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ミケとわたし達
思い出せそうな予感
しおりを挟む セシルは明日の出発のために、メアリに荷造りを手伝ってもらっていた。
「お洋服に、お薬に~」
メアリは訓練所に行く時と同じように、鼻歌混じりで支度をしてくれている。
「メアリさん。最後まで、ありがとうございます」
「最後だなんて……。落ち着いたらお手紙をくれると嬉しいわ」
「はい。絶対に書きます! あ、でも、どうやって別の国からお手紙を送るんでしょうか?」
「あらあら。どうしましょう。アル様に相談しておくわね」
「はい!」
メアリとの縁は、きっとこんなことでは切れないんだ。
そう思うと嬉しくもあり、逆に気掛かりなことも出てきた。
クリスとの縁もそう簡単には切れないのではないだろうかと。
十五歳の誕生日は半年も先だ。
その日を無事迎えるまで、気を抜いてはいけない。
「セシル。どうかしたの?」
「いえ。あ、そうだ。アルベリク様に夜のお茶をお入れして来ますね」
「ええ。いってらっしゃい」
◇◇
書斎の前で深呼吸をして、セシルはノックをしてから扉を開けた。
「アルベリク様、お茶を……」
セシルは顔を上げると言葉に詰まった。
目の前に、ミリアの姿があったから。
そしてソファーにはリリアーヌの姿があった。
紅茶の香りがし、リリアーヌはこちらを振り向くことはせず、手にしていたクッキーを口に入れ紅茶に手を伸ばしていた。
「セシル。中に入るがいい」
「……はい」
セシルがアルベリクに手招きされソファーの横に立つと、リリアーヌが立ち上がった。
テーブルの上には可愛らしいクッキーが置かれている。
前にミリアにもらったものと同じクッキーだ。
リリアーヌはセシルに視線を合わせると、その手をセシルに伸ばした。セシルの体は勝手にビクッと反応したが、リリアーヌは構わずセシルの手を握りしめる。
「セシル。今まで辛く当たってしまったわね」
「……?」
「アルベリクと屋敷を出るのでしょう? 正直、あなたの顔なんか、もう見たくないから清々しているわ」
「姉上っ」
「あ、つい本音が出てしまいましたわ。でも、アルベリクには迷惑をかけたとは思っているの。可愛い弟に嫌われたままお別れは嫌だわ。だから、お詫びの気持ちを込めて、ミリアにクッキーを焼いてもらったわ。先に少しいただいてしまったけれど、よかったら貴女もアルベリクと一緒にいただいて?」
「あ、ありがとうございます」
「では、私は失礼するわ。おやすみなさい。アルベリク」
「はい。姉上」
リリアーヌが出ていくと、セシルはアルベリクに手を引かれてソファーに座らされた。
「大丈夫か?」
「えっと……。よく分からない気持ちでいっぱいです」
「だろうな。俺には申し訳ないと思っているらしい。しかし、セシルには悪いと思っていないだろうな」
「やっぱりそう言うことですよね」
「茶が冷めてしまったな。新しい物を入れてくれるか?」
「はい。リリアーヌ様とは、どんなお話を?」
セシルは複雑な心境のままお茶をいれた。でも、急に手の平を返されるよりは理解できるような気もした。
リリアーヌのことを尋ねると、アルベリクは瞳をゆっくりと閉じ、思い唇を開いた。
「前に俺が言った言葉を気にしていたようだ。俺は、姉上の悪意がいずれ殺意に変わるのではないかと、恐れていた」
「殺意?」
「ああ。しかし姉上は、悪意を捨てファビウス家の為に尽くすと誓ってくれた。だから、安心して自分の道を歩けと」
「そうですか。リリアーヌ様は、アルベリク様のお姉様なんですね。って、そうですよね」
「そうだな。――セシル、明日の支度は進んでいるか?」
「はい」
「足りないものがあれば、街に買いに行こうと思うのだが」
「行きたいです!」
明日はアルベリクとお買い物だ。
セシルは嬉しくてたまらなかった。
アルベリクもセシルの笑顔を見て微笑んでいる。
「今日は何のお茶だ?」
「えっと。ブレンドティーです。ミリアさんのクッキーに合うと思いますよ?」
「ほぅ。ミリアのクッキーを食べたことがあるような言い方だな」
「ふふふ。それがあるんです! 甘さ控えめで、アルベリク様だってパクパク食べられると思います」
以前、教会でアクアマリンの指輪を見つけた後、ミリアからお礼にクッキーをもらっていた。
お茶をテーブルに運び早速クッキーに手を伸ばすと、アルベリクに取り上げられてしまった。
「お前は食べたことがあるのだろう? だったら先に俺が食べる」
「ぅう。良いですよ。どうぞ好きなだけ食べてください」
アルベリクは悪戯に微笑むとクッキーを一口で食べ、首をかしげてもう一枚口に運んだ。
「やはり甘いな……」
そしてハーブティーに口をつけると、ゴホゴホとむせ返った。
「大丈夫ですか? 欲張って二枚も食べるからですよ。さて、私も──」
「食べるなっ!」
セシルの伸ばした手をアルベリクが弾いた。
クッキーがテーブルの上に散らばり、セシルは驚いてアルベリクの顔を見た。
苦痛に歪んだ顔、そして震える手。
「アルベリク……様!?」
「ど、毒だ……」
「えっ、そ、そんな。さっきリリアーヌ様だって……」
部屋に入った時、リリアーヌもクッキーを食べていた。それに、ファビウス家の為に悪意を捨てたのではないの?
毒はセシルの魔法で治せない。
解毒薬がないと、アルベリクは――。
「お洋服に、お薬に~」
メアリは訓練所に行く時と同じように、鼻歌混じりで支度をしてくれている。
「メアリさん。最後まで、ありがとうございます」
「最後だなんて……。落ち着いたらお手紙をくれると嬉しいわ」
「はい。絶対に書きます! あ、でも、どうやって別の国からお手紙を送るんでしょうか?」
「あらあら。どうしましょう。アル様に相談しておくわね」
「はい!」
メアリとの縁は、きっとこんなことでは切れないんだ。
そう思うと嬉しくもあり、逆に気掛かりなことも出てきた。
クリスとの縁もそう簡単には切れないのではないだろうかと。
十五歳の誕生日は半年も先だ。
その日を無事迎えるまで、気を抜いてはいけない。
「セシル。どうかしたの?」
「いえ。あ、そうだ。アルベリク様に夜のお茶をお入れして来ますね」
「ええ。いってらっしゃい」
◇◇
書斎の前で深呼吸をして、セシルはノックをしてから扉を開けた。
「アルベリク様、お茶を……」
セシルは顔を上げると言葉に詰まった。
目の前に、ミリアの姿があったから。
そしてソファーにはリリアーヌの姿があった。
紅茶の香りがし、リリアーヌはこちらを振り向くことはせず、手にしていたクッキーを口に入れ紅茶に手を伸ばしていた。
「セシル。中に入るがいい」
「……はい」
セシルがアルベリクに手招きされソファーの横に立つと、リリアーヌが立ち上がった。
テーブルの上には可愛らしいクッキーが置かれている。
前にミリアにもらったものと同じクッキーだ。
リリアーヌはセシルに視線を合わせると、その手をセシルに伸ばした。セシルの体は勝手にビクッと反応したが、リリアーヌは構わずセシルの手を握りしめる。
「セシル。今まで辛く当たってしまったわね」
「……?」
「アルベリクと屋敷を出るのでしょう? 正直、あなたの顔なんか、もう見たくないから清々しているわ」
「姉上っ」
「あ、つい本音が出てしまいましたわ。でも、アルベリクには迷惑をかけたとは思っているの。可愛い弟に嫌われたままお別れは嫌だわ。だから、お詫びの気持ちを込めて、ミリアにクッキーを焼いてもらったわ。先に少しいただいてしまったけれど、よかったら貴女もアルベリクと一緒にいただいて?」
「あ、ありがとうございます」
「では、私は失礼するわ。おやすみなさい。アルベリク」
「はい。姉上」
リリアーヌが出ていくと、セシルはアルベリクに手を引かれてソファーに座らされた。
「大丈夫か?」
「えっと……。よく分からない気持ちでいっぱいです」
「だろうな。俺には申し訳ないと思っているらしい。しかし、セシルには悪いと思っていないだろうな」
「やっぱりそう言うことですよね」
「茶が冷めてしまったな。新しい物を入れてくれるか?」
「はい。リリアーヌ様とは、どんなお話を?」
セシルは複雑な心境のままお茶をいれた。でも、急に手の平を返されるよりは理解できるような気もした。
リリアーヌのことを尋ねると、アルベリクは瞳をゆっくりと閉じ、思い唇を開いた。
「前に俺が言った言葉を気にしていたようだ。俺は、姉上の悪意がいずれ殺意に変わるのではないかと、恐れていた」
「殺意?」
「ああ。しかし姉上は、悪意を捨てファビウス家の為に尽くすと誓ってくれた。だから、安心して自分の道を歩けと」
「そうですか。リリアーヌ様は、アルベリク様のお姉様なんですね。って、そうですよね」
「そうだな。――セシル、明日の支度は進んでいるか?」
「はい」
「足りないものがあれば、街に買いに行こうと思うのだが」
「行きたいです!」
明日はアルベリクとお買い物だ。
セシルは嬉しくてたまらなかった。
アルベリクもセシルの笑顔を見て微笑んでいる。
「今日は何のお茶だ?」
「えっと。ブレンドティーです。ミリアさんのクッキーに合うと思いますよ?」
「ほぅ。ミリアのクッキーを食べたことがあるような言い方だな」
「ふふふ。それがあるんです! 甘さ控えめで、アルベリク様だってパクパク食べられると思います」
以前、教会でアクアマリンの指輪を見つけた後、ミリアからお礼にクッキーをもらっていた。
お茶をテーブルに運び早速クッキーに手を伸ばすと、アルベリクに取り上げられてしまった。
「お前は食べたことがあるのだろう? だったら先に俺が食べる」
「ぅう。良いですよ。どうぞ好きなだけ食べてください」
アルベリクは悪戯に微笑むとクッキーを一口で食べ、首をかしげてもう一枚口に運んだ。
「やはり甘いな……」
そしてハーブティーに口をつけると、ゴホゴホとむせ返った。
「大丈夫ですか? 欲張って二枚も食べるからですよ。さて、私も──」
「食べるなっ!」
セシルの伸ばした手をアルベリクが弾いた。
クッキーがテーブルの上に散らばり、セシルは驚いてアルベリクの顔を見た。
苦痛に歪んだ顔、そして震える手。
「アルベリク……様!?」
「ど、毒だ……」
「えっ、そ、そんな。さっきリリアーヌ様だって……」
部屋に入った時、リリアーヌもクッキーを食べていた。それに、ファビウス家の為に悪意を捨てたのではないの?
毒はセシルの魔法で治せない。
解毒薬がないと、アルベリクは――。
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