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第一章 相田由美

引っ越しと卒業アルバム

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  それからのわたしは忙しかった。慌てて引っ越しの準備をして一週間後にさや荘に移り住んだ。

  今日からわたしはさや荘の住人になるのだ。引っ越しは久しぶりだったのでなんだかワクワクしてきた。

  それに、最寄り駅まで徒歩十分の距離にあり家賃が四万円でモーニングセット付きだなんてお得な物件だと思う。

「今日から新しい相田由美になるぞ!」

  わたしは、引っ越し業者が六畳の和室に運んでくれた山積みにされたダンボールの真ん中で新たな決意をした。

さあ、ダンボール箱の荷ほどきをして部屋を広くしなくてはね。頑張るぞ。

  わたしが気合いを入れて腕まくりをしたその時、ギーギーギーギーッと嫌な音が聞こえてきた。

  築年数が古いアパートだから嫌な音がするのだろうか?  森口さんからはさや荘は築三十年だと聞いている。

  せっかく明るく引っ越しの片付けをしようと思ったのに。テンションが下がるではないか。

  わたしは、溜め息をつきながらダンボール箱を開けて荷物を取り出そうとした。

「……えっ!」



  ダンボール箱の中には卒業アルバムが入っていた。あまり見たくない卒業アルバムだから実家の物置に置いてきたはずなのにどうしてダンボール箱の中に入っているのか不思議でならない。

  思い出したくない過去の記憶がよみがえる。こんな卒業アルバムなんて見たくない。わたしは卒業アルバムの入っているダンボール箱の蓋を閉じた。

  引っ越しの荷物の片付けをしようと思ったけれど気分が悪くなったので、わたしは夕飯の買い物に行くことにした。

  鞄に財布とスマートフォンと小さく折り畳んだエコバックを入れ、その鞄を掴み玄関のドアを開けた。

  外に出ると秋の風が頬にひんやりと心地よい。コーヒやパンの良い香りがふわふわと秋の風と一緒に運ばれてきた。

  一階にあるさやカフェに目を向けるとガラス越しに森口さんの姿が見えた。今日も森口さんは上下黒色のスカートスーツをビシッと着こなし綺麗な黒髪を揺らしている。

  そんな森口さんの働く姿をわたしはぼんやりと眺めていた。

「由美、ねえ、由美じゃないの?」

  突然背中に声をかけられびっくりした。わたしはくるりとその声に振り返った。


「あ、やっぱり由美じゃない。久しぶりだね。懐かしいな」

  わたしに声をかけたその女性は肩までのふんわりとした髪の毛を風に揺らしている。

「あ、えっと……?」

  一瞬、その女性が誰なのか分からなかった。だけど、由美とわたしの名前を呼んでいるのだから知っている人であるはずだ。

  頭の中で友人や知り合いを思い浮かべるけれど、この女性は出てこない。

  困ったなと焦っていると、

「わたしのこと忘れたかな?  真紀よ、わたしは中西真紀なかにしまきよ。中学で同じクラスだったでしょう」

「あ、真紀ちゃん!」

「良かった~思い出してくれた~」

  そうだ、この女性は真紀ちゃんだ。当時はショートカットで真っ黒に日焼けしたボーイッシュな女の子だったから分からなかったのだ。

「真紀ちゃん、女の子らしくなったね」

「ふふっ、女の子らしくってありがとう。わたし達はもう二十五歳なんだもん変わるわよ」

「そうだよね。中学校を卒業してかなり経つもんね。真紀ちゃんはこの近くに住んでいるの?」

「うん、最近引っ越しして来たんだよ。といってもかなり経つけどね」

  にっこりと笑う真紀ちゃんの笑顔を眺めていると懐かしさと同時にダンボール箱に入っていたあの卒業アルバムを思い出した。

  ゾクリと背筋に冷たいものが走った。
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