

廣瀬純一
SF
体に内蔵されたスマホのチップのバグで男女の体が入れ替わる話

処理中です...