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お兄ちゃんの日記帳
お兄ちゃんの日記帳を読む
しおりを挟む授業が終わるとわたしは、急いで家に帰った。玄関の引き戸をガラガラと開けて手も洗わずに二階に飛ぶように上がった。
そして、自室の襖を開けて勉強机の前に座る。
わたしは、息を、すーっはーっと吐く。
お兄ちゃんの日記帳は勉強机の上にちゃんとある。背表紙が濃い青色のその日記帳は存在感がある。なんだか古書のようにも見える。
さあ、読もう。ドキドキする。お兄ちゃんごめんなさい、読ませてもらうねと心の中で謝りページを捲った。
○月○日
中学三年生。俺は中学三年生になった。あと少しで中学生生活も終わりになると思うと不思議な気持ちになる。
この前まで小学生だったと思っていたのに気がつくと俺は中学生になっていた。その中学生生活も最終学年だ。
早いな……。
高校は、友と同じ学校に行きたい。まあ、俺は食堂を継ぐと決めているから勉強はあまり必要ではないかもしれないけれど、考えが変わる可能性もあるし、両親も高校は卒業しとけと言ってるもんな。
やっぱり高校生になるのは楽しみだ。
中学生では出来なかったアルバイトもやれるし、親の食堂とは別の飲食店で働いてみるのもいいかもな。
それか、まったく違う業種のアルバイトも試しにやってみるのも良いかも。
よし、楽しみが増えてきた。友の志望校は少しだけレベルが高いけど頑張って勉強をしよう。
やる気が出てきたぞ!
さあ、今日は勉強をするぞ。
ーーーーーー
お兄ちゃん……。
高校生になることを楽しみにしていたんだね。ああ、この文章からお兄ちゃんの輝いている表情が想像できる。
お兄ちゃんの思いを知りたいと、そう思ったけれど読むと辛くなる。
友君もきっと残念に思っているだろうな。あれは事故なんだけど、だけどどうしても、わたしのせいでとお兄ちゃんは死んでしまったと思ってしまう。
お兄ちゃん一人がいなくなったことで、いろいろな人の中に哀しみが増えた。
お父さんにお母さん、友君に、それから他にも数えきれない人達が哀しんだ。
そして、お兄ちゃんが生きていれば、この先出会う人達がたくさんいた。お兄ちゃんはきっとお店を継いだはずだから、お兄ちゃんの料理で喜んでくれた人もきっといたはずだ。
ダメだ……。
わたしは、また後ろ向きになっている。
お兄ちゃんにたくさんあったはずの可能性があの事故で消えた。消えて、消えてなくなった。全てなくなった。
わたしは、勉強机のイスの上に体育座りをして丸くなった。
暫くこの体勢のまま動けなかった。
だけど、やっぱり続きを読みたい。わたしは、姿勢を正して日記帳に手を伸ばした。
わたしは、ページを捲る。
そして、続きを読んだ。
○月○日
友と隣町に遊びに行った。
俺の住むこの町には何もなくてあるのは自然だけだ。
俺は、この緑に囲まれたここが大好きだ。
畑があり、川があり、小鳥が鳴いている。四季を感じることができるこの町が本当に好きだ。
春には草木が一斉に芽吹く。桜も綺麗だな。
夏のカンカン照りの日にザァーと降る雨が草木の香りを強くするあの匂いも好きだ。
秋の黄色や真っ赤に色鮮やかに輝く紅葉。
冬のなんともいえない寒い日の朝に外に出ると鼻にツーンとくるあの感覚もいい。
そして、この土地で採れた野菜を食べる。俺はまだ子供だけど特に不自由だなとは思わない。
だけど、買い物をするのには流石に不便だなとは思う。
この日は友と隣町へ行ったのだ。自然が好きだと言っている俺だけど、やっぱりたまに少しだけ都会に来るとワクワクするのは確かだ。
「俺、本とゲームソフトそれから服も買いたいな」
友は嬉しそうに笑っている。
「友、お前そんなに金あるのか?」
「だって、おこづかいもらっても普段は使わないだろう」
「まあな……」
確かに友の言うとおりだ。
だって、服屋なんておじいちゃん、おばあちゃんが着るような店しかないし、本屋もない。
「さあ、マックに行くぞ~」
俺が言うと、
「なんだよお前、買い物より食事かよって俺も行きてぇ」
「さあ、行くぞー」
俺と友は、黄色のMマークのマックを目指して歩いた。あれは、実はMの文字ではないと聞いたこともあるけど、俺の中ではMだからいいよな。
マックの自動ドアの前に立ち中に入る。
久しぶりのマックだ。
さっきまで自然がどうのこうのと言っていた俺だけど、たまに食べるファストフードの味は美味しく感じるのだ。
何を食べようかな?
俺と友は、頭上のメニューボードを見ながら何を食べようかなと迷っている。
「俺はビッグマックセットにするよ」
そう言って友は、さっさと注文カウンターに並んだ。
俺も、ビッグマックセットにしようかなと思ったその時……。
信じられないことが……。
俺は何気なく、開いた自動ドアを見た。
そうなんだ、俺は開いた自動ドアを見たんだ。見たんだよ。
見たんだよーーーーーーーー
すると、俺に似た男の子が立っていた。紫色のフードの付いたパーカーを着ていた。
いや、俺と似た? いや、あれは俺なんじゃないのと思えるほどソックリだった。
俺は、その俺にソックリな男の子と一瞬目が合った。
だけど、俺にソックリな男の子は、俺からすぐに目を離した。
そして、自動ドアから何も買わずに出ていってしまった。
俺は、気になりその男の子を追いかけようとした。
そして、俺も慌てて自動ドアから外に出た。
だけど、辺りを見渡したがその男の子は何処にもいなかった。
よく目立つ紫色の濃い目のフード付きのパーカーだったのに何処にも見当たらないなんて不思議だ。
まるで忽然と消えたようだった。
不思議な感覚に襲われながら、俺は暫くの間その場に立ち尽くしていた。
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