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サーターアンダギー

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  いつまでも夢の世界に浸っていたい。けれどそんなわけにはいかない。わたしは眠たい目を擦りながら洗面台で顔をバシャバシャと洗い目を覚ました。

  今日もお仕事だ。全身鏡の前に立ち髪の毛をぎゅっと高い位置でポニーテールにして気合いを入れる。

  それから鏡に向かい笑顔を作って見せた。

  すると、夢の中で笑っていたわたし自身の笑顔が思い浮かんだ。あのツーンとしたきらりちゃんも笑顔にしてあげなくてはならないのだ。

  ちょっと生意気なきらりちゃんを笑顔にすることは困難だと思うけれど、だからこそ面白いのだと考え方を変えてみよう。

  そんなことを考えながら幸せの運び屋に向かう準備をして玄関のドアを開けた。

  外に一歩出ると沖縄の真夏の日差しがキラキラと眩しくてわたしは目を細めた。

「わたしはきらりちゃんに負けないよ!  ツンツンきらりちゃんに負けないんだから」

  そんなことをブツブツと呟きながら真夏の太陽の下を歩いた。




「……あの美川さんどうして紫色の割烹着を着ているんですか?」

「似合っていますよね?  まさか似合っていないとか」

  美川さんは真顔で聞いてくる。

「……そういう問題ではなくてどうして朝から割烹着姿なんですかって聞いているんですよ」

「ん?  朝から割烹着姿だと何かおかしいんでしょうかね?」

 美川さんは真面目な顔つきで聞いてくるのだから信じられない。

  そうなのだ。朝、幸せの運び屋に「おはようございます」と出勤した。すると美川さんが、紫色の割烹着姿で「おはよう」と出迎えてくれたのだ。

「おかしいですよ。だって、ここは職場ですよね」

「当たり前だよ。愛可さんここは職場ですよ」

  そう答えた美川さんはなぜだかふふんとドヤ顔なんですけど……。そんな紫色の割烹着姿でドヤ顔になられると笑ってしまいますよ。

  しかも片手には美味しそうなサーターアンダギーを持っているのだから間違えて飲食店に来てしまったのかなと思ってしまうではないか。

「でしたらどうして紫色の割烹着姿でサーターアンダギーを持っているんですか?」

「ふふん。愛可さんの為に作ってあげたんですよ。あ、愛可さん、ヨダレが垂れていますよ」

「え?  ヨダレですか!」

  わたしが慌てて口元を押さえると美川さんは、

「嘘ですよ」と言ってニヤリと笑った。

「美川さん!  ふざけないでくださ~い!」

  わたしは大声で叫んだ。


紫色の割烹着姿の美川さんとサーターアンダギーはこれからこの幸せの運び屋で見られる名物になるのだろうか?

  『幸せの運び屋』の名物は紫色の割烹着とサーターアンダギーなんてね。

  そんなことを考えていると可笑しくてクスクスと笑ってしまった。

「さてと、仕事の前にサーターアンダギーでも食べましょうか」

  はいと答えようとしたその時わたしのお腹がグーッと鳴った。

「あはは。愛可さんのお腹は正直ですね。腹ペコなんですね」

「あ、えっと……あははっ」

  わたしは笑って誤魔化そうとしたのだけどまたしでもグーッとお腹が鳴ってしまった。これはかなり恥ずかしい。めちゃくちゃ恥ずかしいのだった。

  美川さんに口の端を歪めて笑われながらサーターアンダギーを食べさんぴん茶を飲んだ。美川さんに馬鹿にされたようで悔しい。だけど、サーターアンダギーは今日もほっぺたがぽたぽたと落っこちそうになるくらい美味しくてわたしは三個も食べてしまったのだった。

「ごちそうさまでした。美味しかったです」

  わたしは悔しいけれど正直に美味しかったと言った。

「それは良かった。ありがとうございます。よし、明日も腕によりをかけてサーターアンダギーを作るぞ!」

  美川さんはそう言いながら腕まくりをした。

「……はい。頑張ってください」

  ということは明日も紫色の割烹着を見ることになるのだろうか?

  美川さんはふふんとドヤ顔になっているのだった。紫色の割烹着がキラキラと輝いて見えた。
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