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待ってくれ

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  わたしは食べかけの沖縄ちゃんぽんをそのままにしてこの場から逃げ出すかはたまたこのまま食べ続けるか迷ってしまう。

 だって食べ物を残すなんて気が引けるしかといってこのまま食べ続けるのもなんだかな……。でも今回は緊急事態なんだから仕方がない。

 わたしは沖縄ちゃんぽんに心の中でごめんなさいと謝りスプーンを平たいお皿の上に置いた。そして席を立とうとすると、

「まさか沖縄ちゃんぽんを残すのかい?」

 男性は大きな目を見開き信じられないよといった様子でわたしの顔を見る。だけど信じられないのはわたしの方なんだから。

「はい、あなたのせいで美味しい料理が台無しになりましたから」

「え? 俺のせいなんだ……。マジで……。笑顔を提供する仕事をしているこの俺がなんて失態なんだ」

 男性はそう言って頭を抱えた。

 笑顔を提供する仕事をしている?  聞き間違いではないよねと頭を抱えたくなるのはわたしの方だ。だってこの男性は笑顔なんて見せないしそれにずっと恐い顔をしているのだから。

「では、失礼します」

「いや待ってくれ」

「待ちません!  失礼します」

「ダメだ。待ってくれ」

「嫌です。待ちません」

「君の笑顔が必要なんだ~」

   そう言った男性は笑顔一つ浮かべず仏頂面なのだ。

「そんなこと知りません!  失礼します」

「ダメだ!  待ってくれ。俺には君の笑顔が必要なんだ」

「知りませんよ。うるさいな~」

  綺麗な顔を悲しそうに歪めても知らないのだから。というよりもわたしには全く関係ないことなのだ。

  それなのに男性は眉を八の字にしてわたしの顔をじっと見ている。これじゃあわたしが悪いみたいではないか。

  わたしはなんだかイライラして思わずテーブルをバンッと叩いた。するとテーブルの上にある水の入っているグラスがガタガタと揺れた。

「食堂にいるみんなが君のことを見ているよ」

「え?」

  わたしは周りを見渡した。

  すると、

  沖縄そばを食べているおじさんもゴーヤチャンプルーを食べているお姉さんもそれから豆腐チャンプルーを食べているおばさんもそれにチキン定食を食べているお子さんまでもが振り返りわたしを見ているではないか。

「ほらね。座った方がいいよ」

  男性は不適な笑みを浮かべた。

  わたしは悔しいけれど仕方がないので着席した。
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