No One's Glory -もうひとりの物語-

はっくまん2XL

文字の大きさ
上 下
21 / 68
第1章

20 不完全に終わった仇討ちと、終わらない日常

しおりを挟む
 諦め切った表情で、アレスはそれでも抵抗した。
 それは、元武人としての誇りであったかもしれない。
 まだ死んでいない眼でテセウスを眼光強く睨み、傷ついた腕で、手で剣を握り直す。
 「アーテナイではあんなに甘っちょろいひ弱なガキだったのに、随分と成長したな……。本来なら我が喰ってやると喜び勇んでいたのだろうが、この体たらくでは無理であろうな……。ん?———喰う……。そうか、さてはおまえも喰ったな。初めは、我が喰った女の残り滓か———」
 イオはしまったと、アレスの首を落としに向かおうとしたが遅かった。瞬間移動の様な速度で、テセウスがアレスの首根を掴み、吊り上げたのである。
 アレスは嬉しそうに嘲りながら、
 「そうか……、純粋に武で敗けたのであれば、自らの修練に疑義が生じるところであったのだが、おまえも喰ったのであれば、納得も行くというもの。どれだけ喰った?これほどの差だ、さぞかし貪ったことだろう……。おまえとオレに在ったのは天賦の才の差に過ぎん」
 テセウスは聴いていなかった……。喰った?オレが?パイドラーの腕を?!!
 確かに放浪後、葬った記憶がなく、墓に遺体も入れてやれなかったと苦しんだ。それが———、喰っただと?!!
 アレスを吊り上げていた拘束が緩み、煩わしくなり放り棄てた。
 そしてテセウスは、そのまま地にへたり込んだ。
 手から二刀は地に落ち、長い時間をかけて刻んだアレスの血肉に沈んだ。
 アレスは闘気を漲らせ、全身の細かな傷を治癒した。
 そして、自分を見ていない、いや、世界を映していない瞳の男に蔑みの視線を落とすと、剣を再度構えた。
 「こんな脆弱な魂にやられていたのか……。いま始末するか、それとも修練後に再度喰いに来るか……。如何にしたものか」
 ———それは、都合が良過ぎじゃないかな?
 「……あ」
 風に乗ってイオの声がアレスの鼓膜を揺らし、次の瞬間にはその首は血を弾んでいた。無造作にそれを蹴り飛ばし、丁寧にテセウスの剣を拾い、拭ってから鞘に納めた。
 アレスの辞世の句は、間の抜けたことに「あ」になってしまったが、余計な手間を掛けてくれた塵芥にはちょうどいいと、イオは鼻で笑った。
 テセウスの手を引くと抵抗無く着いてくるが、傷ついた魂は、より加藤の色を濃くしていた。イオはテセウスの身体を軽く抱きしめ、そしてヘリントスの乗務員室へと運んで行くのであった。
 残された骸には、決闘後にあって然るべき誇りも敬意も存在しなかった。
 ただ、最後に卑怯者に堕した男の残骸が風に吹かれていた。
 
 
 
 ペルセウスは訝しんだ。
 侵食獣の圧力が、急に弱まったのである。
 近いボス級を何体か斬り飛ばし、進路上の邪魔な侵食獣を突き崩した。
 ———行ける。
 そのまま、ペルセウスはアストライアの持ち場へと向かった。
 森には喧騒が満ちていたが、やはり次第に落ち着きを増していった。
 山を越えたのだろうか?いや、アーテナイの滅びの日はこんなものではなかったという。終了とは考えられなかった。
 死体と木の根で走りにくい森の中をものの数分で踏破し、ペルセウスはアストライアの持ち場まで辿り着いた。案の定、彼女は指定の場所よりも前線に近いところに居たが、指揮を放棄しない分別はあった。副官から止められなければ吶喊していた可能性も無きにしも非ずだが、それは後日デュキスに扱かれることになるので、別の話である。
 大切なのは合流できた事実であった。
 
 
 
 アストライアとペルセウスが戻った時、テセウスはイオの看病を受けて寝たままだった。着替えもせず、血塗れのまま、ベッドに横たわっている。その腕は何かを抱きしめるように空を掻き、ここに居る面々は、それが何であるかを知っていた。
 「夜の王、テセウスに何があったの?貴方が居て危ないことがあったとは思い難いのだけれど……」
 「うん、危ないことはなかったんだ。そのまま斬り伏せてお終い。そんな簡単な戦闘だった……。だけどね、死ぬ間際に相手が、一言、余計なことをテセウスに言ってしまってね———」
 「それって、訊いてもよろしい内容でしょうか」
 遠慮を見せながら、ペルセウスはイオに訊ねた。良くない予感に捕らわれているのは明らかだった。
 「それがね、私の口からは伝えられないんだよね。多分、それをしたらテセウスは、私を絶対に赦さない……」
 「そうですか……」
 「言えるのは、盛大にテセウスのトラウマを刺激してくれたことだね。テセウスの魂が、より薄くなってしまった……」
 イオは両手でテセウスの空を掻く手を包み、胸元へ引き寄せた。
 思えば、あの陽炎の様な結界を、アストライアとペルセウスの前では展開しなくなっていた。異なった存在でも、誠意を持って時間を掛ければ解り合える。
 だから、テセウスにも、自分たちが傍に居るのだと、思い出して欲しかった。
 「目覚めてからのテセウスが、態度が常と異なっても、責めてはいけないよ?特にアストライア嬢。テセウスは一度、アーテナイの滅びの日に亡くなっているんだ……。いま生きていることですら奇跡なんだよ」
 「私だって、追い詰めたくてしているのではありません!!」
 「そうは言ってもね、テセウスはもう、現世に執着出来ない体質になってしまっているのさ。魂という、ヒトの行動を促すシステムに問題が起きているんだ。決断して、動く、それがいまのテセウスには何よりも難しいんだ———」
 如何なイオとて、疲労で眠っているテセウスを無理矢理起こそうとは思わない。当面、このまま寝かせておくこととした。ただし、問題があるとすれば、アレスとの戦闘の報告を誰がするかというところだろう。
 結局、本人が起きてから考えようと、問題を先送りした。
 イオは、テセウスの切り札でいないといけない———。
 変質してしまったテセウスを、アバター社会は許さないかもしれない。侵食獣とも非常に近しい存在になっているのである。下手な医者に診せられでもしたら、排除される可能性もあった。
 ヘリントスの侵入防御システムを、街中とは思えない「攻性」にセットし、アストライアとペルセウスは報告の為に出て行った。
 残されたイオは、言葉を掛けた。
 「起きていいよ、カトウ……」
 「はじめまして、夜の王。ご存じでしょうが、加藤智行と申します———」
 こうして違う世界のふたりは邂逅したのであった。
 テセウスの抜け殻を借りて———。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

シーフードミックス

黒はんぺん
SF
ある日あたしはロブスターそっくりの宇宙人と出会いました。出会ったその日にハンバーガーショップで話し込んでしまいました。 以前からあたしに憑依する何者かがいたけれど、それは宇宙人さんとは無関係らしい。でも、その何者かさんはあたしに警告するために、とうとうあたしの内宇宙に乗り込んできたの。 ちょっとびっくりだけど、あたしの内宇宙には天の川銀河やアンドロメダ銀河があります。よかったら見物してってね。 内なる宇宙にもあたしの住むご町内にも、未知の生命体があふれてる。遭遇の日々ですね。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

【BIO DEFENSE】 ~終わった世界に作られる都市~

こばん
SF
世界は唐突に終わりを告げる。それはある日突然現れて、平和な日常を過ごす人々に襲い掛かった。それは醜悪な様相に異臭を放ちながら、かつての日常に我が物顔で居座った。 人から人に感染し、感染した人はまだ感染していない人に襲い掛かり、恐るべき加速度で被害は広がって行く。 それに対抗する術は、今は無い。 平和な日常があっという間に非日常の世界に変わり、残った人々は集い、四国でいくつかの都市を形成して反攻の糸口と感染のルーツを探る。 しかしそれに対してか感染者も進化して困難な状況に拍車をかけてくる。 さらにそんな状態のなかでも、権益を求め人の足元をすくうため画策する者、理性をなくし欲望のままに動く者、この状況を利用すらして己の利益のみを求めて動く者らが牙をむき出しにしていきパニックは混迷を極める。 普通の高校生であったカナタもパニックに巻き込まれ、都市の一つに避難した。その都市の守備隊に仲間達と共に入り、第十一番隊として活動していく。様々な人と出会い、別れを繰り返しながら、感染者や都市外の略奪者などと戦い、都市同士の思惑に巻き込まれたりしながら日々を過ごしていた。 そして、やがて一つの真実に辿り着く。 それは大きな選択を迫られるものだった。 bio defence ※物語に出て来るすべての人名及び地名などの固有名詞はすべてフィクションです。作者の頭の中だけに存在するものであり、特定の人物や場所に対して何らかの意味合いを持たせたものではありません。

【本格ハードSF】人類は孤独ではなかった――タイタン探査が明らかにした新たな知性との邂逅

シャーロット
SF
土星の謎めいた衛星タイタン。その氷と液体メタンに覆われた湖の底で、独自の知性体「エリディアン」が進化を遂げていた。透き通った体を持つ彼らは、精緻な振動を通じてコミュニケーションを取り、環境を形作ることで「共鳴」という文化を育んできた。しかし、その平穏な世界に、人類の探査機が到着したことで大きな転機が訪れる。 探査機が発するリズミカルな振動はエリディアンたちの関心を引き、慎重なやり取りが始まる。これが、異なる文明同士の架け橋となる最初の一歩だった。「エンデュランスII号」の探査チームはエリディアンの振動信号を解読し、応答を送り返すことで対話を試みる。エリディアンたちは興味を抱きつつも警戒を続けながら、人類との画期的な知識交換を進める。 その後、人類は振動を光のパターンに変換できる「光の道具」をエリディアンに提供する。この装置は、彼らのコミュニケーション方法を再定義し、文化の可能性を飛躍的に拡大させるものだった。エリディアンたちはこの道具を受け入れ、新たな形でネットワークを調和させながら、光と振動の新しい次元を発見していく。 エリディアンがこうした革新を適応し、統合していく中で、人類はその変化を見守り、知識の共有がもたらす可能性の大きさに驚嘆する。同時に、彼らが自然現象を調和させる能力、たとえばタイタン地震を振動によって抑える力は、人類の理解を超えた生物学的・文化的な深みを示している。 この「ファーストコンタクト」の物語は、共存や進化、そして異なる知性体がもたらす無限の可能性を探るものだ。光と振動の共鳴が、2つの文明が未知へ挑む新たな時代の幕開けを象徴し、互いの好奇心と尊敬、希望に満ちた未来を切り開いていく。 -- プロモーション用の動画を作成しました。 オリジナルの画像をオリジナルの音楽で紹介しています。 https://www.youtube.com/watch?v=G_FW_nUXZiQ

入れ替わった恋人

廣瀬純一
ファンタジー
大学生の恋人同士の入れ替わりの話

タイムワープ艦隊2024

山本 双六
SF
太平洋を横断する日本機動部隊。この日本があるのは、大東亜(太平洋)戦争に勝利したことである。そんな日本が勝った理由は、ある機動部隊が来たことであるらしい。人呼んで「神の機動部隊」である。 この世界では、太平洋戦争で日本が勝った世界戦で書いています。(毎回、太平洋戦争系が日本ばかり勝っ世界線ですいません)逆ファイナルカウントダウンと考えてもらえればいいかと思います。只今、続編も同時並行で書いています!お楽しみに!

体内内蔵スマホ

廣瀬純一
SF
体に内蔵されたスマホのチップのバグで男女の体が入れ替わる話

処理中です...