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高尾山とムササビカフェ食堂
ムササビカフェ食堂へようこそ
しおりを挟むよしと、わたしはカフェ食堂の木製の引き戸をガラガラと開ける。この引き戸ってところもまたレトロでいいな。
店内は木製の大きな四人掛けのテーブル席が二席と二人掛けのテーブル席が二席、座敷席が二つにそれから六席のカウンター席。そんなに広くはないけれど、窓が大きくて日当たりが良い。
木の温もりが感じられる和と洋が交じり合った空間だ。雰囲気は良いがお客さんは女性客が二人いるだけだった。
わたしが店内を見回していると、
「いらっしゃいませ~」と元気な声が聞こえてきた。
その声に視線を向けると、店の奥から目鼻立ちの整った男性とその隣にポニーテールの可愛らしい少女が出てきた。
「わっ、お客さんが来てくれたよ~」
ポニーテールの可愛らしい少女が大きな目をキラキラと輝かせ嬉しそうにわたしの顔を見た。
「おっ、お客さんですか」
目鼻立ちの整った男性もわたしの顔をじっと見た。
ここは高尾山で雰囲気も良い店なのにお客さんが来るのが珍しいのかなとわたしは不思議に思い首を傾げた。
「はい、パンの焼き上がる良い香りに引き寄せられてきました」
わたしは鼻をクンクンさせ店内に漂う香ばしいパンの香りを胸いっぱいに吸い込む。ああ、なんだかもう幸せだ。
うふふ、わたしがパンになってしまいそうだ。
「このお客さんのお姉ちゃん動物みたいだよ~鼻をクンクンさせているよ」
ポニーテールの可愛らしい女の子がわたしを指差し笑う。
なぬ、動物みたいですって! わたしは、むむっと頬を膨らませ女の子を見る。
「おいおい、ムササビ、お客さんにそんなことを言ったらダメだぞ」
整った顔立ちの店員さんが女の子に注意をする。ってちょっと待ってくださいよ。今、ムササビって言いましたか。変な名前だな。それこそ動物みたいではないか。
「は~い、高男《たかお》さん。だよね、お客さんなんだもんね。思ったことを素直に言って逃げられても困るよね」
ムササビは首を縦に振りながらウンウンと頷いている。
「そうだぞ。せっかく来てくれたお客さんなんだから大事にしなくてはならないんだぞ」
高男さんと呼ばれた店員さんがムササビの頭をぽんぽんと撫でながら言った。
「うん、わたしお客さんを大事にするね」
「そうしてくれよ」
この二人はわたしのことを無視して会話をしているような気がする。しかも、高尾山でお店を営業していて高男さんって名前もなんだかなと思いますよ。
わたしは、ムササビと高男さんの顔を交互に眺めながらそう思った。
このままではいつまでたってもご飯にありつけないような気がしたのでわたしは、
「あの、わたしお腹が空いたんですけど……」と言った。
すると。
「おっ、そうでしたか。ムササビカフェ食堂でごゆっくり寛いでくださいませ~」
「くださいませ~」
高男さんとムササビは両手を横に大きく広げにぱにぱと満面の笑みを浮かべた。
「は、はい。寛がせていただきます……」と返事をしたものの果たしてこのカフェ食堂は大丈夫かなとチラリと感じた。
「では、お席へ案内しますね」
高男さんがそう言って案内してくれたのは大きな窓がある眺めの良い窓辺の二人掛けの席だった。座ると、木々が近くに見えて日常を忘れることができそうだ。
「メニュー表とお冷やです」
高男さんがそう言ってわたしの目の前にメニュー表とお冷やとそれからおしぼりを置いた。
メニュー表に目を落とすと手書きでなんだかレトロだった。
「あの、この店内に漂っている香ばしくて甘い香りは何ですか?」
わたしはメニュー表から顔を上げて尋ねた。
「この香りですか。今、アップルパイを焼いているんですよ」
高男さんはふわっと笑った。柔らかくて癒されるような笑顔だった。
「アップルパイなんですね。では、わたし、そのアップルパイとえ~っと、ダージリンティーをお願いします」
わたしはこの香りの正体であるアップルパイを食べたいと思った。
「かしこまりました。アップルパイとダージリンティーですね。少々お待ちくださいね」
高男さんは、そう言って厨房へ向かった。
わたしは窓の外へ目を向けた。広々とした窓から差し込む柔らかな光と木々がのんびりとした安らぎを与えてくれた。仕事のことなんて今は忘れられそうだ。
「お待たせしました~」
テーブルにアップルパイと湯気の立ったダージリンティーが置かれた。持ってきてくれたのはムササビだ。
「わっ、めちゃくちゃ良い香り~」
アップルパイの甘くて香ばしい香りが鼻腔をくすぐる。
「高男さんの焼いたアップルパイは最高だよ~」
「もう食べる前から美味しいだろうなってことがわかるね」
わたしはニコニコと笑いながらもうアップルパイを頬張っているつもりになった。
「お客さんって顔に出るタイプなんですね」
ムササビは口元に手を当ててくふふと笑った。むむっ、ちょっとこの子ってば失礼だ。
「だって、わたしパンや甘いものが大好きなんだもん」
「そっか、それでこのカフェ食堂にお客さんは辿り着いたのかな?」
ムササビは小首を傾げわたしの顔をじっと見る。
わたしは、そんなに考えることなのかなと不思議に感じた。
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