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あの時あの場所で
夢の中では
しおりを挟むその夜は、なかなか寝付けなかった。頭の中にカラスの姿が浮かんでは消える。
そして、黒いカラスはニヤリと笑う。
誰にも相談することが出来なくて、辛い。
辛くて、怖くてどうにかなりそうだ。昼間はまだ心を強く持てたけれどお布団に入ると、弱気になる。
弱いわたしが出てきて駄目だ。
寝返りを何回も打つ。暗闇の中にいると、その暗闇全体がまるでカラスのように思えてくる。
カラスのニヤリとしたあの顔、そして、あの低くてよく通る声を思い出した。
「史砂……」
カラスが、低くてよく通る声でわたしの名前を呼んだような気がした。
じわじわじわじわ、身体中がゾクゾクしてきた。
見えない恐怖に怯える。カラスがそばにいなくても、わたしは、カラスに追いつめられる。
恐怖で身体中がゾクゾクしてきた。身体の奥底から恐怖がじわじわじわじわと込み上げてくる寒気がする。
誰か誰か助けて。
お兄ちゃん、助けて……。
その時、ふわりと白い何かがわたしを包み込んでくれた、そんな気がした。
優しい何かがわたしを包みやすらぎを与えてくれた。
やすらぎと幸せを感じながらわたしは眠りについた。
夢を見た。わたしは、楽しそうに笑っていた。お兄ちゃんも楽しそうに笑っていた。
あははっ。えへへっ。
「史砂楽しいか~い」
「うん、お兄ちゃん」
「良かった。お兄ちゃんは安心したぞ」
「お兄ちゃん、何言ってるの?」
お兄ちゃんとわたしは、公園にいる。ブランコに乗る。どっちが遠くまで漕げるか競争した。
ブランコをぐんぐん漕ぐと体がふわりと浮いた感じがする。心臓もきゅっとなるけど爽快だ。
ふわり、ふわり。
体が宙に浮く。気持ちいいな。
ブランコに乗り、どちらの靴が遠くまで飛ぶか真剣勝負もした。
「お兄ちゃん、負けないからね」
わたしが、そう言うと、
「史砂にはまだまだ負けないぞ」
お兄ちゃんは、ブランコを漕ぎながら言った。
ブランコを勢いよく漕ぎ、靴を飛ばす。
わたしとお兄ちゃんは同時に靴をぽーんと飛ばした。
「わたしの勝ち~」
「ま、マジかよ。史砂に負けるなんて、くそ~」
わたしの靴の方が遠くに転がった。
やったね。
楽しくて、嬉しくてわたしは笑った。
お兄ちゃんも笑っている。
夕焼け色に染まったこの景色。いつまでもいつまでも胸に焼き付けておこう。
いつまでも、そういつまでも。
忘れないから。いつもいつまでも。
「またな、史砂」
お兄ちゃん……。
お兄ちゃんが、「またな」と言ったところで目が覚めた。
わたしは夢を見ていた。
何となく夢の中でもこれは夢かなと思っていた。
目を覚ましたわたしの頬に一筋の涙が流れていた。
夢の中でお兄ちゃんに会ってしまうと、夢ではない、この現実の世界で会いたくなってしまう。
何度も何度も繰り返し考えてしまう後悔。
駄菓子屋になんて行かなければ良かった。考えても仕方のないことなのに考えてしまう。
お兄ちゃんの「またな、史砂」と夢の中で言った声が頭から離れない。
『またな』とお兄ちゃんは言ったよね。
言ったよ。お兄ちゃん、またなって。
言ったんだからね……。
『またな』って言ったのに~。言ったのに、言ったのに。どうしてよ。どうして、わたしに会いに来てくれないの?
ううん、会いに来てくれているのかもしれない。あのふわりとわたしを包み込む白い何かは、きっとお兄ちゃんだったと思う。
きっとどこかでお兄ちゃんはわたしのことを見ていてくれているはずだ。
そうだよね、きっと、きっと、お兄ちゃんは見ていてくれてる。
わたしは、流れた涙を拭い顔を上にあげた。泣いていてもお兄ちゃんは喜ばないよね。
だから、笑おう。笑顔になろう。
わたしは、鏡に向かい笑顔を作ってみた。
上手に笑えているかは分からないけれど、笑っていれば、お兄ちゃんが喜んでくれるそんな気がした。
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