No One's Glory -もうひとりの物語-

はっくまん2XL

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第2章

2 畏れ

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 きっと彼女には、特別なセンサーが搭載されているに違いない。
 街に出てすぐに、アストライアはテセウスを捕獲した。その背後で、ペルセウスが苦笑し、会釈してきた。きっと彼は止めたのだろう。まったく以て苦労性である。
 アストライアは、何かを予感したか、テセウスから離れない。イオに視線を送ると、ペルセウスと共に首を振るばかりで、何の役にも立たない。好きにさせろと言うことだろう。終いには、ふたりから距離を置くようになった。
 「———クランを立ち上げるか」
 考えるでなしに、ふと漏らした言葉だった。だが、妙に心情に嵌った。他人だと思うから、巻き込むのが怖いのである。ならば、はじめから身内にしてしまえばいい。
 「やっとですか……」
 ペルセウスが特大の溜息を吐いた。
 アストライアはそれ見たことかと見得を切り、イオはイオで、「クランになったら家族だから、私の呼び名はイオでいいからね」などと話している。
 「で、これがヘスティア導師からの委任状です」
 訳の分からないものまで出て来た。何故、導師から委任状?
 封を解いて読みはじめると、テセウスの表情は抜け落ちた。教会支部が、本部を裏切って独立しても大丈夫なのだろうか。ヨナス市南東区の教区での不正行為についての告発と、孤児院の運営、ヘスティア導師の身柄の委任状であった。
 「ペルセウス、内容は?」
 「まぁ、概ね。素敵なラブレターでしょう。いや、プロポーズかな」
 横から手が出て来て、データキューブを引っ手繰られた。その手が震えている。アストライアは、自分のモノリスにデータキューブをセットし、読もうとしたがエラーとなった。当然である。宛先指定であるから他者は閲覧できない。当然、証明書が無ければ開封さえできない。
 「テセウスの証明書を寄越せ。署名付きでな」
 「誰が渡すか、阿呆」
 アストライアの表情が、危険域に入って来ていた。
 「テセウスさん、素直に見せておいた方がいいですよ。———後で当人ふたりに挟まれて修羅場になっても、僕は助けませんよ」
 と、ペルセウスは戦力外宣言をしてきた。
 「コピーを渡すから、データキューブを返せ」
 見ると、顔を白黒させながらアストライアは委任状と添付の手紙を読み進め、徐にテセウスの後頭部をモノリスの筐体で振り抜いた。
 「ペルセウス、ヘスティア導師に、ご自身の身柄以外は引き受けたとお伝えしてくれ」
 「いやだなぁ、テセウスさん。———教会から離反したら、真っ先に狙われるのは誰でしょう?しっかり護って差し上げてくださいね」
 テセウスには、ペルセウスの横面を張り飛ばす権利くらいはあったかもしれない。
 
 
 
 ケーレスは畏れていた。
 あの者、アレスは破格であった。だが、そうであっても、テセウスと夜の王には、手も足も出なかった。異能らしき力を行使してないにも拘わらず、である。
 存在には気づかれてしまっている。逃げなければならない———。
 タナトス師は気取られないようにと、特に指示していたのに、甘く見ていた自分の責任である。せめて、情報を持ち帰らなければならない。
 急激に膨れ上がった力量は、いったい何だったのだろうか……。
 アレスや自身のように、特化した歪さは無かった。極自然に佇み、力を行使していた。あれは、自分たちよりもイモータルに近い……。
 詳しくは訊いていない。ただ、与えられていた情報は、アレスを餌に、テセウスを成長させる算段であることだけだった。そしてそれは果たされた。
 だが、ケーレスは思うのだ。
 ———コントロール可能か?アレが……。
 不信を抱きたくないが、タナトス師の手に余るのではないかと、ケーレスはその可能性に身震いした。テセウスは、周囲との関係も悪くはない。利用しようとしても、敵対されるだけではないか———。
 彼女が去った路地の暗がりを、イオが黙って見詰めていた。
 
 
 
 加藤には両親、兄弟はおろか、その他の係累もない。
 祖父だと信じていた者も、赤の他人であることが後年判っている。
 だからこそ、家族という存在に対する期待と恐怖は、過度に大きかった。
 拾われた経緯は、今になっても判らない。そもそも家族が居ない理由が判らない。無いない尽くしで、イメージが湧かないまま、少年期を勉学に費やした。祖父にはその点で非常に感謝している。学資だけでなく、学習の方法についても指導してくれた。
 ただし、彼は孤独な人間であったので、家族関係についてだけは不器用であった。言葉少ななその態度を見て育った加藤は、武人のような硬質さこそ似なかったが、概ね似通った人間になってしまった。
 由紀子は、そうした加藤のコンプレックスを気にして、黙っていたのであろうか……。傷ついたとは思う。藤堂とは良い関係を築けていたと思っていたからだ。だからこそ突然の退職にも驚き、実際、寂しく思ったものだ。
 他者とのコミュニケーションが数式や論文でしかなかった加藤にとって、恋愛感情は未知の領域であり、由紀子はそれを苦にせず距離を詰めてくれた。だが、他の人間のそれはどうあっても理解できず、柏木にも失礼を働いてしまった。
 産まれてくるはずだった子が居たなら、どうであったか……。
 自分の鈍感さが生んだ悲劇を目の当たりにしながら、可能性の世界に逃げ込みながら、加藤は不甲斐無さに泣いた。つまりは、由紀子は自分がこうなることを予期していたのであろう。だが、この脆さの原因が、由紀子への執着であることは、彼女には気づけなかったか……。
 ———助かってくれ。
 加藤は、生まれて初めて、人知の及ばない存在に祈った。前回は、祈りは既に、手遅れであったのだった。
 
 
 
 アーケイディアでは、ネレウスが旅の支度をはじめていた。デネブからの続報により、都市が防衛されたことを知った評議会から、アルタイルへの旅を認められたのである。……窮屈なことだ。ネレウスは顎髭を扱きながら、今後の展開を考察した。
 まず確認しなければならないのは、辺境地域の思想汚染の具合の確認であろう。一部の暴走とは言えないくらいには、今回の方舟教会の動向は不穏である。中央都市群に仕掛けているということは、本拠は辺境三都市のいずれかにある可能性が高いが、デネブが狙われたことで、可能性は二都市に絞られたと見ている。
 また、デネブ襲撃の真相を訊き出さねばならぬ。巧妙に隠されてはいるが、報告書にはその存在が示唆されていた。一部の不心得者から漏れることを嫌い、デュキスがそのように隠蔽したのであろう。対峙したのはおそらくテセウス———。
 ———遂に仇を討てたか……。
 アストライアとの縁談についても、テセウスは逃げるであろうし、アルタイルで合流したら、その点を詰めねばなるまい。この点については、アストライアに期待する方が悪いのである。人には向き不向きがある。
 「議長、生活圏拡大案、辺境三都市の元首が認めますでしょうか」
 「うむ、難しかろうな……。ヘパイストスは協力的だが、他の都市は、防衛権益の減退に警戒心を覗かせておる」
 「言語統合の前、先人が何をしてしまったのか———。言ってもキリがないがの」
 副議長に後事を任せ、予定通り、ネレウスはアルタイルへと向かった。
 不心得者を炙り出す準備は怠らなかったが、不測の事態で盤面が覆る可能性も否めない。使える駒の足りなさに、一気に歳を重ねたような疲れが襲って来た。
    採掘師などをしている後継者候補に、若干の苛立ちも感じようものである。
 
 
 
 生活圏拡大案とは、辺境域で自由都市連合に接していない方角に向かって、調査と都市建設を行おうという、至って平凡な着想の計画である。だが、前提条件に若干の苦悩が窺える。これまでの方針としては、遺跡の生産力を礎に、生産の持ち合いを行い、生活圏を維持するというものであった。だが、これでは、遺跡の生産施設に不具合が発生した場合、忽ち不均衡が発生してしまい、文明維持が難しくなる。また、遺跡のキャパシティーまでしか人口を増やし、支えることが出来ない。この計画では、その遺跡頼りの部分の是正が謳われていた。
 大都市間に設けられた集落の運営をノウハウに、開拓を行おうというのである。

 人類が人間という呼称を避け、アバターと嘯くようになって久しい。方舟教会の教典にも、魂と肉体の関係として、仮初のものと定義されている。遺跡出土の高次技術の恩恵に甘え、生命としての主体性を棄て、ヒトはヒトらしくあることを諦めるようになっている。生活を営むのではなく演じているのだと、ネレウスは感じていた。
    そして、それはこの世界に限っては、ある面で真実を示していたが、それについて気づいているのは極限られたイレギュラーだけであった。
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