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第一章 相田由美

葛藤

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  わたしは机の上にある黒マジックをじっと見つめた。この黒マジックで麗奈の顔写真を消すことなんてしたくない。

  そう、麗奈の顔写真を消すことなんてしたくないよ。

  だけど、真紀ちゃんもほのかちゃんもクラスメイト達と同じように麗奈の顔写真をグニグニグニグニーと黒マジックで塗りつぶしていた。

「あら、相田さんはいらない人物の顔写真を塗りつぶさないのかな?」

  田本和子はわたしの席の前に立ち止まり言った。

「……」

「相田さんも塗りつぶそうよ。わたし達は仲間でしょう?  相田さんもこのクラスの一員だよね」

「……うん」

  わたしは小さな声で答えた。

  麗奈の顔写真を塗りつぶさなければ、わたしも麗奈と同じようになるのではないかと恐怖を感じた。


  麗奈の顔を塗り潰さなくては、麗奈の顔を塗りつぶさなくては……。

  麗奈の顔を……。

  麗奈の顔を……塗りつぶさなくてはならない。そうしないとわたしの顔が塗りつぶされてしまう。

「相田さん。ねえ、相田さんどうしたのかな?  相田さんもわたし達の仲間だよね?  仲間だよね」

  仲間だよね……。

  田本和子のその声がまるで呪文のように聞こえてくる。

 塗りつぶさなくてはならない。

 わたしは、チラリと真紀ちゃんの方に目を向けた。すると、真紀ちゃんと視線が合った。真紀ちゃんの目は塗りつぶした方がいいよと言っているように見えた。

  わたしは机の上にある黒マジックを手に取る。そして、黒マジックのフタを開けた。黒マジックを持つ手が震えた。

「相田さん、いらない人物の顔写真を塗りつぶしてよ」

  田本和子が悪魔のようにわたしの耳元で囁く。

  わたしはその悪魔のような囁き声に操られるかのように麗奈の顔写真をグニグニグニグニと塗りつぶした。

  わたしも田本和子と同じ悪魔になってしまった。

  わたしは悪魔になってしまったのだった。


ーーーー
「わたしの罪は麗奈ちゃんの顔写真を塗りつぶし悪魔になったことです」

  わたしの懺悔する声が部屋の中に響き渡った。

  部屋の中はシーンと潮が引くかのように静まる。わたしは許されたのだろうか?

  良かったと思ったのも束の間だった。

「相田由美ーーーーー!  許されたと思っているのかな。相田由美、懺悔なんてしてもお前の罪は許されない!」

  女性の怖くて恐ろしい声が部屋中に響き渡った。

「……許して、許してください」

「許さない、許さない!」

「ごめんなさい。あの頃のわたしはまだ子供だったのよ。許してください」

 わたしは震えながら叫んだ。

  だけど……。

「許してあげないわよ!  相田由美」

  その声が聞こえてくるのとほぼ同時に上下黒色のスカートスーツに身を包んだ女性がわたしの目の前に現れた。

「わっ!」

  アーモンド形の目がわたしをじっと見つめる。赤リップがたっぷり塗られた唇がキラキラと輝いている。

「……ど、どうして?  森口さやさん……がこの部屋にいるんですか」
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