74 / 111
お母さんへの電話
しおりを挟むわたしは、ドキドキしながらスマホを耳に強く押しつけた。
スマホの呼び出し音が鳴る。
ドキドキドキドキして自分の心臓の音が聞こえてきそうだ。お母さんが電話に出ませんようになんて思わず願ってしまいそうになる。
スマホを持つ手に力が入る。ギュギュギュとスマホを強く握る。
もう電話に出ないから切ろうかなと思ったその時、
「もしもし」と電話の向こう側から懐かしい声が聞こえてきた。
この声は……。そう、お母さんだ。
『もしもし、幸川ですけどどちら様ですか?』
お母さんのちょっと甲高い声が呼びかけてくる。
「あ、えっと……」
どうしよう。言葉が出てこない。わたしは、耳に当てたスマホを強く握った。
『えっ!? もしかして愛可なの?』
お母さんはわたしの声を覚えていた……。忘れられていなかった。
「あ、うん、愛可だよ。お母さん元気にしていた?」
『びっくりした。愛可が突然電話をしてくるなんて。元気だよ。愛可も元気かな?』
「うん、元気だよ」
そう答え懐かしさをじわじわと感じた。
しばらくの間沈黙が続いた。わたしもお母さんもじーっと黙っている。
お母さんは今何を考えているのだろうか? 電話の向こうのお母さんの息遣いに耳を澄ます。微かにお母さんの呼吸をする音が聞こえてきた。
スマホをギュギュギュと握りしめ黙っているわたしの肩をおばぁがポンポンと優しく叩いた。
わたしは振り向きおばぁの顔を見た。おばぁの目は頑張ってとわたしを応援してくれているそんな優しくて力強い目をしていた。
勇気を出さなくては、お母さんと会って話をしてみる必要はきっとあるはずなのだから。
そんなことを考えながらスマホをギュギュギュと握りしめていると、ゴーヤをギュギュギュと握りしめているきらりちゃんがわたしの顔を覗き込んだ。
そんなきらりちゃんの姿が可笑しくて思わず笑いそうになった。
おばぁもきらりちゃんもわたしのことを応援してくれているのだ。わたしは、スマホを強く握り、そして。
「お母さん」と言った。
すると、お母さんは。
「……愛可どうして今頃」
「あ、えっと……その」
今頃と言うのは今頃になって連絡してきてもと言う意味なのだろうか。
電話の向こうのお母さんはじっと黙っていて何も言わない。わたしの返事を待っているのかな。
「ずっと、お母さんと会っていなかったけど気になっていて久しぶりに会いたいなと思って電話をしたんだよ」
わたしは思いきって言った。
「……そうだったんだね」
「うん、そうだよ」
お母さんはどう思っていたのかなと気になる。幼いわたしを家に置いたままいつも出かけて中々帰って来なかったお母さん。
幼い頃のわたしはそんなお母さんのことが嫌いでだけど、好きだった。
大人になるにつれてだんだんお母さんのことが好きではなくなったけれど、それでもお母さんはやっぱりわたしのお母さんなのだから嫌いにはなれなかった。
「……わたしも愛可のことが気になっていたわよ」とお母さんは言った。
「ほ、本当に……」
お母さんのその言葉がとても嬉しかった。わたし忘れられていなかった。そう思うと嬉しくてたまらなかった。
お母さんは少し間を置き、「これでもわたしは愛可のお母さんだからね」と言った。
その電話越しから聞こえてくる言葉が嬉しくてたまらなかった。
「……お母さん」
なんて言ったら良いのか続く言葉が出てこない。また、わたしとお母さんは二人してじっと黙ってしまった。
「わたし、今更だけど愛可に会いたいな。今、どこにいるの?」
お母さんがわたしに会いたいと言ってくれた。そんな言葉が聞けるなんて思っていなくてまるで夢を見ているみたいだ。
「今、おばぁの家に来ているんだよ」
「えっ! お母さんの家に居るの!」
「うん、おばぁの家でゴーヤチャンプルーとマンゴーを食べたよ」
わたしはおばぁの顔をちらりと見て答えた。おばぁはニコニコと笑っている。
「……そうなんだね」
「うん。おばぁの家に久しぶりに来たんだよ」
「そっか……」
お母さんはそう言って沈黙した。おばぁには会いたくないのだろうか?
「お母さんは今どこに住んでいるの?」
0
お気に入りに追加
7
あなたにおすすめの小説
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
Hand in Hand - 二人で進むフィギュアスケート青春小説
宮 都
青春
幼なじみへの気持ちの変化を自覚できずにいた中2の夏。ライバルとの出会いが、少年を未知のスポーツへと向わせた。
美少女と手に手をとって進むその競技の名は、アイスダンス!!
【2022/6/11完結】
その日僕たちの教室は、朝から転校生が来るという噂に落ち着きをなくしていた。帰国子女らしいという情報も入り、誰もがますます転校生への期待を募らせていた。
そんな中でただ一人、果歩(かほ)だけは違っていた。
「制覇、今日は五時からだから。来てね」
隣の席に座る彼女は大きな瞳を輝かせて、にっこりこちらを覗きこんだ。
担任が一人の生徒とともに教室に入ってきた。みんなの目が一斉にそちらに向かった。それでも果歩だけはずっと僕の方を見ていた。
◇
こんな二人の居場所に現れたアメリカ帰りの転校生。少年はアイスダンスをするという彼に強い焦りを感じ、彼と同じ道に飛び込んでいく……
――小説家になろう、カクヨム(別タイトル)にも掲載――
降霊バーで、いつもの一杯を。
及川 輝新
ライト文芸
主人公の輪立杏子(わだちきょうこ)は仕事を辞めたその日、自宅への帰り道にあるバー・『Re:union』に立ち寄った。
お酒の入った勢いのままに、亡くなった父への複雑な想いをマスターに語る杏子。
話を聞き終えたマスターの葬馬(そうま)は、杏子にこんな提案をする。
「僕の降霊術で、お父様と一緒にお酒を飲みませんか?」
葬馬は、亡くなった人物が好きだったお酒を飲むと、その魂を一時的に体に宿すことができる降霊術の使い手だったのだ。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/light_novel.png?id=7e51c3283133586a6f12)
会社をクビになった私。郷土料理屋に就職してみたら、イケメン店主とバイトすることになりました。しかもその彼はーー
たかたちひろ【令嬢節約ごはん23日発売】
ライト文芸
主人公の佐田結衣は、おっちょこちょいな元OL。とある事情で就活をしていたが、大失敗。
どん底の気持ちで上野御徒町を歩いていたとき、なんとなく懐かしい雰囲気をした郷土料理屋を見つける。
もともと、飲食店で働く夢のあった結衣。
お店で起きたひょんな事件から、郷土料理でバイトをすることになってーー。
日本の郷土料理に特化したライトミステリー! イケメン、でもヘンテコな探偵とともに謎解きはいかが?
恋愛要素もたっぷりです。
10万字程度完結。すでに書き上げています。
一会のためによきことを
平蕾知初雪
ライト文芸
――8月、僕はずっと大好きだった〇〇ちゃんのお葬式に参列しました。
初恋の相手「〇〇ちゃん」が亡くなってからの約1年を書き連ねました。〇〇ちゃんにまつわる思い出と、最近知ったこと、もやもやすること、そして遺された僕・かめぱんと〇〇ちゃんが大好きだった人々のその後など。
〇〇ちゃんの死をきっかけに変わった人間関係、今〇〇ちゃんに想うこと、そして大切な人の死にどう向き合うべきか迷いまくる様子まで、恥ずかしいことも情けないことも全部書いて残しました。
※今作はエッセイブログ風フィクションとなります。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/light_novel.png?id=7e51c3283133586a6f12)
"わたし"が死んで、"私"が生まれた日。
青花美来
ライト文芸
目が覚めたら、病院のベッドの上だった。
大怪我を負っていた私は、その時全ての記憶を失っていた。
私はどうしてこんな怪我をしているのだろう。
私は一体、どんな人生を歩んできたのだろう。
忘れたままなんて、怖いから。
それがどんなに辛い記憶だったとしても、全てを思い出したい。
第5回ライト文芸大賞にて奨励賞を受賞しました。ありがとうございました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる