No One's Glory -もうひとりの物語-

はっくまん2XL

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第1章

18 怒り

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 持ち帰った宝の数々にヘパイストスは喜んだが、その後の侵食獣の実験施設の話題に移ると、厳つい顔をより強面にし、大きな掌が打ったデスクの天板が歪みそうだった。
 「あの強欲坊主どもがッ!!して、捕らえた者はどこに?」
 ヘルメスの生臭坊主に、今度は強欲坊主と来た。方舟教会の高位導師たちの評価は暴落する一方である。当然と言えば当然ではあるが……。
 「駐屯地の、地下収監所に放り込んである」
 「儂自ら、締め上げてくれるッ!!」
 どうせ止めても聞かないとばかりに思考を放棄し、お好きにどうぞと掌を上に向けて差し出した。それよりも気になるのは、
 「爺ぃ、監視は怠るなよ。放置すると消されるぞ、知識の内容的に」
 「解っておるわ。で、施設の保存はどのようにして来た」
 「簡易結界しか張れないからな、堀と土壁を盛って対策してきた。しかしあれだ、計画ではペルセウスはお留守番だっただろ?なんでこっちに回した。都市を狙われたら、アーテナイの二の舞だぞ」
 いつになく厳しい表情で、テセウスが詰る。
 過去がフラッシュバックするのだろう。
 「デュキスが帰って来たのでな。アレに任せた」
 「あぁ、あの生真面目な隊長さんか……。苦手なんだよなぁ、あの人……」
 と、扉が開き、
 「苦手とはお言葉ですな、テセウス卿。一言多い、姿勢がだらしない、もっと人間として襟を正しなさい。お父上が泣きますよ」
 眼を押さえて天を仰ぎ、
 「アストライアに続き、デュキス卿まで……。もう逃げていいかな」
 本当に踵を返すと、デュキスを避けるように大回りして、執務室からの脱出を目論んだ。報告すべきことも終わったことだし、ここに残留する意味がない。が、
 「逃げずともよいでしょう、テセウス卿。練武場にいきますよ。アストライア、貴方も着いて来なさい。鈍っていないか確認して差し上げます」
 あのアストライアもビクッと身体を強張らせ、ペルセウスに助けを求める。
 ペルセウスは首を横に振り、
 「師匠、いつ都市同盟にお戻りに?予定ではまだ先だったかと」
 訝しみの表情で、ペルセウスは師匠であるデュキスに訊ねた。デュキスは自由都市連合に外交武官として出向していたのである。因みに、彼はアストライアの伯父である。であるから、生活圏が異なるにも拘らず、ペルセウスはアストライアの幼馴染だったのである。
 このふたりを育てただけに実力は本物で、防衛戦ならば、テセウスでも破れる自信がない。徹底して、手際も性格も「硬い」のである。
 結果、三人は練武場で空を見上げることとなった。
 テセウスには、姪のことを放置する不埒者と余計に激しく当たられ、徹底的に扱かれた。腕前では得意に攻守の差はあれど同等としても、心理的に抑圧されていれば、勝ちなど見えないものなのである。
 
 
 
 「テセウス、ヘスティア導師のことはどうするのだ?」
 出し抜けにアストライアがテセウスに訊ねた。意味が解らない。どうする、とは?
 「意味が解らん。もう少し、伝える努力をしてくれ」
 「———おそらく、これから教会は荒れるだろう。市民の当たりも厳しくなるかもしれない。その時に、貴様はどのような立場で彼女を護るのかと訊いている」
 一瞬言葉に詰まり、けれど気を取り直して答えた。
 「何も———。オレは他人だ。面倒を見る筋合いはない。ペルセウスが上手くやるさ」
 「いいんだな、それで」
 アストライアにしては、やけにしつこい。生活態度や鍛錬に関することを除き、比較的にサッパリとしている性格の彼女にしては、深く踏み込み過ぎだった。そのせいで、余計に気持ちに逆らうものがある。
 「いいもなにも、オレは護ってくれと頼まれてもいない。あそこはペルセウスの家だ。オレが出る幕ではないさ」
 と言うと、
 「なら決まりだな。いまこの瞬間から、貴様は私の婚約者となる。異論は認めん。詳細は伯父上から聞け」
 一瞬の硬直の後に、上半身を起こして眼を瞠るが、もうアストライアは埃を払って練武場を出るところだった。ペルセウスを見るが、首を振っている。頼みの綱は、頼りたくないがデュキスだけである。
 「デュキス卿、なにやらお宅の姪御さんが血迷われたようで……」
 「血迷っても気の迷いでもない。テセウス卿、其方は、アストライアを結婚せねばならない。これは決定だ」
 「それまた、なんで?!!」
 「アーテナイの調査隊が、都市機能回復の目途が立ったと報告して来た。其方は、アーテナイを復興、再建せねばならん。残された無傷の最上位者は其方だが、その場合、アーケイディアからの婚姻政策を受け入れねばならない。つまりがウチの姪だ。質問は?」
 常は硬質な雰囲気を醸し出しているデュキスが、少し柔らかな、揶揄うような気配を見せながら覚悟を問う。
 「———お断りです。オレはアーテナイの再建なんて知らないし、未来のあるアストライアを犠牲にする気もない」
 「姪も不憫よな……。其方には逃げ道があったのだぞ。ヨナス市に市民権を求めるというな。それを放棄しておいて、我儘を言えると思うか?」
 何に腹が立つのかわからないまま、胃が煮えるのを感じた。
 テセウスは感情のままに咆哮し、足早にその場を去った。
 もう、何がどうなろうと、どうでもよかった。
 
 
 
 加藤が目覚めると、そこには温かいコーヒーが置かれていた。
 研究所のソファベッドに横になり、そのまま荒野の世界に行ってしまっていたらしい。
 「これは、誰が?」
 独り言ちると、
 「私よ。貴方の好みは忘れていないから、不味くはないと思うわよ」
 由紀子だった。
 「本当に突然に眠ってしまうのね。あれではただの気絶だわ」
 「あぁ、傍から見るとそうなのか……。上村君は、今日はどうしている?電気通信のエキスパートである彼に、量子通信の骨子を伝え、その上で荒野の世界の量子通信のアーキテクチャを解説しておかないと……」
 「何時だと思っているの?もう帰ったわよ」
 加藤は肘掛けに突っ伏した。何もかも上手くいかない。加藤にはテセウスの心のままならなさが理解できるような気がした。
 せっかくのコーヒーを啜ると、確かに加藤が好んだ、由紀子のコーヒーであった。
 テセウスとて、アストライアを嫌っている訳ではないし、むしろ口ではあれこれ言ってはいても好ましく思っている気配があるが、再婚、となるとどうするのであろうか———。
 どうかした?と眼で語り、由紀子が傍へ寄って来た。
 抱きしめたい衝動に駆られながら、加藤は眼を逸らすのだった。
 
 
 
 その日、デネブ市民は迫りくる災厄について、まるで無知なままだった。
 市街は穏やかで、咲きごろの花々が窓辺を飾り、マーケットでは、街道の事実上の閉鎖による不満はあれど、活況に賑わっていた。市外に運べないのである。その荷は、この都市か近隣の集落で捌くよりないのであった。
 目抜き通りには、大型のキャリアが辺境を巡って来た旅の埃を落とす為に、急ぎ、宿に向かっていた。小分けにした荷をヴィークルが運び、それをそれぞれの商人や市民が受け取る。ありふれた日常の姿がそこには在った。
 人々は、昨日と同じ今日であることを疑わなかったし、今日と同じ明日が訪れることを期待していた。日々はそうして続き、笑い合えるものと、根拠もなく考えていたのだった。そしてそれは———。
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