No One's Glory -もうひとりの物語-

はっくまん2XL

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第1章

12 テセウスの独白

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 デネブへの旅路は、いつになく平穏だった。
 それはそうであろう、都市代表クラスの戦力が三人である。
 テセウスの心理面を除く、とそこに但し置く必要はあるが……。
 「貴様、少しは手伝わんか、このロクデナシッ!!」
 アストライアの声が荒野に響く。夜半過ぎて、侵食獣の活動時間である。大声は避けたいところである。テセウスは、のんびりとペルセウスに、
 「お姫様がお怒りだ。ちょっと手伝ってこい」
 と、投げることにした。もちろん、可能な限り小さな声で———。
 熊と、鹿か……。ちょうど鉢合わせたところに、オレたちが居たってところかな。
 「憶えていろ、ロクデナシッ!!貴様がまず動かんか!!」
 アストライアは大剣を袈裟斬りにして、ひと際大きな熊を斬り伏せ、次いで突進してきた角の立派な鹿の首を蹴り飛ばした。安定している。テセウスの出る幕ではない。
 大声を上げているので、殆どの侵食獣の興味を惹き、アストライアは大変な人気だった。テセウスはジャーキーを齧りながら、高みの見物である。事実、一騎当千とされる階層潜行師は、補給さえ確かであれば、独力で侵食獣の一群を退けることが可能である。
 「仕方がない、少しは働かないと後が怖いか……」
 と、重い腰を上げずに、テセウスはベストのポケットから取り出した金属筒を、鹿の群れの眼前に放り投げた。サウンドボムである。
 突然の大音響に棹立ちした鹿の中央にペルセウスが突進し、その脚を、円を描くように撫で切りにした。同時に数頭が倒れ、空白地が生まれる。
 「使うなら事前に言わんか、この馬鹿者ッ!!」
 手伝っても叱られるらしい———。
 鹿の群れの恐慌からの突進が止まったことで、戦況は完全に安定した。
 消化試合になったこの戦いを、ペルセウスも潮時と見たのだろう。混乱の原因である熊に向かい、次々と首を刈った。
 「アストライアさん、もう休んでいていいですよ。こちらは引き受けます」
 ペルセウスの言に従い、アストライアは剣のエネルギーを落とし、キャリアに戻って来た。無論、不満顔である。
 「———辞世の句なら聞いてやる」
 「生憎、死ぬ予定はないな」
 「なに、それくらいの手間は惜しまんさ。そこに直れ。今度という今度は赦さん」
    遠く、ペルセウスの立ち回りの音を聴きながら、テセウスは、アストライアの拳を下がって避けた。風圧で前髪が跳ね上がる。
 「単純な役割分担だろう。こちらはしがない採掘師。おまえは階層潜行師様だ」
 「戦力的には貴様の方が上だろうが!!韜晦するな、この馬鹿者ッ!!」
 「そんなに怒っていると、シワが元に戻らなくなる。……婚期を逃すぞ」
 圧が急激に上がった。流石にテセウスも危険を感じ、腰を上げて逃げる準備をする。侵食獣を安全に退けようというのに何故、身内で命の取り合いをしなければならないのか、サッパリである。
 「余計なお世話だ!!」
 ペルセウスが肩を掴んで止めてくれなければ、怪我のひとつもしていたかもしれない。生き残れた歓びに、テセウスはスキットルの口を開け、ひと口含んだ。
 「テセウスさん、さては判っていて言っていますね。悪い大人だ」
 「なんのことだか……。さて、祭りは終わりだ。後片付けをして、さっさと眠ろう」
 キャリアの起重機のアタッチメントをショベルに変更し、地面に大穴を空ける。そして侵食獣の骸を地面から穴へとこそぎ落とし、盛り土をした。
 「一応、地面を締めておいた方がいいかな?どう思う、ペルセウス」
 「そうですね。雨で泥濘になると厄介そうです」
 黙々と起重機を操り、整地していく。
 「しかしまぁ、イオのヤツは案の定、出て来なかったな」
 「そうですね……。本当に驚きましたよ。念押しする訳ですね、まさかのイモータルが同行者ですから」
 「お陰で、お姫様のご機嫌が悪いのなんのって———」
 ふた口目を多めに含むと、スキットルをペルセウスに渡した。薫り高い、なかなかの上物である。
 「あ、こんないい物飲んでいたんですか!!これはアストライアさんでなくても怒る」
 冗談交じりに、ペルセウスが眼を丸くしてみせた。意外と、ペルセウスも茶目っ気があるのである。真面目なだけの男に、盲目に民衆はついては来ない。
 「さて、アストライアのフォローでもして来るか」
 「また揉めないで下さい、と言うか、揶揄わないで下さいよ」
 「ま、努力はするさ……」
 その場を去りながら、後ろ手に了解を伝える。
 上限の随分と細くなった月を眺めつつ、アストライアの私室を訪ねた。
 キャリアの構造上、居室までには後尾まで大回りをしなければならないのだが、艇内に入る前にアストライアの姿を発見した。
 「なにをしてるンだ?そんな所で」
 「どうせ気にしてもいない癖に、訊かないで」
 座り込んでいるアストライアの隣に、無造作に腰を掛けた。彼女は、嫌がりもせずにそれを受け入れた。
 「ねぇ、テセウス、貴方はなんでそうやって壁を作るの?いつも誤魔化してばかり……」
 沈黙がふたりの間に落ち、しばらくの時間が流れた。
 静寂が重く感じはじめた頃、テセウスはポツリと話し始めた。
 ———はじめはな、戻れると思っていたんだ、日常ってヤツに……。
 テセウスは言葉を継いだ。
 「ダメだったな……、戻れなかった。アーテナイの崩壊がすべてだ。あの日にオレは一度くたばっているンだよ」
 「……でも、生きているじゃないの。ヒトの輪の中にだって居るわ」
 「諦めと、嘆きと、怒りと———。この身体に残されているのはいずれも、碌なモンじゃない。汚したくはないンだ。オレが憧れてやまない日常ってヤツを……。離れたいけど離れられない、中途半端な卑怯者、それがオレだ」
 そこで何故か、アストライアがひとつ頷いた。
 「つまり、もっとテセウスを追い詰めればいいってことね!!判りやすくていいわね。これでも、引き籠りの尻を叩くのは得意なのよ!!安心して、真っ当な人格者に仕立てて差し上げるわッ!!」
    思わず身を硬くした。論理の飛躍にまったくついて行けない。
 「ちょっと待て、オレはだから、余計なことをするな、考えるなと言いたくて話したンだぞ?理解しているか」
 「それはテセウスの考えでしょう?私が従う謂れは無いわね」
 飛び起きるように立ち上がり、呆気に取られている内にアストライアは消え去っていた。ただ少し、心が温まった気がした。
 自分にもまだ、振りだけではない本物の欠片が残っていたのだ。
 
 
 
 イオは戸惑いの中で、テセウスから受け取ったデータキューブの内容を解析していた。データに含まれた情報についてではない。人間関係について戸惑っているのであった。
 テセウスから同行者が増えると聞いた時には、自分は身を隠そうかと考えていた。人類からどのような印象を受けているのかは承知しているし、アバターたちの社会に馴染める自信がなかった。そもそもが、興味が無かったことも大きい。
 だが、アストライアこそ若干の抵抗を見せていたが、驚くばかりで弾くような拒否感は見せなかった。
 テセウスは何を以て、引き会わせられると判断したのだろう……。散々、他のヒトには興味が無いと告げていたのに……。本人曰く、それなりには悩んだし、状況的な問題とのことだったが、彼が言うほど、社会から孤立はしてないのではと思うに至った。
 用事の無い時には、まったく関わらずに放置してくれ、共有すべき情報などがある時には抵抗なく受け入れ、戦力と勘定する。それは非常に稀で、素晴らしい資質なのではないかとイオは思うのだ。
 「テセウスはきっと、この行動がどれだけ私を救っているのか、気がついていないのだろうね———」
 独り言ちると、データの解析を進める。
 量子通信による場の解釈は、着地点が誤っているとは言っても興味深かった。
 座標の指定のアーキテクチャに問題があるというのが、イオの見解である。座標の指定がざっくりとしており、定かでないために、場を形成して周囲を巻き込んでしまうのであろう。通信相手の特定が含まれているので混線は発生しないが、一定範囲の内に存在する生体を含む物質に確率干渉してしまうのである。
 そしてまた、特定を行う際の基準が相似であった場合、どのような反応が起こり得るのかに想像の翼を羽ばたかせると、テセウスとカトウの現状のことを想い、空恐ろしい気分になるのであった。
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