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第一章 相田由美
さや荘
しおりを挟む外に出ると秋の風が頬に心地よかった。季節は夏からすっかり秋へと変わっていた。暑かった夏もいつの間にか終わりを告げようとしている。
「すっかり秋ですね」
女性はわたしが感じていたことと同じことを言った。
「そうですね。今年の夏は暑かったですね」
暑かった夏も終わりだと思うとなんだか悲しくて切なくて喪失感を覚えた。
「今年のスイカは美味しかったですよ。そろそろ栗とか秋の食べ物が食べたいですね。あ、季節の話ではなくて、さや荘へようこそでしたね」
女性は口元に手を当ててクスクスと笑い、「申し遅れましたがわたしは森口さやと申します」と挨拶をして頭を下げた。
「わたしは相田由美《あいだゆみ》相田由美と申します」
わたしもぺこりと頭を下げた。
わたしはきっとさや荘に住むことになるのだろう。この時のわたしはこれから起こる恐ろしいことに気づいていなかった。
「こちらですよ」
森口さんはニコニコと笑いながら言った。
「こちらですよとは……」
わたしは首を傾げる。
「さやカフェの上がアパートなんですよ」
森口さんは、ほらとさやカフェの上を指差した。わたしは森口さんの指先を目で追う。するとアパートと言うよりマンションに近い四階建ての建物があった。
「あ、カフェの上がアパートだったんですね」
「そうですよ。さあ、行きましょう」
森口さんはにっこりと微笑み歩き出した。
「はい」
わたしは慌てて森口さんの後を追いかけた。
四階建てのアパートの階段を森口さんは早足でさっさと上がる。その森口さんの足首が細くて綺麗だなと眺めながらわたしは息を切らし階段を上がった。
「こちらですよ。相田さん」
森口さんは階段を四階まで上がりきるとこちらに振り向いた。
「四階なんですね」
「はい、エレベーターがなくてちょっと疲れるかもしれませんが運動になって良いかなと思いますよ」
森口さんの真っ赤な唇が微笑みを浮かべる。その森口さんの赤リップがたっぷり塗られた唇が血の色に見え、ゾクッとした。
「相田さん、怖い顔をしてますがどうかしましたか? 顔色もちょっと悪いですね」
不思議そうにわたしの顔をじっと眺め森口さんは首を傾げた。
「……あ、いえ……なんでもありません。あ、森口さん……」
なんでもないと思おうとしたけれど、森口さんの血の色に見えた唇からぽたぽたぽたぽたと真っ赤な血が流れ落ちた。
「相田さんどうかしましたか?」
唇から血を流して微笑む森口さん……。
「ギャーーーーーーーーーーー!」
わたしは大きな声を上げた。
「相田さん、どうかしましたか? 相田さん」
森口さんの声が遠くに聞こえる。
わたしは恐る恐る森口さんの顔を見た。
大丈夫ですかとわたしを心配そうに見つめる森口さんの唇からぽたぽたぽたぽたぽたぽたと真っ赤な血が流れ落ちている。
「ギャーーーーーーーーーー!」
わたしはもう一度大きな声を上げた。
あまりの恐怖でわたしの意識が遠のいた。
真っ赤な血の海が広がっている。ぽたぽたぽたぽたと森口さんの唇から流れ落ちる血が真っ赤な水たまりを作る。
これは夢なの? それとも……。
わたしは目を開けた。すると見たことのない白い天井が目に入る。わたしは床の上に寝かされていた。
ここはどこなのと一瞬思ったけれど さや荘であることを思い出しゾクリと震えた。
「相田さん気がつきましたか? 良かった」
玄関のドアがガチャと開き森口さんが部屋に入ってきた。
「あ、森口さん……わたし……」
「相田さんってばいきなり倒れるからびっくりしましたよ。床の上に寝かせてごめんなさいね。畳の部屋に運ぶのが大変だったので。一階のカフェからホットココアを持ってきましたよ」
見ると、森口さんは片手にお盆を持ち湯気の立つマグカップを載せている。
「あ、ありがとうございます」
「ココアでも飲んで落ち着いてくださいね。疲れているんですか?」
わたしは起き上がり、「そうかもしれません」と答えた。
「はい、どうぞ」
森口さんはにっこりと微笑みを浮かべマグカップを渡してくれた。
受け取ったマグカップからはほんのりと甘いココアの香りがする。マグカップを口に運びココアを一口飲むと温かくてホッと癒された。
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