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うわー遅刻だ

真理子が優しい

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 「みどりちゃん、大丈夫?」

 真理子は、心配そうに眉間に皺を寄せ、手をさしのべてくれた。わたしは、真理子のその手につかまり起き上がる。膝小僧を打ち痛い。

 幸い膝小僧を擦りむいて少し血が出た程度で、大したことはないので良かった。従業員入口の扉の前が段差になっていてわたしは、それに足を引っかけてしまった。

 「ありがとう。大丈夫だよ。それより、わたし達遅刻だよ~」

 「大変、本当だ~でも、みどりちゃんの足の治療をしないとね」

 「わたしの足なんてどうでもいいから早く行かないと!」

 「どうでも良くないよ。更衣室に絆創膏あるはずだよ。見に行こう」

 あらら。真理子が優しい。珍しくテキパキして頼もしい。けれど、今はそれどころではない。

 遅刻だよ~。

 真理子は、わたしの手を引っ張って歩く。いつものわたし達と逆になっている。

 普段はわたしが真理子を引っ張って歩く感じなのに。変な気分だ。

 更衣室の中には誰もいなかった。

 真理子が救急箱を探してくれてすぐ見つかった。

 「あったよ、みどりちゃん~」

 真理子は、絆創膏と消毒液を持ってニコニコしている。

 まさか、その消毒液も使うわけ……。

 嫌だよ~。

 「真理子、消毒液はいらないよ」

 「ダメダメ、消毒した方がいいよ~ばい菌入ったら困るじゃん」

 「大したことはないから平気だよ~」

 「みどりちゃん、痛いから恐いの」

 真理子の奴は真理子のクセにニヤリと意地悪な笑顔を浮かべている。

 悔しいけれど痛いから恐いのは図星だ。

 「痛~い! ちょっと痛いってば」

 わたしは、真理子にケガをした膝小僧を無理矢理消毒されて、痛くて情けない声を上げている。だって、消毒液が傷口に染みるのだから。

 真理子のクセに真理子クセに……。

 わたしが、涙目になりながら真理子を睨んでいると、

 「はい、みどりちゃん、出来上がり!」と真理子が言った。

 あれ? 出来上がり? と思い自分の膝小僧を確認するといつの間にか絆創膏がペタッと貼られていた。

 真理子は、最後の極めつけに、絆創膏の貼られているわたしの膝小僧を両手でぎゅぎゅっと押して再度、「これで完璧」と言ってにっこりしている。

 わたしは、真理子に両手で押さえられた膝小僧があまりにも痛くて、「痛~い!」と喚いた。

 滅多にみることのない真理子のテキパキした姿が目に焼きついた。それと、膝小僧の痛みを当分の間は忘れないだろう。

  膝小僧の痛さも和らぎ、一瞬ぼーっとその場に座りこんでいたわたし。

 暫くして、あ、と思い出す。

「真理子~遅刻だよ~」
「あ、大変すっかり忘れていた」

 なんて言って焦った様子もなくあくまでも呑気な真理子。

 更衣室の壁掛け時計に目をやる。時計の針は九時五分を指していた。

 「遅刻だよ~遅刻だよ~早く、制服に着替えないと」

 「怒られるかな? 二日間連続怒られるの嫌だよ~」

 真理子はようやく焦りはじめた。
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